第35話 連休中の偶然の出会い

 この日から美桜は学校で一人でいることがほとんどなくなった。杏里を始め、一緒にお昼ご飯を食べるようになった友人の女子生徒二人、そして蓮と柊平。皆と話したり一緒にいたりすることが増えていったからだ。


 そして二日間学校へ通った彼らは再び三連休に突入した。

 連休二日目。昼過ぎに蓮は目を覚ました。ただ中々ベッドから出られず、頭はぼんやりし、体もだるい。大分疲労が溜まっているようだ。連休でやることもないからとシフトを詰め込み過ぎたことをさすがに少し後悔していた。けれど昨日に引き続き今日もバイトだ。いつまでもダラダラとしている訳にはいかない。明日は完全に休みのため、それを希望に蓮は一度大きく息を吐きだすとベッドから起き上がった。


 いつでも出られるように身だしなみを整えた蓮は今、濃いめに淹れたインスタントコーヒーをゆっくり飲んでいる。朝起きて、支度をして、濃いめのコーヒーで眠気を覚ます、それが一人暮らしを始めてからいつのまにか蓮のルーティンになっていた。

 一杯目を飲み終わる前に、一度立ち上がり電子ケトルでお湯を沸かす。そして一杯目を飲み終えた頃、お湯ができたので二杯目のコーヒーを淹れる。二杯目は普通の濃さだ。次いでキッチンにある食パンを一枚取り、カップと一緒に持っていく。今日は起きるのが遅かったためお昼ご飯になっているが、これが学校がある日のいつもの朝ご飯だ。


 それからバイトの時間までのんびりと過ごした蓮は、夕方、少し早いが家を出ることにした。電車に乗りバイト先の最寄り駅に着く。そこは繁華街で、大勢の人の中、蓮は慣れた道を歩いていく。すると蓮の目に見知った人物が映った。かなり余所行きの格好、というかお洒落をしていて一瞬見間違いかと思ったほどだ。その者は蓮と反対方向に、つまりはすれ違うように歩いている。これだけ多くの人がいる街中で知っている人とすれ違うなんてどれほどの偶然だろうか。

 声が届く距離になったら一言声をかけようと思って注視していると、どうも様子がおかしいことに気づいた。いつもの元気な雰囲気ではなく目線は足元にいっているのか俯き気味で、どこか落ち込んでいるように見え、足取りも覚束ないようだ。

 蓮は歩く速度を速め、その人物、杏里に声が届く距離まで急いだ。

「よっ!杏里。こんなところで会うなんて偶然だな」

「っ!?……蓮?」

 突然名前を呼ばれた杏里は肩をビクッとさせると、顔を上げ、声の主を見て目を大きくした。杏里はお洒落だけでなく薄っすら化粧もしているようだ。

「遊びにきてたのか?今は…一人か?」

 一人で歩いていたことはわかっている蓮だが、周りを見て杏里に訊く。

「あ、うん、そうなの。……一人、だよ」

 最後杏里は笑みを浮かべたがそれはとても寂しそうな笑みだった。本当にいつもの杏里と違っている。今の彼女はなんだか放っておけない。

「そっか。これからどこか行くのか?」

「え?ああ……どうしよう、かな……」

「決まってないのか?」

「……うん」

 家に帰るでもなく、どこに行くかも決まっていないという杏里。蓮はこのまま一人にしておくのもよくないのではないかと感じた。どうしたのか、何かあったのかと気にはなるが、自分はこれからバイトだ。あまりここで話していると遅刻してしまう。どうしようかと少し考え、蓮は杏里に一つ提案をしてみることにした。

「……それなら、俺今からバイトなんだけど一緒に店に来ないか?まだ少し早いけど夕食を食べるのもいいし、杏里の好きなデザートを食べるってのもいいと思うんだけど。どうだ?」

「っ!?……いいの?」

 蓮の誘いに杏里は驚いた。それも当然だ。蓮はバイトしていることは教えてくれてもその場所はこれまで教えてくれなかったのだから。何度か杏里と柊平が冷やかしついでに蓮のバイト姿を見に行きたくて訊いても誤魔化されてきたのだ。それなのに―――。

「もちろん」

「………行きたい」

 笑顔で肯定する蓮に、杏里の気持ちが少しだけ上向く。蓮の感じていた通り、杏里は嫌なことがあって気持ちが沈んでいたようだ。

 杏里の返事をもらい、二人は並んで街中を歩き始めた。


 蓮に連れられて杏里がやって来たのは、大通りから外れたところにある隠れ家的なお店だった。蓮に促され、入口から中に入ると、木板の床に、白を基調とした壁紙でお洒落ながらもお家のような温かみのある内装をしていた。

(ここが蓮が働いてるお店なんだ)

 杏里は物珍しいものを見るようにあちらこちらに視線を動かしていた。

 扉に書かれた開店時間までまだ三十分ほどあるため、お客さんの姿はないが、キッチンの方からは作業をしている音が響いていた。すると、蓮達が入ってきたことに気づいたのかキッチンから大人の女性が顔を覗かせた。格好からシェフのようだ。

「あら、蓮。今日は早いのねって、そちらは?」

 それほど大きな声ではないが、店内は静かなため蓮達のもとまでその声はすんなり届いた。

梨沙りささん、お疲れ様です。ごめん。ちょっとここで待っててくれるか?」

「あ、うん」

 蓮は杏里に一言声をかけるとキッチンへと向かい、数分して戻ってきた。

「まだ開店前だけど梨沙さんに許可貰ったから、とりあえず座って。カウンター席で申し訳ないけど」

 そう言って蓮は杏里をカウンター席へと案内する。

「ありがとう」

 杏里は蓮に指定された席に着く。

「俺今から着替えてくるからその間メニューでも見ててくれ」

「うん。わかった」

 蓮は杏里の前にメニューを置くと、杏里の返事を聞いてバックヤードへと向かった。

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