第28話 感謝の気持ちを伝えることができた
月曜日。昼休みの際に、美桜が鞄から簡単なラッピングをされたクッキーを二つ取り出した。元々お礼がしたいと言っていたのは美桜のため、美桜から蓮と柊平に渡すことにしたようだ。
「あの……、天川君、日下君。これ、受け取ってもらえますか?」
突然の美桜の行動に蓮と柊平は目を大きくする。いったい何がどうなっているのか……。
「美桜。なんで渡したいのか説明した方がいいと思うよ?」
すかさず杏里がフォローする。どうやら美桜は渡すことにいっぱいいっぱいになってしまっていたようだ。
「あっ、そっか……。えと、あの、私、勉強会のときのお礼を何かしたいと思って。それで杏里と二人で作ったんです。だから、その……」
「私もね、美桜から話聴いて、二人には感謝してるし、それなら二人からってことで昨日一緒に作ったんだ」
美桜達の説明を聴いて、二人も納得する。
「サンキュー華賀、杏里。ありがたくいただくよ。けど杏里も一緒に作ったってのはちょっと不安だな」
「ありがとう、華賀さん、杏里。けど、俺達大したことした訳じゃないしそんな気を遣わなくて大丈夫だったのに」
「いえ、そんなことないです。それに私がお二人にお礼をしたかったんです」
「ちょっと柊平!私が一緒に作ったのが不安ってどういう意味!?ちゃんと味見もして美味しくできたのに、そんなこと言うなら柊平にはあげないから!」
「いや、けど杏里って料理したことなんてあるのか?」
「そりゃ私は料理なんてしたことないけど……。でも!これは美桜と一緒に作ったから美味しいの!見た目も綺麗でしょ!?」
「まあ確かにそれは、なぁ」
「美桜ってばすごく料理上手なんだよ。高校に入った頃から家で時々料理してるんだって」
「へぇ、それはすごいな」
「すごくなんてないです。ただ母が働いていて、帰りが遅いときなんかに時々作ってるってだけで……」
「家族思いなんだな、華賀さんは」
「いえ……」
するのが当たり前だと思っていたことを皆から褒められて美桜はなんだか気恥ずかしくなってしまった。
昼食後ということもあり、二人は二種類のクッキーをとりあえず一枚ずつその場で食べた。一口サイズのため、簡単に口の中に消えていく。
美桜、そして杏里もその様子を固唾を呑んで見つめている。やはり二人の感想が気になるようだ。
「どう?」「どうですか?」
緊張した面持ちで尋ねる美桜と杏里。
「うまい。俺はこのチーズのやつが好きだな。甘すぎず、チーズの風味がすごいして。紅茶のも甘すぎなくてうまいけど」
柊平はそう言うと、チーズクッキーの二枚目を口に入れた。
「あ、やっぱり?柊平ならそういうのがいいかなと思ったんだよね」
「どっちもすごく美味しいよ。俺はこの紅茶の方が特に気に入ったかも。香りもすごくよくていくらでも食べられそうだ」
蓮の方は、そう言うと紅茶のクッキーをもう一枚口に入れる。
「蓮は紅茶の方かぁ。確かにすっきりした味でいくらでも食べられるよね」
杏里はいつも通りの様子でそれぞれの感想に言葉を返した。
「天川君も日下君もありがとうございます」
蓮も柊平も気に入ってくれたようで、ほっと安堵した美桜はその表情を和らげた。喜んでもらえたのがこんなにも嬉しい。
「いやいや、こっちこそだよ。本当にありがとう、華賀さん、杏里。こんな美味しいもの貰えるなんて役得だったかな。な?柊平」
「ああ、そうだな」
「全部味わって食べさせていただきます」
蓮は少し畏まって言うとそのままニッと笑った。
「いえ、気に入ってもらえたならよかったです……」
蓮の笑みを見た美桜は、なぜだか頬が熱くなるのを感じ俯き気味になる。
「やったね!美桜」
そんな美桜に杏里が飛びつく勢いでその腕を取った。
「うん。杏里もありがとう」
こうして彼女達のプレゼントは大成功に終わった。
学校での美桜は、勉強会のあった一週間を過ごして徐々にだが、確実に変わってきていた。杏里とはどんどん親しくなっていき、蓮や柊平とも挨拶だけではなく休み時間に話すこともある。そうなれば、周囲の見る目も少しずつ変わっていくというもので、杏里と友達になってから二人で食べていたお昼ご飯を杏里と彼女の友達二人を合わせた四人で食べるようになった。杏里の友人二人もこれまで美桜と同じクラスになったことがなく変な先入観がなかったこともいい方向に影響しているかもしれない。
美桜の人間関係は少しずつ広がっていた。
そんな順風満帆と言ってもいい美桜だが、実は少しだけ寂しさのようなものも感じていた。それを美桜は、勉強会という毎日放課後を四人で過ごした日々が劇的な展開で濃密な時間だったからだと思っている。
ただ、そんな美桜に対しモヤモヤとしたものを感じている者がいた。昇だ。
(何だよそれ……何やってるんだよ!美桜はそんな奴らと関わるような人間じゃなかっただろ!?本当にどうしたって言うんだよ)
視線の先では美桜が蓮と柊平にクッキーを渡し、杏里を含めた四人で何やら楽しそうに話していた。
これまでずっと一人だった美桜が自分とは関係のないところでコミュニティを築いていることに昇は言い知れぬ不快感を抱いていた。
その日の帰りのホームルームで、担任から進路希望調査票が生徒に配られた。後日、それをもとに個人面談をするからよく考えて書くように、という言葉とともに。提出期限は今週中だ。
その用紙を真剣な表情で見つめる美桜。その隣では蓮も美桜と同じような表情をしていた。
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