第24話 追試の後に

 翌日の放課後、蓮、柊平、美桜の三人から激励され、追試に向かった杏里。

「それでは始め」

 教員の合図で追試が始まる。

 問題を見れば、今回の勉強会で教えてもらったところ、蓮が用意した暗記ノートの多くが見事的中しており、試験中にもかかわらず、思わず口元が緩む。

(さすがだなぁ)

 蓮が手書きで作ってくれたノート。その内容を覚えるのは杏里の中では当然のことだった。だって蓮が自分のためだけに作ってくれたものだから。

 杏里はノートの内容を思い出しながら問題を解いていった。


「そこまで」

 教員の言葉で手を止める。

 これで三教科すべての追試が終わった。

(終わったぁ~)

 杏里は深く息を吐き、ぐっと伸びをした。

 三教科の追試を受け終えた杏里は疲労感と解放感に包まれていたが、すぐにグループメッセージを送った。

『追試無事に終わったよ~!たぶんクリアできた!』


 杏里のメッセージに対し、杏里の頑張りをわかっている三人からおめでとう、よかったなとメッセージやスタンプが送られた。


 杏里はそれらのメッセージを見ながら教室を出て昇降口に向かう。

 窓から外を見ればもうすぐ太陽が沈もうかとしていた。一人廊下を進み、昇降口に着くと声がかけられた。


「杏里、お疲れ様」

「え?…蓮?」

 声の方へ杏里が顔を向けると出入口の辺りに蓮がいた。

 杏里は固まって目を大きくしてしまう。

「追試、うまくいったみたいでよかったな」

「……なんで?」

 そんな言葉が漏れる。

 どうして蓮がここにいるのか。今日は三人とももう帰ったはずなのに。さっきのメッセージのやり取りには蓮からのものもあった。だから杏里には本当に想定外で……。

「まあ、あれだ。杏里が追試でもダメだったら笑ってやろうと思ってな」

 蓮がゆっくり杏里の立っている方に近づいてきて言った。

 蓮としては杏里の追試が心配だった。というか、自分の作ったノートが当たっていないとせっかく杏里が暗記を頑張ったのに追試も落としてしまうかもしれない。傾向がわかっているため当たっている自信はあったが結果が出るまではわからない。友達としてはやはり心配してしまう。だから柊平と美桜は普通に帰ったが、蓮は万が一を考えて残っていたのだ。

「む~、何よそれ!」

 杏里は蓮の言葉にむくれる。

「ははっ、ほら、残念賞にならなくてよかったよ」

 そう言って蓮は手に持っていたものを杏里に渡した。

 それは学校の自動販売機にある杏里の大好きなカフェオレだった。ミルクがたっぷりで砂糖もたっぷりの甘いやつだ。蓮が飲んでいるところなんて見たことがないため、間違いなくそれは杏里のためのものだった。

「……あり、がと」

 不意に渡されたことと受け取ったことでわかったことに杏里は呆然と、蓮とカフェオレを交互に見てなんとかお礼の言葉を言った。

 杏里の手にあるそれはしっかりと温かい。つまりは、買ったばかり、杏里のメッセージを見てから買ったということだ。……最初から残念賞のつもりなんてなかった、ということだ。

 なんだか急激に顔が熱くなるのを感じて杏里は手に持った缶を見つめるように俯き気味になってしまった。けれど蓮はそれで終わりにしてくれなかった。


「ああ。けどそれは残念賞のつもりだったからな。明日の食べ放題があるけど、駅前のクレープでも食べに行くか?追試を頑張ったご褒美って訳じゃないけど奢るぞ?」

「~~~っ、…うん!行く!ありがとう蓮!」

 杏里の心はどうしようもないほど歓喜に満ち溢れていた。ぎゅっと目を瞑りその気持ちをなんとかやり過ごす。そうして顔を上げた杏里はもういつもの杏里だった。

「けど一つだけ、だからな?」

 念のための、と注意する蓮。

「え~、蓮のケチ!」

「じゃあ奢るのもなしだなぁ」

「ウソウソ!ウソだよ!?一つでも大満足だから!」

 それは杏里の紛れもない本心だ。

「くくっ、わかった。なら早く靴履き替えな」

「うん!」


 蓮は出入口のところまで戻っていった。自分の下駄箱を開け、靴に履き替える杏里。その目は潤み、頬は赤くなっていた。先ほど無理やり抑え込んだ気持ちがまた溢れてきてしまったようだ。

 けれど早く蓮のもとに行かないと変に思われてしまう。杏里は気持ちを落ち着けるように深呼吸をすると元気よく蓮の待つ出入口に向かった。ただ、鼓動の高鳴りだけは抑えられそうになかった。


 それから二人は並んで校門を出て駅前へとお喋りをしながら歩いていく。蓮のノートがずばり的中していた、と聴いて蓮はほっと安堵した。クレープ屋に着くと杏里は蓮との約束通りクレープを一つ注文した。トッピングしてもいい?と杏里が訊くのでオッケーを出した蓮だったが、すぐに頭痛を覚えることになる。杏里が次から次へとトッピングを加えていくから。できあがって杏里に渡されたクレープはトッピングを盛りに盛ったスペシャルなものになっており、蓮の頬を引きつらせた。今度からはトッピングの数も制限をかけなければいけないと蓮は学んだのだった。

 ちなみに蓮が注文したのはシンプルなブルーベリー&生クリームだ。


 このお店はイートインができるようにテーブルセットがあり、二人はそこに座った。

「ん~~!!!おいしい~~!」

 大きな口を開けてぱくりと一口頬張った杏里は本当に幸せそうな笑顔になった。そんな杏里を見て蓮も自然と笑みを浮かべると自分の分を一口食べた。

「蓮のクレープもシンプルで美味しそうだね。……一口ちょうだい?」

 蓮の笑みが苦笑に変わる。

「はいよ」

 蓮がクレープを差し出すと杏里はありがと、と言って蓮の持つクレープに顔を近づけ一口食べる。それは蓮の一口よりもずっと大きかった。

「なっ!?」

 てっきりクレープを受け取ると思っていた蓮は杏里の行動に驚き固まる。これはさすがに小っ恥ずかしい。

「えへへっ、蓮のも美味しいね!蓮もこれ一口食べる?」

 だが、杏里は全く気にした様子がなく、今度は杏里が自分のクレープを蓮に差し出した。

「あ、ああ。じゃあもらおうかな」

「一口だけだからね?いっぱいはダメだよ?」

「はいはい」

 杏里の念押しに蓮はなんだか可笑しくなる。

「んーーー、んっ!」

 だが、いざ蓮がクレープを受け取ろうとしたらひょいっと杏里が避けてしまう。そしてまた蓮に差し出す。杏里が自分にもこのまま食べろと言っているのだと察した蓮はため息を一つ吐き、諦めたように杏里が持つクレープに顔を近づけ一口分だけもらった。

「どう?美味しいでしょ?」

「ああ、うまいな」

「ね!ふふっ、蓮、本当にありがとうね!」

「どういたしまして。追試お疲れ様、杏里」


 杏里の満面の笑顔を見て、蓮はなんだかなぁと思いつつもしょうがないと肩を竦めるのだった。

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