第37話 バイト中の彼を眺める

 開店するとすぐに二組の客が入ってきた。連休中だからか、家族連れが早めの夕食にやってきたようだ。

 蓮が接客のため動き回っている。

 ジェラートとカフェ・シェケラートを持ってきてくれた時に、杏里が蓮に一人で接客するのか訊いたところ、ほとんどの時間は二人だが、開店直後と閉店間近はお客さんが少ないから一人で十分だし、蓮が高校生のため、十時以降に対応できるよう時間をずらしてシフトが入っていると教えてくれた。だから今は蓮一人だ。


 杏里はピスタチオのジェラートをゆっくり味わうように食べていた。

(おいしい……)

 口の中に広がる濃厚な味わいに杏里の顔が自然と綻ぶ。

 次いで、カフェ・シェケラートを一口飲む。こちらも甘くてとても美味しい。ちなみに、このカフェ・シェケラート、蓮がオーダーの際に杏里の好みに合わせてシュガーシロップを多めにしてもらうよう頼んだため大分甘めに作ってくれているのだが、杏里はそのことに気づいていない。


 そして蓮が接客しているのをぼんやりと眺める。働いている蓮はいつも学校で見る彼と違っていてなんだか大人っぽい。格好も相まって、真面目な表情でキビキビ動き、接客中は笑みを浮かべながらお客さんと話している姿は実に様になっている。

 ずっと見ていても全く飽きる気がしない。


(心配、させちゃったんだろうなぁ……)

 気持ちが大分持ち直してきたようで、杏里は、蓮と街中で偶然会ってしまったところからのことを思い出していた。あのとき自分はいつもの自分ではいられていなかったと今になって思う。だから蓮はここに連れてきてくれたのだろうし、家まで送るとまで言ってくれたのだろう。

 それが本当に申し訳ない。けれど同時に自分を気遣ってくれたことに嬉しさも感じている。それがたとえ、友達として、であったとしても。


 蓮の言っていた通り、途中から女性のホールスタッフが一人加わった。店内も大分混んできた。

 そんな中、杏里はジェラートを食べ終わっても、カフェ・シェケラートを飲み終わっても帰らず、ぼんやり店内を、正確には働く蓮を眺め続けていた。

 すると、蓮と目が合い、蓮は杏里に近づいてきた。


「ごめんな。ずっと一人にしちゃって」

「ううん。蓮は働いてるんだし、気にしないで。あ、これどっちもすごく美味しかったよ」

「そっか。それならよかった。もしよかったら食事もしていくか?」

 どれくらいそうしていたのか、杏里にはわからなかったが、どうやらもう夕食の時間としてもいい時間らしい。

「あ、そうだね。そうしようかな」

 言われて気づいたが、お腹は空いていた。それも当たり前だった。のだから。

 蓮の言葉に杏里は再びメニューを開く。

「これにしようかな。ボロネーゼ」

「わかった。ちょっと待っててくれな」


 オーダーを通してからしばらくして、新しい料理ができたようなので蓮がキッチンに行くと、ボロネーゼが二つ並んでいた。

 一つは杏里のもので間違いないが、もう一つは?と蓮が疑問に思っていると梨沙が説明してくれた。

「それ、杏里ちゃんに。もう一つは蓮の分。休憩も兼ねて一緒に食事してきたら?一人じゃやっぱり寂しいでしょ?」

 梨沙が気を利かせて指示を出し、春陽が作ってくれたらしい。

「いいんですか?けど……」

 思わずもう一人のホールスタッフの女性に目を向けるとあちらも蓮の方を見ていて目が合った。かと思えば、そのままウインクをされてしまった。どうぞ、とジェスチャーまでされては勘違いではないだろう。梨沙がちゃんと事前に話してくれていたようだ。

「すみません。ありがとうございます」

「いいのよ。ごゆっくり~」


 梨沙達にぺこりと頭を下げた蓮はお皿を両方持って杏里のもとに行く。

「お待たせ」

 言いながら杏里の前に片方の皿を置く。

「ううん。全然、いいんだけど……」

 どうしてもう一つお皿を持ってきたんだろうと杏里は首を傾げる。

「これから休憩でさ。俺も一緒に食べさせてもらっていいか?」

「っ、うん!もちろんだよ!」

 杏里としては予想外の展開に驚いたが、嬉しいことには違いない。

「よかった。あ、ちょっと待っててくれ」

 杏里一人分のカトラリーしかないのを見て、蓮は自分の分のフォークと水を持ってきた。仕事柄か、杏里のコップには水がそのまま入っていたため、おかわりは必要なさそうだということもちゃんと確認している。


 それから二人でボロネーゼを食べて、蓮の休憩時間を一緒に過ごした。杏里としては一人で食べると思っていたのもあり、美味しく、楽しい食事の時間に大満足だった。


 その後も何度か水のおかわりを蓮が持ってきてくれたりと杏里を気にかけてくれていたが、杏里は自分から帰るとは言わなかった。蓮が一度、時間は大丈夫か?と訊いたが大丈夫と答えるだけだったため、それ以上は何も言わなかった。これくらいのことで遠慮するような仲でもないし、つまりは帰りたいと思っていない、ということなのだろう。


 結局蓮のバイトが終わる時間まで杏里はカウンター席に座っていた。

 蓮が私服に着替えてきて、杏里は蓮と一緒に梨沙達にお礼を言って、店を後にした。会計はと言えば、蓮がしてしまっていた。自分が誘ったから、という理由らしい。

「ご馳走になっちゃってごめんね。ありがとう、蓮」

「いや、こっちこそ、帰るの遅くなって悪かったな。退屈だっただろ?」

「ううん。蓮の働いてるとこ見てるの楽しかったよ?」

「そう言われるとちょっと恥ずかしいな」

「ふふっ、本当だよ?」

「わかった、わかった」

 照れ隠しから雑に言う蓮を見て笑う杏里。

 そんな杏里を見て、いつもの調子が戻ってきたかなと蓮はそっと安堵した。

 そうして話をしながら二人は並んで駅へと向かうのだった。

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