第26話 彼女の相談

 週末の金曜日。追試の結果が本人に知らされ、杏里は無事合格点を取ることができた。

「よかったね、杏里」

「うん!ありがと、美桜」

 杏里は大丈夫と言っていたが、杏里から結果を教えてもらって美桜はほっと安堵した。蓮と柊平もあらためて杏里を労っていた。


 その日の夜。

 美桜は散々悩んだ挙句、杏里にメッセージを送った。自分一人でどれだけ考えてもいい案が思い浮かばなかったから、友達の、杏里の力を借りたいと思ったのだ。ただ、そのメッセージを送るのにも時間がかかってしまった。友達にメッセージを送るだけでこんなに勇気のいるものだとは……。今までそんな経験もなかった美桜にとって緊張するなという方が無理な話なのかもしれない。

『突然ごめんね。杏里に相談があるんだけど…』

 緊張で心臓がドキドキしていたが、送ったメッセージは短い。するとすぐに既読がつき、どんな返事が来るだろうかとさらにドキドキしていた美桜のスマホに着信が入った。見れば杏里からだ。

 予期せぬ着信に肩をビクッとさせる美桜だったが、すぐに通話ボタンを押した。

「も、もしもし!」

「美桜?急にごめんね?」

「う、ううん!」

「美桜から相談なんて初めてだし、相談ってことなら直接話した方がいいかと思ってさ」

「……ありがとう。こっちこそ話しながらの方が助かるかも」

 そこで美桜の肩からふっと力が抜ける。メッセージの文面を考えながら送って杏里の反応を待つというのを繰り返すよりも話す方が美桜にとっては幾分緊張が和らぐ。

「そう?ならよかった。それでどうしたの?」

「あ、実はね、天川君と日下君に勉強見てもらったお礼を何かしたいなと思ったんだけど、どうしたらいいか中々思い浮かばなくて……。ごめんね、こんな相談で……」

 言っていて申し訳ない気持ちになっていく美桜。こんな相談迷惑なだけではないかと思えてきたのだ。

「謝る必要なんかないよ。私の方こそ頼ってくれてありがと。にしても蓮と柊平へのお礼かぁ。美桜は真面目、っていうか優しいね」

「そんなことないよ。私は混ぜてもらっただけなのに二人にはいっぱい迷惑をかけちゃったと思うし」

「美桜……。美桜が混ざったんじゃなくて、四人で一緒に、したんだよ。それに蓮も柊平も友達に勉強教えることを迷惑だなんて考える人じゃないよ。だから美桜も自分のことそんな風に言っちゃダメ。いい?」

「うん……ありがとう、杏里」

「わかってくれればいいよ。それに一番迷惑かけてるのはどう考えても私だしね。たははは……。っと、それで二人へのお礼だよね。それは言葉だけじゃなくて何か渡したいってことだよね?」

「うん。感謝のしるしに何かって思ったけど男子が喜ぶものなんてわからなくて、どうしたらいいか……」

「やっぱり気持ちが伝わるのがいいよね~」

「うん」

 しばらく二人でうんうんと考える時間が続く。

「あ、それじゃあさ、こんなのはどう?」

 杏里が美桜に一つの提案する。きっとこれなら蓮も柊平も悪い気はしないはずだ、と。

「私はいいと思う…けど、杏里はいいの?」

「もちろんだよ。私も勉強教えてもらったのは美桜と同じだし。それなら私達二人からってことにしたらいいかなと思って」

「ありがとう、杏里」

 相談だけのつもりが、一緒にやってくれるという杏里に美桜は心が軽くなるのを感じた。杏里の提案は自分だけでは思いつかないものだったし、たとえ思いついても自分一人でやろうと思ったら少々ハードルが高いものだったが、二人でならそれほどでもないように感じたのだ。

「こっちこそ。一人じゃこんなことしようと思わなかったし。ありがとう美桜」

 それから二人は今決めたことのために、時間と待ち合わせ場所を決め、日曜日に会う約束をした。


 そして日曜日。

 美桜がリビングに入ると、そこには志保と父の総一郎そういちろうがいた。美桜の服装を見て志保が言う。

「あら?美桜出かけるの?もしかして―――」

「うん。友達のところに行ってくるね」

 美桜は柔らかい表情でワクワクしていることがわかる。

「えっ?」

「それじゃあ行ってきます」

「いってらっしゃい……」

 志保は驚きに目を大きくしていた。てっきり昇と会うのかと思っていたが、まさか休日に遊ぶような友達ができていたなんて。いつの間に、と志保の驚きも当然かもしれない。そんなことはこれまで一度もなかったことだから。

「美桜が休みの日に友達と遊ぶなんて珍しいな」

「え、ええ。そうね……」

 いったいどんな子なのだろうか、と美桜の言う友達のことが志保は少し気になった。


 美桜と杏里が待ち合わせたのは、杏里の家の最寄り駅、その改札前だった。

「美桜!」

 美桜が改札から出てくるとすぐに杏里が見つけて駆け寄る。美桜もすぐに杏里に気づいた。

「杏里。今日はよろしくね」

「うん。それじゃあ行こっか」

 二人はそのままスーパーに行って、話し合いながら必要な材料を買うと、杏里の家へと向かった。

「ここだよ」

 杏里が言いながら門扉を開ける。

(おっきなお家……)

 美桜は杏里の家の大きさにびっくりしていた。軽く自分の家の倍以上はある。

「さ、入って」

美桜が驚いていることに気づいたのだろう。杏里の顔には少しだけ苦笑が浮かんでいた。

「あ、う、うん」

 美桜は杏里に促されるまま、門扉を通って家の中に入るのだった。

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