第22話 彼の知る彼女とは違ってきている

 放課後、昇はいつものように友達と遊んで、帰宅するところだった。

 電車から降りて、後は一人家に帰るだけ、そんな日常の一コマのはずが、その駅で美桜と蓮が向かい合っている場面に遭遇してしまった。


 昇は見て見ぬふりなどできるはずもなく、美桜に声をかけたのだ。

 美桜は昇の声に気づき、その目を大きくした。

「昇君?…どうしたの?」

 いきなり声をかけられ驚いたが、美桜にとってはそれだけ。それよりも昇が怖い顔をしていることの方が気になった。

 昇が美桜と蓮のもとまでやって来る。

「どうしたの、じゃないよ。美桜こそ天川と何してるの?」

「え?何してるも何も天川君はただ送ってくれただけで……」

 困惑しながらも美桜は昇の質問に答える。


 一方、蓮は昇に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 昇が怒るのも当然だ。自分が付き合っている彼女が他の男と一緒にいるところなんて見れば……。

 蓮としては痴漢の件があり、勉強会後に美桜一人を電車に乗せるのが心配だったという理由があるが、そんなことは昇には関係ないことだろう。

 というか、勉強会自体、友達になった杏里が誘って始まったこととは言ってもそこに蓮と柊平がいることにはいい顔をしないかもしれない。

 こういうことは蓮が何を考えているかじゃない。昇がどう感じるかなのだ。自分はそのことをよく知っているのに……。


「水波、すまない。全面的に俺が悪い。華賀さんは何も悪くないんだ。信じてもらえないかもしれないけど……、華賀さんのことだけは信じてほしい」

 蓮は二人の話に割り込み、断腸の思いで頭を下げた。

 心苦しいのは、それでも自分が美桜を送ることを止めないからだ。彼氏のいる女子に自分がしていることは間違っているかもしれない。それでも送るようになった事情を考えれば、今自分からもうしないという選択は途中で投げ出しているようで嫌だし、美桜に対して失礼だと思う。少なくとも美桜からもういいと、嫌だと言われるか今の勉強会が終わるまでは。

「え?天川君?」

 美桜の困惑が深まる。どうして蓮が昇に謝っているのか、蓮の何が悪いと言うのか、美桜には全く理解できない。ただ頭を下げる蓮を見るのは胸が苦しかった。


「……美桜、行こう」

「え、ちょっと、昇君?」

 昇は蓮の言葉を無視して、美桜の返事も待たず、美桜の腕を掴み歩いていく。

 美桜は昇に引かれながら、蓮から目が離せず、蓮が見えなくなるまでずっと見つめ続けていた。


 改札を出た二人は並んで家までの道を歩いていた。

 すでに昇は美桜の腕を放している。美桜から「昇君、痛い!放して」と強く言われたからだ。イライラして腕を掴む力が強くなっていたのだが、昇は美桜からそんな風に強く言われるなんて思いもしていなかったのか、美桜の言葉に「あ、ああ」と反射的に手を放しながらも呆然と目を大きくした。


「……どうして天川なんかと一緒にいたんだ?」

 そう言って切り出したのは昇からだった。

「天川君はただあそこまで送ってくれただけだよ。私今一緒に勉強させてもらってるから」

「っ!?…天川と?」

 昇の声が一段と低くなった。

「同じクラスに杏里…、高頭さんっているでしょ?この間、彼女と友達になって、一緒に勉強しようって誘ってもらえたの。天川君と日下君には教えてもらってる側だけど」

 杏里と友達になれた、それが嬉しくて口元に笑みが浮かぶ。

「高頭……、天川達とよく一緒にいる女子だよな?そんな女子と美桜が友達に?……なあ、美桜、あんな奴らとなんて関わらない方がいい」

「え?」

 一瞬本当に美桜には昇が何を言ったのかわからなかった。

 けれど徐々に理解していくとどうして昇にそんなことを言われなければならないのか、という気持ちが強くなった。そんな美桜の心の動きを知ってか知らずか、昇が言葉を重ねる。

「これは美桜のために言ってるんだ。美桜ならわかってると思うけど、ああいう奴に気を許すなんてこと絶対にやめた方がいい」

「……どうして昇君にそんなこと言われなきゃいけないの?」

 美桜の口から思いが言葉となって発せられた。

 自分のために言ってくれている、自分のことを心配してくれている、というのはわかるが、昇の言葉を素直に認めることなんて今の美桜にはできなかった。


 その言葉に驚いたのは昇だ。美桜なら昇の言いたいことも理解して、「うん、わかってる。心配してくれてありがとう。ごめんね」という感じで返してくると疑っていなかったから。

「っ!?どうしてって。中学の頃、ああいうタイプのやつに何されたか忘れた訳じゃないだろう!?また同じことされるかもしれないんだぞ?」

 昇の言いたいことがわからない訳ではなかった。蓮への第一印象が最悪だった理由が正にそれなのだから。ただ、他人ひとから過去の傷を抉るようなことは言われたくないし、昇もわざわざ言わないでほしいとは思うが。

「わかってるよ。でも杏里はもちろん、天川君も、日下君もそんな人じゃないって今は思ってるから。私の大切な友達なんだよ」

 美桜は強い瞳で昇のことを真っ直ぐ見て言った。

「……あっそ。俺は美桜のために言ってるのに、美桜がそう思うならそう思ってればいいんじゃないか?後悔しても知らないからな」

 昇はまたも同意ではなく、反論で返されたことに、自分の言うことを聞かず、美桜との会話に、イライラが募っていき、最後はそう捨て台詞のように吐き捨て、美桜を置いて一人速足で歩いて行ってしまった。

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