第40話 初めての彼の家

 翌日の放課後。蓮、柊平、杏里、美桜の四人は蓮の家に向かっていた。途中近所のスーパーに寄ってジュースとお菓子を買い込んでいる。そんな中、美桜は朝からずっとドキドキしていた。それは友達、それも男子の家に行くなんて昇の家以外では初めてのことだからだと思っている。ちなみに、昇の家に行くときは小さい頃からのことのため、美桜が今更何か思うことはない。

 先日、杏里の家に行くときはもっと楽しみの方が大きかった気がするが、どうい訳か今日はドキドキが勝っている。自分の住んでいる町と二駅しか違わないのに、当たり前だけどそこは全く違う町で、何だかソワソワしてしまう。

 周りを見れば、蓮と柊平は普段通り、杏里もいつものようにニコニコとしていて、自分だけがこんな気持ちになっていることに気恥ずかしさを感じる。


 そんな心中とは関係なく、皆で話しながら歩いていると、あっという間に蓮の家に着いた。

「ここの二階だから」

 蓮が三人、といより来たことのない杏里と美桜に示すように言った。

 美桜は小さく「え?」と言葉が漏れてしまったが、幸いと言っていいのかわからないが誰にも聞こえていなかった。

 どうして声が出てしまったのか、それは蓮が示したのが明らかに一人暮らし用のアパートだったからだ。つまり蓮はここで一人暮らしをしているということ。けれど、どうして一人暮らしをしているのか?、ご両親は?など美桜の頭の中では様々な疑問が駆け巡っていた。


 蓮を先頭に二階の角部屋まで進み、蓮によって鍵が開けられ、柊平、杏里、美桜の順番にお邪魔しますと言って入っていく。柊平は勝手知ったるというように、「買ってきたやつテーブルに置いておくぞ~」と言いながらずかずかと進んでいき、キッチンと部屋の間にある扉を開けて室内に入った。蓮もそんな柊平に「お~、頼む」と返すだけだ。

 杏里はこの時、お邪魔しま~すと言う声が上ずってしまわないかすごく心配だったが、なんとかいつも通りの声を出せて、内心で安堵していた。ここまで来てヘマをする訳にはいかない。今日は学校にいるときから、意識的にいつもの自分を心がけていたつもりだが、おかしなテンションになっていたらどうしようと不安だった。ここまで誰も不審に思ってる様子がなかったのでその点でも杏里は一安心だった。

 けれど、今から入るのは蓮の部屋なのだ。そう思ったらもうずっと煩い心臓がもっと煩い気がしてきて変な声が出てしまわないように落ち着かせるのに必死だった。それは緊張とも興奮ともつかない自分でもよくわからない感覚だった。

 蓮が開けてくれている扉を通って中に入ると何となく蓮の匂いがする気がした。他者の家の匂いが苦手という人もいるかもしれないが、杏里が感じたのはその逆だ。

(ここが蓮の住んでる部屋なんだ……って私ってばこれじゃ変態じゃない!)

 けれど、すぐにそんなことを考えている自分に内心でツッコミを入れる。さすがに匂いを気に入るなんて気持ち悪いだろう、と。

 やはり少し、いや結構おかしくなっているなと自覚した杏里は自分を落ち着けようと静かに深く息を吐きだして靴を脱ぐ。まだ後がつかえているのだから自分が止まってはいけない。

「美桜、行こう?」

 美桜が靴を脱ぐのを待って二人で柊平の後に続こうと思った杏里は美桜に振り返って言った。そのとき、美桜の顔を見て杏里は美桜が蓮の一人暮らしを知らなかったことに思い至った。ぼんやりしているように見えるのは、考えることに忙しくていっぱいいっぱいになっているのだろう。確かに誰も蓮の家がワンルームのアパートだなんて言っていないし、普通高校生で一人暮らしをしているだなんて思わないだろう。杏里自身、蓮がどういう流れで一人暮らしをすることになったのかは知らないが、ご両親のことは聞いている。だからきっとその後にも色々あって今の生活になったのだろうと思っている。いつか教えてほしいとは思うがそれは自分の我が儘だし、蓮は基本的に自分のことを話したがらないため、杏里から聞くこともしていない。両親の話も、以前杏里が親の話をしてしまったときに、杏里に合わせる形で、つまりは杏里のことを思って、蓮も自分の親のことを教えてくれたという流れだった。

 そういう事前情報がない美桜の中では今色々な仮説、というか考えが巡っているのかもしれない。どうして杏里がそんな風に考えるのかと言えば、自分だったら間違いなく色々考えると思うからだ。

「美桜。ほら、早く靴脱いで中に行こう?蓮が後ろで待ってるよ?」

「へ?あっ、うん。そうだね。ごめんなさい、天川君」

「いや、大丈夫」

 美桜は慌てて靴を脱ぐのだった。


 室内に入ると、散らかっている、なんていうことはなく、綺麗に整理整頓されていた。柊平はテーブル前にすでに座っている。失礼にならない程度に室内を見渡すと、一番存在感がある家具はやはり背の高いラックだろうか。ワンルームだから当たり前なのだが、端にあるベッドの存在もある意味とても気にはなるが今は意識的に視界から外す。ラックの一番上の段には写真立てが一つあり、見ると蓮だとわかる幼い子供とそのご両親と思われる男女が写っていた。三人とも満面の笑みを浮かべている。

(この人達が蓮のご両親なんだ。すごく優しそうな人達)

 思わず杏里は柔らかな表情になる。

 そして隣を見れば、美桜も杏里と同じように写真を見ており、杏里と同じような表情をしていた。杏里の視線に気づいたのか、美桜が視線を写真から杏里に移し、二人は目が合うと小さく微笑み合うのだった。


 最後に入ってきた蓮は、両手にマグカップを二つ、グラスを二つを持っていた。食器類は洗い物の兼ね合いもあり、基本二つずつ持っている。統一感はないかもしれないが、一人暮らし男子の家に同じコップが四つある方が稀だろう。

 蓮は杏里と美桜にも座るよう促し、グラスを女子二人にマグカップの片方を柊平に渡す。

 柊平が買ってきたジュースを注ぎ、テーブルの真ん中にお菓子を広げ、さあいざ勉強、とはならず、お喋りが始まった。

 蓮は、どうせこんなことだろうと思った、とため息を吐くのだった。

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