第19話 遊びの約束

 翌日の朝。

 金曜日の今日が終われば土日は休みだ。

 教室でいつものように蓮と柊平が話していると美桜が教室に入ってきて自席に着いた。

「おはようございます、天川君、日下君」

 自然な挨拶ができたことに美桜は内心ほっと安堵する。

 自分から声をかけるのはまだ慣れず、ちょっとドキドキしていたから。

 今日は蓮だけでなく柊平も一緒にいたから余計にだった。

「っ!?あ、ああ。おはよう、華賀さん」

「っ!?おはよう、華賀」

 それに対し、蓮と柊平は一瞬驚きに目を大きくするが、すぐに挨拶を返す。

 なぜ二人は驚いたのか―――。

 今日の美桜は挨拶に加えて、その表情も無表情という訳ではなく、少しだけ柔らかくなっていたからだ。

 柊平に至っては挨拶されたのも初めてだったため、蓮よりも驚きが大きかったかもしれない。


 美桜はそんな二人の反応には気づかず、文庫本を鞄から取り出すと、そのまま読み始めた。

 思わず蓮を見やる柊平。

 蓮は柊平の視線に気づくが、自分だって美桜の変化に驚いたのだ。どういう心境の変化かなどわからない。ただ、無表情よりずっといいと思った蓮は、柊平に対し口元に笑みを浮かべ、肩を竦めるのだった。


 その後、遅刻ぎりぎりのタイミングで杏里が教室に飛び込んできた。

 自席に着くと、安心したのか、「間に合ったぁ~」と言いながら、机の上に両手を投げ出し突っ伏してしまった。

「おはよ、杏里」

 すると左隣の席の女子生徒が杏里に声をかけた。

「おはよー」

 杏里も彼女の方に顔の向きを変えて返す。

「何?寝坊でもしたの?」

「うん、まあそんな感じ~」

「ふぅん。そんな日にわざわざイメチェンしてきたの?」

 彼女は自分の右側頭部を人差し指で指し、視線は杏里の髪にいっていた。

 普段は髪を下ろしているのに、今日の杏里は珍しく髪型を右側頭部でワンサイドアップにしていた。

「そんなんじゃないよ。…これ、変じゃないかな?」

 サイドアップにした髪を摘まんで、フリフリさせながら不安そうというか嫌そうな顔をしながら杏里は訊いた。

「ううん、似合ってると思うよ」

「ありがと。まあもうしないと思うけど……」

 彼女の答えに少し安心した杏里だったが、お礼の後、やはり嫌そうな顔で付け足した。

「そうなの?」

「うん。だって私がこういうのやると子供っぽく見えるでしょ?」

 少したれ目の可愛らしい顔つきなのだが、杏里自身は童顔だと思っているようだ。

「そうかなぁ?可愛いと思うけど?でも、それならなんで今日はしてきたの?」

「あはは。まあちょっとね」

 最後は笑って誤魔化した杏里。

 彼女が不本意な髪型をしているのにはちゃんとした理由があった。ただ、人に言えば呆れられるだろうことはわかるので言わないだけで。

 昨夜、杏里は気持ちよく熟睡することができた。できたのだが、熟睡しすぎてしまったのだ。もしかしたら勉強疲れもあったのかもしれない。スマホの目覚ましもいつの間にか止めてしまっていた。

 そしていつもの時間よりも大分遅く、というか本当に学校に間に合うかどうかぎりぎりの時間に起きた杏里にさらに不運な事態が起こった。

 こんな日に限って寝癖がくっきりついてしまっていたのだ。

 必死に格闘したが、簡単には直ってくれず、シャワーを浴びれば直せたのだが、あいにくとそんな時間はなく、苦肉の策として寝癖を誤魔化すため、急遽この髪型にしたのだった。


 女友達も似合っていると言ってくれたし、子供っぽく見えるというのも杏里の主観ではあるため本当は些細なことなのかもしれないが、女の子として、どうしてもそう見られたくない相手がいる今の杏里にとっては大きな問題だった。

 遅刻覚悟でシャワーを浴びるか本気で悩んだくらいには。

 ただ、遅刻したらしたで、心配されたり、理由が寝坊や寝癖だなんて知られたら呆れられたりするかもしれないとの思いからそちらを選ぶことはできなかった。

 落ち着いて考えれば、どこまで話すかは杏里次第なのだし、それで遅刻しても大したことにはならなかっただろうが……。


 それからすぐに朝のホームルームが始まり、一時間目の授業が終わった休み時間のこと。

 杏里は早速美桜にデザートビュッフェの件を話しに向かった。

 美桜の隣と後ろには蓮と柊平もいるのでちょうどいい。

「ねえ美桜」

「っ!?杏里?どうしたの?」

 美桜は杏里に呼ばれてびっくりしてしまった。

 今まで授業間の貴重な休み時間に誰かが話しかけてくるなんて滅多にないことだったから。

「うん。あのね、美桜って甘いもの好き?」

「?好きだけど……?」

「本当!?それなら!蓮と柊平も聴いてほしいんだけど、私の追試が終わった次の日って空いてるかな?四人でさ、デザートビュッフェに行かない?勉強のお疲れ様会って感じで」

 放課後の遊びの誘い。

 それも皆でデザートビュッフェ。

 すごく楽しそうだ。

 美桜は心音が一度トクンと大きく鳴った気がした。

「い、いいの?私も一緒で……」

「もちろん、当たり前じゃない!それで、どうかな?」

 杏里は、美桜、そして蓮と柊平にも視線を向ける。

「うん。…行きたい、な」

「いいんじゃないか?」

「ああ。誰かの好み全開な気がするし、勉強っていうより追試の、って気がするけどな」

 上から、美桜、蓮、柊平の返事だ。美桜は照れているのか少し頬を赤らめ、蓮は可笑しそうに口元に笑みを浮かべ、柊平は苦笑を浮かべている。

「やった!じゃあ決まりね」

 杏里は嬉しそうに予定を決めた。

 こうして、追試の翌日、放課後四人で遊びに行くことが決まった。

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