第31話 罰ゲームという話はどこにいった

 杏里が美桜の衣装を決めるのにそれほど時間はかからなかった。胸元がハート形に切り抜かれたチアガールやメイド服、胸元が大胆に開いた巫女服などなど、とにかく露出の多い衣装を杏里は選ぼうとしたのだが、美桜の必死の抵抗はなんとか実り、それらは回避することができた。

 蓮達が言っていたように、美桜が本気で嫌がるものは杏里も強引に着させようとはしなかったようだ。杏里が選んでるときに、どうしてそんなに露出の多いものばかり着せようとするのか訊いた美桜に対し、杏里は絶対似合うし自分が見たいからだと力説していたので泣く泣くかもしれないが……。

 最終的に、杏里は選んだ一着の衣装を手渡し、それでもやや難色を示していた美桜をとりあえず着てみるだけ着てみてよ、と試着室の一つに押しやったのだ。結果、杏里の選んだ衣装を持って美桜は今試着室にいる。美桜が着替えている間に蓮のコスプレは簡単に決まった。どうやら美桜の衣装を選びながらも考えていたようだ。これ、と示されたものを見て蓮はなんでこんなことに、と罰ゲームを認めてしまった自分を悔やんだ。杏里が示したのは実物ではなく、壁に貼られている着用した姿の写真だった。


 先に試着室が開いたのは男性用、つまり蓮の方だった。

 蓮は遊園地のマスコットなどにいるような全身タイプの白くまの着ぐるみ姿だった。ただし頭部だけが違う。本当にそういうマスコットのように中の人が見えないもの、つまり顔が隠れるものであればまだマシだっただろうが、顎下でマジックテープにより止める形の顔だけが出るタイプだったのだ。確かにこれほど大きなものならば、表に並べて置く訳にもいかず、裏に置いていくのも仕方がないだろう。

「似合ってるよ蓮!すっっごい可愛い」

 出てきた蓮を見て杏里が声に出して大笑いする。

 柊平は顔を逸らし、肩を震わせていた。笑っているのが丸わかりだ。

 加えて、周囲にいる他の客までチラチラ見てきているのを感じ、蓮の表情がどんどん無表情になっていく。こんなものまで用意しているなんて、ここのゲームセンターはおかしなところに力を入れ過ぎではないだろうか。

「さ、後は美桜だね。—————————みおー。もう着たー?」

 だが、そんな蓮を放って、杏里が美桜の入っている女性用試着室の一つの傍まで寄り、中に声をかける。

「う、うん。一応着てみたけど……。こんな格好で外に出るなんて無理だよ杏里」

 試着室の中からは美桜の弱弱しい声が返された。

「ん~、それじゃあ私だけちょっと見てもいい?」

「杏里だけなら……」

 美桜から許可をもらった杏里は、カーテンの切れ目に顔だけを入れた。

「すっごい!めちゃくちゃ可愛いよ、美桜」

 着替えた美桜を見た杏里の感想がそれだった。

「ありがとう……。でも本当にごめん……。私だけこんな格好でなんてやっぱり……」

 もっと普通のものなら美桜もここまで思わなかった。少し恥ずかしいかな、くらいだっただろう。

 しかし、今はこのコスプレに対する恥ずかしさと、自分だけがこんなコスプレをしている、という状況も恥ずかしいようだ。美桜の顔はすでに耳まで赤くなっている。ちなみに、蓮がどんな格好で待っているかを美桜はまだ知らない。

「本当に可愛くて似合ってるよ?」

「……でもちょっと、その…、エッチ過ぎない?」

 試着室にある姿見をチラッと見ながら、自分に対してこんなことを言うのは憚られるといった様子で美桜は言う。両手はずっと短いスカート部分をぎゅっと握り、下に引っ張っている。


 美桜が着ていたのはミニスカートのチャイナ服だった。胸元は開いていないし、着る前に見た感じは丈が短いことが気になったがデザインは美桜も可愛いとは思ったのだ。けれど、柔らかい素材でタイトな作りなのか、体のラインがくっきり出てしまっており、メリハリのある美桜のスタイルのよさを強調してしまっている。さらに、ぎりぎり下着は見えないくらいのところまで横に深いスリットが入っており、スラっとしているようで程よく肉付きのいい生足がこれでもかと見えている。要は美桜が着たことで、可愛さよりもセクシーさの方が強くなってしまっていた。

 普段からあまり体のラインが出たり、制服よりも短いスカートだったりという服を着ない美桜にはより強くそう感じられたようだ。


「確かにセクシーさもあるけど、それも含めて可愛いと思うんだけどなぁ。というか、そういう意味では羨ましいくらいだよ……」

 下に引っ張ることで余計にピタっとして体のラインが出てしまっている美桜の胸元に目をやった杏里は自分もこれくらいあったなら……、と本気で思った。ちょっと触ってみたいと思ったことは今は言わないでおく。言ったら美桜が大変なことになってしまいそうだ。

「うぅ……」

 美桜はとても恥ずかしそうだ。そんな美桜を見て杏里は少し考えて言った。

「それならさ!私も一緒に着るから、それならどう?美桜を見てたら私も着てみたくなっちゃった。美桜もせっかく着たんだし、その衣装で一緒にプリ撮ろうよ」

「杏里?」

「ね?ちょっと待ってて!」

「あ、ちょっと、杏里!?」

 美桜にそう言って杏里は急ぎ蓮達のところに戻った。そして事情を説明し、自分も今から着替えることを伝える。さらには柊平だけ制服のままというのはどうなのか、と言い出し、柊平は呆れと焦りを滲ませながらも言い返したのだが、結局巻き込まれ、杏里が選んだ蓮と同じようなパンダの着ぐるみを着ることになってしまった。二人のやり取りを蓮はどちらの援護もすることなく黙って聞いていた。どちらかに加担すればどちらかに恨みがましい目で見られることはわかっていたから。触らぬ神に祟りなし、というやつだ。

 ただ、心の中では、最初の罰ゲームという話はどこにいったのだと思っていた。罰ゲームでなければそもそもこんな格好しなかったのに、と。

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