第29話 彼女の意外な才能?

 この日の朝、教室に入ってきた杏里は鞄を自席に置くとすぐに蓮達三人に近寄った。おはよう、と朝の挨拶をした後、杏里が切り出す。

「今日って皆放課後空いている?パーッと遊びに行かない?」

 言葉が足りていない杏里だったが、その言葉で蓮と柊平には杏里がどこに行きたいかがわかった。特に予定もなくそこが嫌な訳でもないため、蓮も柊平もオッケーの返事をする。

 美桜はどこに行くのかわからず、疑問顔を浮かべていたら蓮が教えてくれた。美桜は行ったことがなかったが、皆で行くなら楽しそうだと感じたため、蓮達と同じように返事をするのだった。

 そうして、四人は放課後遊びに行くことが決まった。先日行ったデザートビュッフェ以来だ。


 放課後、学校を出て、彼らが向かったのは駅前にあるゲームセンターだった。道中、どうしてゲームセンターに行きたいのか尋ねた美桜に杏里は―――、

「三年生になっていきなり勉強ばっかりだったからストレス溜まっちゃって」ということらしい。美桜はゲームセンターでストレス発散というのがピンと来なかったが、「そうなんだ。私初めて行くからどんなことするのか楽しみ」と返すと、初めて行くということに三人は驚き目を大きくした。


 ゲームセンターに着き、最初に杏里が選んだのは、太鼓を音楽に合わせて叩くリズムゲームだった。じゃんけんでペアを決めて二人プレイでスコアを競った。こういうのは勝負の形にした方が楽しいし盛り上がるとは杏里の言葉だ。じゃんけんの結果、蓮と杏里、柊平と美桜の組み合わせとなり、一回目は蓮達の圧勝となった。元々リズムゲームが苦手な柊平と杏里からやり方を教えてもらったばかりの初めて遊ぶ美桜の組み合わせでは結果は見えていたかもしれないが。

 だが、ペアを変えた二回目。杏里と美桜、蓮と柊平のペアで行ったのだが、力量的に接戦になるかと思われた今回は、なんと杏里と美桜ペアの圧勝で終わった。美桜の力量が僅か一回で劇的に上がっていたからだ。

「やったね!美桜すごい!もうこんなに上手くなっちゃって!」

「ありがとう杏里。ゲームって楽しいね」

 女子二人は嬉しそうに手を取り合って喜んでいるが、柊平は一瞬で美桜に追い抜かれたことに何とも言えない表情になっていた。

「なあ、蓮。華賀はゲーセン来るのも初めてだって言ってたよな?……なんでもうあんな上手くなってんの?」

「……まあお前はリズム感ないしな。逆に華賀さんはいいんだろ。あんなに楽しそうなんだし、細かいこと気にすんなよ」

 そう言って柊平の肩をポンと叩く蓮。実際、美桜が傍から見てもわかるほど表情に出しているのは珍しい。柊平にもそれがわかるほどだったため、彼はそうだな、と苦笑を浮かべるのだった。


 次に四人が遊んだのは人気テレビゲームをアーケード化したレーシングゲームだ。

 こちらでもペアを決めて順位で競う形にした。ペアは柊平と杏里、蓮と美桜。この勝負は美桜が途中でコースを大きく外れてしまい最下位になってしまったため、柊平と杏里のペアが圧勝した。そしてペアを変えての二回戦。ペアは再び杏里と美桜、蓮と柊平という組み合わせになった。蓮と柊平にデジャヴが襲う。

「まさか、なぁ?」

「…これはさすがにそんな簡単にはいかないだろ」

 柊平の問いかけに蓮はそう答えるが、ちょっと自信がなかった。

 果たしてこの勝負の行方は――――、杏里と美桜のワンツーフィニッシュでの圧勝となった。

「やったぁ!美桜ってば本当にすごいよ!本当に今日が初めてなの!?」

「うん。自分でもびっくりしてるの。今まで母さんにゲームとかはしちゃ駄目だって言われてたから。けど杏里の言ってたストレス発散の意味が少しわかったかも。できると気持ちいいね」

 爽快感というか高揚感というかそんな感覚が、美桜を満たしていた。

「でしょ!わかってくれて嬉しい!今日は美桜と来れて本当によかったぁ」

 女子二人が喜び合う光景は先ほども見たものだ。

 蓮と柊平は互いに視線を合わせると、「さっきの柊平の気持ちがわかったわ」「わかってくれたならいい」と互いの肩を叩き合い、慰め合うのだった。


 美桜はゲームセンター自体が初めてでどのゲームでも最初はあたふたしていたが、初めて経験するゲームの数々、加えてその場の雰囲気に興奮気味で、若干頬を上気させていた。そしてコツを掴むのが上手いのか、二度目のプレイでは杏里に付き合ってそこそこやり慣れている蓮や柊平よりも上手くなってしまった。


 昔から家では、志保から「そんな何の役にも立たないくだらないこと美桜はしちゃ駄目よ」と言われ、漫画やゲームは与えられなかった。幼い頃の美桜が同級生達と話せなかったのにはこうした趣味の部分を志保からブロックされてしまっていたため、会話についていけなかったことも大きかったのかもしれない。スマホを与えられてから、電子書籍で漫画は少し読むようになったが、ゲームはやり方もよくわからなかったためこれまでしてこなかったのだ。


 熟練の杏里と才能?の美桜と言ったところだろうか。

 こうして女子二人の喜びの代償に、男子二人の自分達ですらどうでもいい小さなプライドは脆くも崩れ去るのだった。

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