第39話 三対一になったら諦めるしかない

 連休が終わり、また学校が始まるというこの日、普通の学生なら怠いと思ったり面倒くさいと思ったりするものかもしれないが、美桜は学校に行くのが楽しみだった。

 杏里達と会えるし、少しずつかもしれないけど仲良くなっていけている気がするから。それが嬉しいし楽しい。美桜がこんな風に思うのは今まで小中高と通ってきて初めてのことだった。それにもうすぐ中間テストがあるからまた勉強会が始まる。連休前に杏里からお誘いがあったのだ。蓮と柊平からは早すぎないかと難色を示されたが、なんとか了解をもらっていた。テストは憂鬱だけれど、それも美桜にとっては楽しみだった。ただ、昇との通学は相変わらずで、連休中友達とどこに行ったとか何をしたとか一方的に話す昇に相づちを打つだけのため、少々陰鬱な気持ちになってしまうのが玉に瑕だが……。

 だが、そこで美桜はまた一つ気づいた。

(そういえば、天川君と話すときはこんな風に思ったことないなぁ。いつも私の話を聴いてくれて、私のことを気遣ってくれて。かけてくれる言葉はやっぱり優しくて……)

 それは蓮のいいところ。蓮のことを知っていきたいと思っている美桜だが、こんな風に蓮がいないところでもあらためて実感してしまったことに自然と口元に薄っすら笑みが浮かんだ。


 この日の放課後、早速四人はファミレスに行ったのだが、まだ中間テストまで時間があるためか、参考書やノートは出しているもののお喋りがメインとなっていた。杏里の性格上、勉強を始めるのが早すぎるとこうなることがわかっていたから蓮と柊平は難色を示していたのだ。

 さらに柊平には別の問題もあった。会話が途切れたところで柊平が切り出す。

「なあ、これから中間まで毎日ファミレスっていうのはちょっときつくないか?その、小遣い的に」

 少し言いにくそうに柊平が言う。今から中間までファミレスに通う、というのは厳しいようだ。これに対し美桜は疑問顔を浮かべた。自分もお小遣い制でそんなに貰ってる訳ではないが、基本的にドリンクバーしか頼んでいないため困るほどではなかったからだ。

 すると杏里が呆れたような表情を隠さずに言う。

「きついのは柊平自身のせいなんじゃないの?どうせ新しいゲームか何か買ったんでしょ?」

「もしくはラノベとか漫画を大人買いした、とかか?」

 杏里の言葉に蓮も追随する。二人とも柊平がお金がない理由に心当たりがありすぎるようだ。

「ぐっ……、両方だよ、その両方!しょうがないだろ。休みいっぱいあったから新しいの欲しくなったんだよ!」

 的確に正解を言われ、柊平は一瞬言葉に詰まるが、開き直って白状した。蓮と杏里の呆れが深くなる。まさかどちらも正解とは彼らも思っていなかった。二人同時にため息が零れる。美桜は美桜でまだ五月が始まったばかりなのに、一気に使ってしまったと言う柊平に驚き目を大きくしていた。普段からお小遣いを貰っても使い切ることがほぼない美桜からすれば信じられないことだった。


「けど、じゃあどうするの?他って言っても多分ファミレスが一番安く済むよ?」

「だな。ドリンクバー一つでこれだけ長居できるんだから」

 ファミレスからすれば、蓮達のような客は決して褒められた客ではないが、学校の近くにある宿命というか、店長も諦めているようで、ドリンクバーだけの注文で数時間いても追い出されるようなことはない。だからこのファミレスは学生達に結構人気だったりする。

 杏里と蓮の言い分に柊平はさらに言いにくそうに蓮を見やった。

「あ~、その、蓮……?」

「なんだよ?…って、お前まさか!?」

 自分を呼ぶ柊平に訝しんだ蓮だが、次の瞬間、柊平が言わんとすることがわかったようだ。

「頼む!お前の家なら四人くらい入れるし、時間とか気にする必要ないし、静かだから勉強するにももってこいだろ?」

 柊平が手の平を合わせ拝むようにして一気に言う。

「そんなこと言ったらお前の――――」

「え!?蓮の家?私行ってみたい!」

 蓮が柊平の家でもいいだろうが、と言い返そうとしたが、杏里の言葉の方が早かった。それもすごく嬉しそうだ。柊平が蓮の家に遊びに行ったことがあるのは何度か話に聞いたことがあったが、自分は行ったことがない。それが突然行けるかもしれなくなったのだ。杏里としてはこの機会にぜひとも行ってみたかった。

「杏里?いや、けどな―――」

 今まで蓮が自分から誰かを家に誘ったことはない。柊平が来たことがあるのも半ば無理やりだ。その証拠に柊平以外に来た者はいない。だから何とか止めようとした蓮だったが……。

「ねえ、美桜。美桜はどう?」

 杏里が美桜にも訊く。

「えっ、あ、私は……、私も行ってみたい、かな」

「だよね、だよね!」

 突然話を振られ、反射的に遠慮しようとした美桜だったが、蓮をもっと知りたいと思うようになった今の美桜は素直な気持ちを口にした。

「っ!?華賀さんまで……」

「っ、ごめんなさい……。迷惑ですよね?」

 ただ、蓮に呆れられたり嫌がられてしまったと感じた美桜は胸の辺りがズキっと痛み、すぐに謝ってしゅんとしてしまう。そもそも柊平が自分の家でもなく、どうして蓮の家と言い出したのか、その意味を未だ美桜はよくわかっていない。

 その様子を見ていた蓮は一度大きくため息を吐いた。完全に三対一の構図になってしまい、これ以上拒もうとしても無駄だろうと諦めたのだ。

「……うちに来ても何も出せるものなんてないし、インスタントコーヒーくらいしかないぞ?」

「おー!サンキュー蓮!大丈夫!スーパーで大きいジュースとかお菓子買っていくから!な?」

 蓮から許可が出て、柊平のテンションが一気に上がる。

「うんうん。それでいいと思う!その方が絶対安く済むしね!」

 杏里も柊平のテンションが移ったかのようだ。

「……あの…、本当にいいんですか?」

 そんな中、恐る恐るといった様子で美桜が蓮に尋ねる。そんな美桜に蓮は苦笑を浮かべる。

「ああ。言った通り何もないけど、まあ勉強するくらいはできるだろうし。問題ないよ」

「ありがとうございます」

 美桜は安堵したように口元が緩む。

 すると、美桜のお礼に追随するように、柊平、杏里からもサンキューな!、ありがとう蓮、とお礼を言われる蓮だった。

 こうして、翌日からは蓮の家で勉強会が開催されることが決まった。

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