第20話 他の人にとっては普通でも彼女にとっては特別

 追試の後のご褒美が確定し、杏里はニコニコだった。

 そんな杏里を見て、美桜も口元が綻ぶ。

(本当に可愛い女の子ひとだなぁ)

 自分にはない魅力を本当にたくさん持っている。

 妬みとかではなく、純粋に羨ましく思う。

 ただそんな彼女は自分の友達なのだ。そのことが美桜は嬉しい。


「杏里、今日の髪型すごく可愛いね」

 杏里の髪型の変化に気づいた美桜の素直な賞賛だった。

 髪型の違いで、ただでさえ可愛らしい見た目の杏里がさらに可愛く見えたから。それを素直に杏里に伝えてみようと思ったのだ。

「ぅぐっ、ありがとー。でももうしないかなぁ」

 そう言って、あははと笑う杏里の反応が美桜にはよくわからず首を傾げる。

 杏里にも美桜が褒めてくれているというのはわかっているのだが、できればこの話題はスルーしてほしかった。そして、どうしても反応が気になってしまい、思わず蓮の方に目を向けてしまった。


 その視線を受けて、蓮はもしかして自分も感想を求められているのか?と感じ、口を開いた。と言ってもその場合、言う言葉は決まっている訳だが。

「…俺も似合ってると思うぞ?」

 いくら親しき仲でも、女子の髪型に対して、それ以外言える言葉などない。ただし、それが嘘かどうかは全く別の話だ。このときの蓮は自分の気持ちに嘘はついていない。

「っ!?そっか……。ありがと」

 目が合ってすぐに、蓮から言われた感想に杏里は頬が熱くなるのを感じたが、そんな顔を見られたら変に思われる、と少し俯き気味になる。

 一方、美桜は蓮の言葉に、そうですよね!とでも言うように、うんうんと頷いていた。


「そうだ!私達四人でグループ作らない?その方が色々便利だと思うし」

 急激に恥ずかしくなってきた杏里はあからさまに話題を変えた。

 スマホを取り出し、メッセージアプリを起動する。

 杏里のその提案に、蓮は普通に同意し、スマホを取り出し、柊平は杏里の慌てように苦笑を浮かべながらも蓮と同じく同意してスマホを取り出した。

「美桜も。ね?」

「え、あ、う、うん」

 美桜は戸惑いながらも杏里に促されスマホを取り出す。

 慣れた手つきで杏里が三人を招待し、すぐに四人のグループができた。

 ちょうどそこで休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴ったため、じゃあね、と言って杏里が自席に戻っていく。

 そんな中、美桜は簡単にできてしまったグループの画面をじっと見ていた。


 現在の高校ではメッセージアプリによるクラスごとのグループは必須と言ってもいい。学校の連絡事項などもメッセージアプリ経由で知らされることがあるくらいだ。だから美桜もクラスのグループには入っている。

 ただ、個人的にメッセージのやり取りをするのは家族を除けば昇くらいだったし、こういった個別のグループを作り、自分が参加することついては、初めての経験だった。

 だからきっと普通の、他の人には今の美桜の気持ちは理解できないだろう。


 多くの人にとって当たり前のそれが、美桜にとってはとても特別なものに感じられて―――。

 嬉しさが後から後から込み上げてくる。

 自然と口角が上がるが、そのことに美桜は気づかない。

 休み時間も終わりのため、誰も見ていないが、もしも、例えば美桜のことを悪く言っていた男子達などが、今の美桜を見たならば、きっと見惚れていたことだろう。

 もともと切れ長な目の綺麗な顔立ちをした彼女だ。

 まあ、だからこそ、無表情だと威圧感というか迫力も増してしまうのだが……。

 そんな彼女の微笑み顔はその綺麗な顔立ちと相まってとても魅力的なものだった。


 結局美桜は教師がやって来るまでずっとスマホの画面を見ていた。


 しかし、誰も見ていないと思われた美桜のその様子に隣の席である蓮だけが気づいた。

 スマホの画面を見ながら微笑む美桜に、喜んでいるのだということがわかる。

 それはつまり、グループを作ったことが嬉しかったのだということもわかる訳で……。

(よかったな、華賀さん)

 声には出さないが、このときの蓮はとても柔らかな表情になっていた。


 このたった数日で蓮の中で美桜の印象は大きく変わっていた。デフォルトは確かに無表情かもしれないが、こんなに感情が表情に出る人も珍しいのではないかと思うほど、美桜は様々な表情を蓮に見せていた。それも裏を疑うことすら憚られるほど真っ直ぐな感情を。

 自分にはとてもじゃないが真似できない。

 だからこそ、蓮は美桜のことを好ましく、そして眩しく感じるのだった。


 放課後。昨日と同じく四人はファミレスに来ていた。

 ただ、今日は美桜の正面に柊平、杏里の正面に蓮という座り順だ。

 杏里は昨日よりも前向き、というか熱心に勉強に取り組んでいる。

 午前中にご褒美が確定したからか、と蓮は可笑しく感じたが、やる気があるのはいいことであるため、表面上はそんなことおくびにも出さず、杏里に教えていた。


 一方、美桜の方は何だか昨日よりも集中力に欠けているようだ。

 最初のうちは昨日と同じように何も気にせず、勉強していた。

 ただ、わからないところがあってチラッと柊平を見た美桜だったが、昨日の蓮のようにそれだけで美桜が何かを訊きたがっていると柊平が察することはなかった。

 きちんと声に出して訊けばいいだけなのだが、それほど話したことのない柊平に自分から言うのはまだ美桜にはハードルが高かった。

 そうしているうちに段々集中力が途切れていってしまったのだ。

 そして、つい楽しそうに蓮に質問しては丁寧に教えてもらっている杏里達を横目で見てしまう。

(杏里楽しそうだなぁ。……私も天川君とがよかったな……)

 こんなこと柊平に失礼だし、思っちゃいけないとわかっている。それでもそんな思いが美桜の中から中々消えてはくれなかった。

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