第33話 唐突に気づいてしまった自分の気持ち

 ゲームセンターを出た頃にはすでに日が傾いていた。色々やって全体的に楽しめてもいたため、気づかなかったが、結構長い時間いたようだ。


 美桜の帰る時間が迫っていたため、今日はここまでとし、皆で駅に向かった。

 杏里と柊平とは駅で別れ、蓮と美桜は二人で電車に乗った。蓮と帰るのはデザートビュッフェの日以来だ。


 美桜の鞄にはさっき蓮から貰った白くまのキーホルダーが付けられている。その場で杏里とお揃いで鞄に付けることにしたのだ。


 電車に乗ってから美桜はなんだかふわふわした気持ちで落ち着かなかった。きっと恥ずかしさもあったが、あっという間に過ぎてしまった楽しかった時間が終わってしまったからだろう。


「華賀さん、ゲーセンは楽しめたみたいだな」

 それは美桜の顔が緩んでいるのを見ての言葉だった。

「え?…はい、楽しかったです」

 確かに楽しかったが、自分はそんなわかりやすい表情をしていたのだろうか。だとしたら少し恥ずかしい。

「そっか。俺も楽しかったよ。今日は華賀さんの新しい一面がいっぱい知れたしさ」

「っ、あ、あれは――――」

 蓮に言われ、美桜の頭に真っ先に思い浮かんだのはコスプレ姿の自分だった。

「あんなにゲーム上手かったなんてな」

「~~~~っ」

 だが、蓮はゲームのことを言っており、勘違いしてしまった美桜は顔が熱くなってしまう。

「……それは…自分でもびっくりしました。けど、杏里の言うストレス発散も少しわかった気がします」

「あれだけ上達が早かったら確かに楽しいだろうからなぁ」

 それからもどれが楽しかったかとか、他にやってみたいのはあったかなどゲームセンターの話が続いた。


「今日はありがとうございました」

 もうすぐ蓮の最寄り駅に着く。だからこそ最後に美桜はあらためてお礼を言おうと思ったのだ。

「このキーホルダーも大切にしますね」

 肩にかけた鞄を少しだけ揺らす。

「どういたしまして。そう言ってもらえるとこっちも嬉しいよ」

 そう言った蓮は、しかし駅に着いたのに降りようとしない。そしてドアが閉まり、そのまま蓮の家の最寄り駅を通過してしまった。

「?あの、ドア閉まっちゃいましたよ?」

 美桜はいったいどうしたのかと疑問に思う。

「ん?ああ…、まあもう必要ないかもしれないけど、一応華賀さんの駅まで送らせてもらえるか?」

「っ、……それは、私はもちろん構わないですけど……。ありがとう、ございます」

 蓮の言葉にドクンと一度大きく鼓動が鳴った気がした。

「いや、俺が好きでやってることだから」

 なんとか会話を続けた美桜だったが、心の中はそれどころではなかった。

 このとき、美桜は唐突に気づいた。いや、気づいてしまった。

 勉強会が終わって少しだけ寂しさのようなものを感じていた、その理由。それは勉強会の日々が終わってしまったから、だけではなかったのだ。もう一つ、そのときにはあったものが今日この日までなくなっていた。

 そう、蓮と二人で帰る、ということが。

 自分が心のどこかでこの時間を楽しみにしていたこと。……蓮に送ってもらえることを喜んでいたこと。そんな自分の気持ちに気づいてしまったのだ。

 自分の心音がやけに煩く感じる。それにさっきよりも顔が熱い。

(なんで……。私、どうして……)

 自分の考えが全く纏まらない。どうして蓮と帰ることを楽しみになんてしているのか、どうして送ってもらえることを嬉しく思っているのか、自分のことなのに美桜にはその理由がわからなかった。

 こんな気持ちは初めてで美桜の頭の中は混乱でぐちゃぐちゃだ。


 電車に乗ってすぐからふわふわした気持ちで顔が緩んでいた美桜。蓮はそれをゲームセンターが楽しかったからだと思い、美桜はそもそも顔に出ているとは思っていなかった訳だが、その理由はそういうことだった。美桜は無意識のうちに久しぶりに蓮と帰れることに浮かれていたのだ。


 それからも蓮とは会話をしていたはずだが、美桜は全く覚えていない。頭の中では答えなんて何も出ないまま蓮のことや自分のことをぐるぐると考えてしまっていた。そして美桜の最寄り駅に着いた二人は一緒に降りる。


「それじゃあここで。もう暗くなってきたし、気をつけてな?」

 少し前から美桜の様子がちょっとおかしいことには気づいていたが、蓮は自分から触れようとはしなかった。ただ、その表情には心配の色が滲んでいる。

「はい。……あの!……いつも本当にありがとうございます。勉強会のときも…今も…」

 本当はどうして送ってくれるのか、と訊きたかった。けれどできなかった。答えを聴くのがなぜか怖いと思ってしまったから。

「いや、本当に気にしないでもらえると助かる。俺が勝手にやってることだからさ」

 蓮は、美桜の様子がおかしかったのは自分が今日ここまでついてきてしまったことで美桜に負い目を感じさせてしまったからだと思ったようだ。

「っ、……はい」

「それじゃあ、また明日」

 そういうことなら自分は見送るのではなく、さっさと帰った方がいいかもしれない。

「はい。また明日。天川君も気をつけて帰ってくださいね」

「ああ、ありがとう。それじゃ」

 蓮は美桜をその場に残し、先に自分から反対ホームに向かって歩き始めたのだった。


 一人残された美桜は去っていく蓮の背中を見つめながら苦しそうな、もどかしそうな表情をしていた。

(どうしてあの人はこんなに私のことを気遣ってくれるの?どうして私は嬉しいなんて思ったの?……どうしてここで別れることを寂しいなんて感じてるの?)

 思い出されるのは駅で自分の醜い気持ちを曝け出したときのこと。帰りが遅くなってしまったからと家まで送ってくれた。それからも電車で蓮と二人、話した色々なこと。いつも蓮は美桜に優しかった。いつも美桜を気遣ってくれていた。


 しばらく立ち尽くしていた美桜だが、帰りが遅くなってしまう、と思い至り、彼女は一人、駅を出て家路についた。


 進路希望調査票の提出が明日に迫ったこの日の夜。今日まで美桜は自分の部屋で一人、たくさん、本当にたくさん考えた。そして、これまでは第一希望の明政大学法学部だけを書いていた進路希望調査票に初めてを書いたのだった。


 翌日、美桜は蓮を前にすると少し挙動不審になりながらもなんとか普段通りを心がけて過ごすことができた、と自分では思っている。そして明日からは三連休で、四月も終わりだ。この間に少しは心を落ち着けられるといいのだが……。こうして、美桜にとって色々な変化のあった、三年生になって最初の一か月が終わった。


 ―――――あとがき――――――

 こんばんは。柚希乃集です。

 読者の皆様、いつも応援くださりありがとうございます!

 本作の章立てをしてみましたm(__)m

 今話で第一章が終わりとなります。

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