第25話 お楽しみのデザートビュッフェ

 追試の翌日。

 朝、杏里は教室に入ると、真っ先に一点に目を遣り、蓮達三人が自席に座っていることを確認した。

 自然と笑みが浮かんだ杏里は鞄を自席に置いて、三人のところに向かった。

「おはよー。三人とも昨日までありがとうね!追試は無事終わったよ」

「おはよう」

「おう。お疲れさん」

「おはよう杏里。よかったね」

 杏里の言葉に蓮、柊平、美桜が返事をする。


「今日はいよいよ、だね。もうずっと楽しみで。あ、そうだ美桜、お昼ご飯は少なめにした方がいいよ?いっぱい食べれなくなっちゃうからね。ああ、早く放課後にならないかなぁ」

 杏里は両手を胸の前で組んで思いを巡らせた。

「そ、そうだね」

 杏里がどれほど食べるのか、一昨日蓮に聞いた話も相まって少し怖くなった美桜は表情が若干引き攣っていた。

 その様子に蓮は笑うのを必死に堪え、柊平は呆れたような表情になった。


 放課後。

 四人は揃ってデザートビュッフェのお店に向かった。

 それは駅前の雑居ビルの二階にあり、四人が店内に入ると、店員が明るい声で迎えた。

 それなりに混んでいるが、平日ということもあり空席はあり、四人はすぐにテーブルに案内された。

 店内中央には色とりどりのケーキやタルト、プリンやゼリーなどがこれでもかと並んでいる。フルーツコーナーやチョコレートフォンデュ、ソフトクリームもあるようだ。そして端の方には申し訳程度にパスタとピザが一種類ずつあった。


 杏里は瞳を輝かせており、美桜は種類豊富なデザート類に圧倒されていた。美桜はこういうお店に来たのが初めてだからそれも仕方がないかもしれない。そしてなんとこのお店、これだけの内容で九十分税込み千五百八十円だ。学生の多いこの街でこの値段のため人気店となっている。大半が女性客のため、蓮と柊平は若干居心地が悪そうだが。


「美桜、早く行こ!目指せ全種類制覇だよ!」

「え、あ、ちょっと杏里っ」

 杏里が美桜の手を引き、二人がデザートの並ぶ中央へと向かった。

 並んで座っている蓮と柊平は二人の後だ。

 柊平が杏里達の方に視線をやりながら蓮に言った。

「華賀、なんか変わったよな。雰囲気が柔らかくなったっていうか……」

 相変わらず洞察力に優れている。

「そうだな。けどいい変化だと思うよ、俺は」

 蓮も柊平と同じように視線を彼女達に向けて言った。

「そりゃな。……やっぱ蓮のおかげ、なのかねぇ」

 柊平が蓮を横目で見やる。

「何だよやっぱって。俺は何もしてないよ。きっと華賀さん自身が変わろうとしてるんだよ。それにおかげって言うなら杏里のおかげだろ?最初に友達になったのだって杏里なんだし」

「まあ、確かに杏里が勉強に誘わなきゃこんな短期間に俺たちが感じるほど変わりはしなかっただろうな」

「だろ?」

「……ああ」

 蓮の言うことは決して間違っていない、と柊平だって思う。けれど正しくもないと思っている。きっと杏里だけではなく蓮の影響も……。

 柊平がそんなことを考えていると杏里と美桜が戻ってきた。

 二人とも片手に飲み物、もう片方の手で持っている大皿にはこれでもかとスイーツが載っている。

「まずはこれくらいからだね。食べ終わったらまた取りに行こう?」

「う、うん。そうだね……」

 一回目に取ってきたスイーツの数々は杏里にとっては序の口でも美桜にとってはあと何回いけるか真剣に考えないといけない、それくらいの量だった。

 彼女達のやり取りに蓮と柊平は目を合わせ揃って苦笑する。

「蓮と柊平も取ってきなよ」

 二人が戻ったことで蓮達もそれぞれ取りに行く。

 蓮も一回目はスイーツを取ってきた。ただし量は杏里達の半分くらいだ。一方甘いものが苦手な柊平はピザとパスタを大皿に載せている。



 その後、美桜は一回目ほどの量ではないにしても、更に二回色々なスイーツをおかわりした。今日は家で夕飯を食べられる気がしないほどお腹はいっぱいだし、気づいたときには少し胸やけもしてしまっていたが、皆でお喋りしながら美味しいスイーツを食べるこの空間が楽しくてついつい食べ過ぎてしまった。

 蓮は適度にピザとパスタ、好みのスイーツを一通り、柊平はひたすらピザとパスタを食べていた。

 杏里は制限時間ギリギリまで美味しそうに食べ続けていたが、残念ながら全種類制覇は叶わなかった。それでもこんな細身のどこにそれほどの量が入っているのかわからないほどの量を食べており、見ている側が胸やけしそうなくらいだったが。デザートは別腹という言葉で説明がつくのかは微妙なところだ。

 そして美桜以外の三人は最初から今日はこれが夕食代わりと決めていた。


「はあああ、食べたぁ~。もう入らない」

 杏里が椅子の背もたれに体を預け、力を抜き、お腹に手をやりながら満足そうに言った。

「本当にいっぱい食べたね、杏里」

「そうかなぁ?けど今回もまた全種類は食べられなかったよ」

 食べてる途中で今日こそ全種類食べてやるんだから、と杏里が言っていたのだ。

「それ本気で言ってたんだ……」

「もちろんだよ。あ~あ、残念」

 美桜が杏里を困った人を見るような目で見て苦笑を浮かべているのは初めてかもしれない。

「くくっ、だから言っただろ?杏里に付き合うと大変だって」

「確かにな」

「天川君……。日下君まで……」

「なぁに蓮。美桜にそんなこと言ってたの!?」

 杏里が蓮にジト目を向ける。それに対し蓮は苦笑した。

「悪い悪い。けど本当のことだろう?」

「む~…、美桜ぉ、蓮が意地悪だよぉ」

 杏里が美桜に抱きつき、胸元に顔を埋める。

「きゃっ、ちょっと杏里!?」

 突然の杏里の行動に可愛らしい驚きの声を上げる美桜。

 最後にそんなやり取りもあったが、美桜は最初から最後まで本当に楽しくて、この三人と一緒にいることを心地よく感じていた。

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