第18話 彼女からの提案

 その日の夜。

 寝不足に加えて、思わぬ美桜との話で精神的に想像以上に疲れていたようで蓮は早めにベッドに入っていた。

 うとうとしてもう少しで意識を手放しそうというところでスマホが鳴った。

 少し寝ぼけながらスマホを手に取ると着信が入っており、画面には杏里の名前が表示されていた。

 蓮は通話にしてスマホを耳に当てる。


「やっほー、蓮」

 すると元気な杏里の声が耳に飛び込んできた。

「……どうした、杏里?」

 寝ぼけた頭のせいか、間延びした声になる。

「ってなんか疲れてる?」

「……ああ。…昨日あんまり寝れてなかったからな」

「もしかして寝てた?急に電話してごめんね?」

「いや、まだ寝てないよ」

 会話をしていくうちに蓮の眠気が覚めていく。

「そっか。……ありがとうね、蓮」

「ん?何がだ?」

 突然の杏里からのお礼。蓮には意味がわからなかった。

「蓮の寝不足って今日の勉強会のために準備、してくれたからでしょ?美桜と、…私のために」

「っ!?どうして……」

 まだ眠気は覚め切っていなかったようだ。

 杏里の言葉に不意を突かれ、思わず肯定してしまう。

「わかるよ。わかるに決まってるじゃん。どれだけ一緒にいると思ってるの?」

「……そうか。けど俺が勝手にやったことだから気にしないでくれ」

 そう、勝手にやったことだ。別に感謝してほしくてした訳じゃない。

「ふふっ。うん。蓮ならそう言うだろうなってこともわかってたんだけどね。ちゃんとお礼は言いたいなって思って。いっぱい負担かけちゃってごめんね。本当にありがとう」

「謝罪はいらない。お礼は、まあ受け取っておくよ」

 気づかれていたのは何だか気恥ずかしくて痛恨だが、杏里の言葉が驚くほどすんなりと心に沁みてきて、自然と蓮の口元に笑みが浮かぶ。

「…………そう、ちゃんとわかってるんだよ。ずっと傍で見てきたんだから……」

「?何か言ったか?」

 何か言ったことはわかったが、杏里の声は小さすぎて蓮の耳には意味ある言葉として届かなかった。


「ううん!何でもないよ。ねえ、蓮。私の追試が終わったらさ、お疲れ様会しようよ。ぱあっと、皆でさ」

「くくっ、もう追試が終わった後の話か?」

 まだ一日しか勉強会はしていない。それなのにもうお疲れ様会、という案が出されたことに、杏里らしいなと妙に納得してしまい笑いが出てしまった。

「いいでしょ?そういうのがあった方がモチベーションも上がるんだよ?」

「そういうものかな?……そうだな。行きたいところでもあるのか?」

「ん~、そうだなぁ。あ、あそこ行きたい。前に行ったデザートビュッフェの店」

 それは修平を含め三人で行ったことのある店のことだった。

 リーズナブルで数多くのスイーツが食べ放題の店を杏里が見つけてきて三人で行ったのだ。

 柊平は甘いものが苦手なため、一種類ずつおまけのように端に置いてあるパスタとピザをひたすら食べていたが。

 ちなみに、蓮はバランスよく?食べていた。杏里はスイーツ一辺倒だ。

「杏里は本当甘いものが好きだな」

「いいでしょ。甘いものは正義なんだよ?蓮だって嫌いじゃないでしょ?」

「そうだな。華賀さんにも訊いてみて嫌いじゃないようならいいんじゃないか?」

 柊平が苦手なことを綺麗にスルーしている杏里に苦笑してしまう蓮だったが、杏里の声が弾んでいるので、黙っていることにした。

 なんだかんだ言いながら柊平は付き合ってくれるだろうというのもあったから。

「そうだね!明日早速美桜に訊いてみる!あぁ楽しみだなぁ」

 本当に楽しみにしていることが杏里の声から伝わってくる。

 というかすでに頭の中はスイーツで溢れてるんじゃないかと感じるくらいだ。

「美味しくいっぱい食べるためにも、追試頑張らないとだな?」

「もちろんだよ!いっぱい頑張っちゃうから!蓮にも迷惑かけちゃうけどよろしくね?」

「迷惑なんかじゃないって」

「ふふっ、ありがと。って蓮は寝不足だったんだよね!?いっぱい話しちゃってごめん!」

「全然。大丈夫だから」

「うん。けどもう切るね。今日はゆっくり休んでね?」

「ああ。ありがとう」

「それじゃあ、また明日ね」

「ああ、また明日」

「おやすみ、蓮」

「おやすみ、杏里」


 杏里との電話が終わり、蓮はスマホを床に置く。

 すると遠ざかっていた眠気が再びやってきて、蓮は今度こそ意識を手放すのだった。


 一方、杏里は蓮との電話を終えた後、胸元にぬいぐるみをぎゅっと抱き、手にはスマホを持ったまま座っていたセミダブルのベッドに横向きにごろんと倒れるようにして寝転んだ。

 その拍子に肩の辺りまである明るい色の髪が顔にかかる。

 どうやら自室にいたパジャマ姿の杏里は、壁に背を預け、ベッドの上で膝を立て、ぬいぐるみを抱えて座りながら電話していたようだ。

 ちなみに、そのぬいぐるみは、手足を伸ばして、うつぶせになって寝ている体勢をした耳の垂れたリラックス系の白い犬のぬいぐるみで、杏里のだ。

「蓮……」

 目を閉じ、蓮の名を呼ぶ杏里の口元には笑みが浮かんでいた。

 今までメッセージのやり取りはいくらでもしてきたが、こんな急ぎでもない用で、電話をしたことなんてなかった。

 心音がトクントクンと心地よいリズムを刻んでいる。

 心を充実感が満たし、今日はよく眠れそうだな、なんてことを思う。

 こんなことで心が浮かれるなんて自分は単純だなと思うが、そんな自分のことが嫌ではないので杏里は気にしない。 

 そしてゆっくりと息を吐きだし、全身から力を抜いていくと目を開いた。

「私も頑張らなきゃ、ね……」

 そう言った杏里の瞳には決意の色が宿っていた。

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