第32話 プリントシールとキーホルダー

 白くまの蓮の隣に、パンダの柊平が並び立っていた。

 二人とも心に負荷がかかり過ぎたのか無表情になっており、一層着ぐるみ姿が滑稽に見える。

「なんで俺まで……」

「杏里に言い負かされたお前が悪い」

「なんかさ、めっちゃ視線感じない?」

「……お前がパンダになる前から俺は感じてる」

「…………」

「…………」

「「はぁ……」」

 それなりに顔立ちのいい男子高校生二人が着ぐるみを着て、両腕を組んだ同じ姿勢で立っている姿は中々にシュールだ。


「ほら、美桜行こう?」

「あ、待って杏里」

 彼らが視線を向けている試着室からようやく待ち人が出てきた。

「見て、美桜。二人ともかなり面白いことになってるよ?」

 杏里が蓮達を指して笑いながらそんなことを言う。その声に美桜も蓮達に目を向ける。

「っ、…可愛い……」

 着ぐるみ姿、特に蓮の白くまを見た美桜の第一声がそれだった。零れてしまった言葉は美桜の本心だ。


「お待たせ、二人とも!」

「待たせてしまってごめんなさい……」

 杏里が美桜の腕に自分の腕を絡める形で連れてきた。

「「…………」」

 そんな彼女達に蓮達は言葉を返すことができなかった。

 それどころか固まってしまっている。

 杏里については何度か私服姿を見たことはあっても基本は制服姿だし、美桜に関しては制服姿しか見たことがない。

 そんな二人のチャイナ服姿は、美桜が青系統、杏里が赤系統で二人の雰囲気にもとてもよく似合っていた。簡単に言ってしまえば、美少女と言っていい二人の非日常感の強い姿にしばし見惚れてしまっていたのだ。彼らも健康な男子高校生だ。そのことを誰も責められないだろう。


「ちょっと蓮も柊平も折角私達が着替えてきたのに感想もないの?」

 だが、黙ったままの彼らに杏里が少し剥れながら感想を求めた。彼女だって自分達がしている格好がどうか気になっているのだ。それなりに恥ずかしさもあれば、もし似合っていないと思われたら、という不安だってある。そしてそれは美桜も同じだった。美桜に関しては恥ずかしさの割合が大きそうだが。


 杏里の言葉に男子二人が正気を取り戻した。

「あ、ああ。二人ともよく似合ってると思う。…本当に……」

(馬鹿が!何ボケっとしてんだ俺は!)

 杏里の言葉に答えながら、呆けてしまった自分に蓮はツッコむ。

「そ、そうだな。よく似合ってる」

 柊平もなんとかそれだけを答えた。

 それでもどうやら二人して照れがあるようだ。

「む~、もっと可愛いとか綺麗とかそういう感想を言ってくれてもいいと思うんだけどなぁ。まあ、けど今回はそれでよしとするか!」

「あ、その、ありがとうございます。」

 内心では似合ってると言ってもらえて彼女達もほっと一安心していた。

「ふふっ、それにしても二人もよく似合ってるよ?」

「はい。お二人とも似合っていて、その、すごく可愛いと思います」

 一方、似合ってる、可愛い、と言われた蓮と柊平は引き攣りそうな顔を必死に抑え、棒読みでありがとう、と返すのがやっとだった。


 その後、予定通りプリントシール機で前列後列二人ずつという位置で、それぞれの場所を入れ替えながら撮影していった。杏里の提案で男子二人だけ、女子二人だけ、という撮影もした。男子二人で撮ったものは二人とも何が悲しくてこんな格好をした野郎二人で撮らなきゃならないんだという思いが顔にありありと出ていた。美桜はプリントシール機も初めてで少し表情が硬かったが、それでも少しずつ慣れていき、最後の方には自然と口角が上がっていた。彼らが撮影している間中ずっと、なんだかんだ外にまで杏里を筆頭に楽しそうな声が響いていた。


 もちろんその後、撮ったシールは四人で分け、データもスマホに送って共有した。


 着替えまでには色々あったものだが、実際に撮っている時間はそれほど長くない。撮り終えた四人は制服に着替え、クレーンゲームコーナーに行った。最後がクレーンゲームコーナーなのは三人で来ていたときのいつもの流れだ。


 柊平は待ってました、と言わんばかりに、一人でアニメのキャラクターフィギュアを取りに行ってしまった。ゲームセンターに来たら必ずそのときの景品を見に行き、気に入ったキャラクターのものがあれば、獲得するまで滅多なことでは諦めない。


 そうなれば必然、三人で色々と見て回ることになる。

 すると美桜が一つの景品に目を止め、足を止めた。

「可愛い……」

 そこには数種類の手の平サイズのデフォルメされた動物のキーホルダーが山を作っていた。

「ん?何か気になるものでもあった?」

 蓮が美桜の様子に気づき尋ねる。

「この白くま…さっきの天川君に似てるなって思って……」

 深く考えることなく、自然と思ったことが口をついて出てしまった美桜。どうやら美桜は白くまが好きなようだ。

「どれどれ?あ、本当だ。ふふっ、こっちの方が可愛い気もするけど?」

 チラリと蓮に横目をやって言う杏里。

 美桜、そして杏里の言葉に喜ぶのも怒るのも違うし、蓮は何と言っていいかわからず沈黙した。嫌味であれば切れ味が鋭すぎる。

 それから杏里、美桜の順番で一回ずつ挑戦するが、白くまを落とすことはできなかった。どうやら本当に欲しいと思っていたようで、残念そうに肩を落とす二人に、蓮は一度ため息を吐くと、自分が挑戦することにした。柊平には劣るだろうが、蓮も苦手という訳ではない。自分の着ぐるみ姿に似ていると言われたものを狙うことには何とも言えない気持ちになるが、そこは無視した。杏里は美桜に楽しんでもらおうといつもよりもテンションを上げて頑張っていたと思うし、美桜にとって折角の初めてのゲームセンターだ。どうせなら最後まで楽しんでもらいたい。

 結果、財布の中にあった百円玉をすべて消費して何とか白くまのキーホルダーを取った蓮は無事二人にプレゼントすることができたのだった。

「ありがと蓮!」

「ありがとうございます」

 美桜は最初悪いと言って断ろうとしたのだが、自分はいらないからと蓮が言うし、杏里が折角だから貰おう?と言ってくれたので受け取ることにした。

 杏里も美桜も互いに目を合わせ喜び合ってくれているようで、蓮の口元にも笑みが浮かんだ。


 そこへ柊平がほくほく顔で戻ってきた。手には袋を持っており、どうやら気に入ったものがあってしっかりそれを手に入れたようだ。


 こうして四人は、杏里にとってのストレス発散、美桜にとっては初めての経験となったゲームセンターを後にした。

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