第16話 彼女は心情を吐露する

 蓮が呼び止めた後、美桜は諦めたように力が抜けたので、蓮は腕を掴んだことを謝り、美桜を駅構内のベンチに座らせた。

 それから、ちょっと待ってて、と言うと自動販売機でミルクティーと自分用にブラックコーヒーを買って戻ってきた。


「これ、よかったら」

「……ありがとうございます」

 お礼を言って蓮が差し出すミルクティーを受け取る美桜。

 蓮はそのまま美桜の隣に腰掛ける。

 蓮が缶コーヒーを開けて一口飲むと、美桜もそれに倣ってミルクティーを開けて一口飲んだ。

 ただ、そのまま美桜は俯いてしまう。

 少しの間、二人の間に沈黙の時間が流れる。


 まだ日が暮れると肌寒く感じる季節だ。

 温かい飲み物を飲んで少し落ち着いたのはいいが、いつまでもこうしていては美桜が風邪を引いてしまうかもしれない。

 自分と違い、帰りの時間を気にしているくらいだから帰りが遅くなると家族が心配するかもしれない。

 などと色々考え、蓮は話を切り出す決意を固めた。

「あのさ」

「っ、はい……」

 蓮が切り出すと俯いたままの美桜の肩がビクッと震える。

「単刀直入に聞かせてほしい。なんであんな風に思ったのか。俺そんな受け取られ方しちゃうような言い方してたかな?」

 蓮には本当にわからなかった。

 表面上の、相手が望んでいる会話を心がけている蓮にとって、ここまで自分の意図したことと違う捉え方をされるのは完全に想定外だったのだ。

「……ごめんなさい。自分でもわかりません……。何だか頭の中がごちゃごちゃになっちゃって。ただ……」

 苦しそうに美桜の顔が歪む。

 そこで言葉を止めてしまった美桜に対し、蓮が優しく先を促す。

「ただ?」

「…………」

 それでも美桜は話せない。

「思ってること話してくれないか?どんなことでもいいんだ。どう思われるかなんてことも考えなくていい。それで華賀さんのことを判断したりもしない。約束する。俺が華賀さんの思ってることを知りたいんだ。だから教えてほしい」

 今の蓮からは柊平が言っていたように、温かく包み込むような優しさが溢れていた。

 そんな蓮の声に後押しされるように美桜はようやくその閉じられていた口を開いた。

「……わ、私は……」

「うん」

 美桜のその姿はどこか必死で、一生懸命自分の考えを言葉にしようとしていて。

 そして心に溜まっていたものは、一度零れ始めたら本人にも止め方がわからなくなってしまった。

「……ただ、何でも持っている天川君に嫉妬していたんだと思います……」

「っ……!?そっか。うん」

 蓮は一瞬目を大きくするが、美桜の言葉を遮らないように、けれどきちんと聴いていることを示すように相づちを打つ。

「法学部に行くのは天川君のような人で……。それは私にはすごく遠くて。私には無理なんだろうなって……。どれだけ頑張っても天川君のようにはできる気がしなくて。友達がたくさんいて、明るくて。あんなに数学ができるのに、天川君は文系クラスに来ていて。前に話しているのを聞いてしまって。そのときは暈してましたけど、天川君も法学部に行きますよね?そんな成績上位の天川君にとって私は比べる価値もない相手で。それは当然だって思うんですけど。天川君もそんな私に同情してたんですよね?無謀な目標を持ってるって。だからあんなに丁寧に教えてくれて。……もしかしたら今日眠ってしまったのもレベルの低い私に教えるのがつまらなかったからじゃないんですか?」

「…うん。華賀さんはそう感じたんだな」

 蓮は問いに答えることなく、美桜に先を促す。

 美桜も答えを求めていた訳ではなかったのか、醜い自分を曝け出していることに自嘲の笑みが浮かぶ。

「……おかしいですよね。そこまでわかってるなら自分からもう勉強会に参加しないって言えばいいだけなのに。それもできなくて。まだ出会ったばかりのあなたに。私は酷い態度を取ってばかりだったのに。それでも電車で助けてくれて。こんなこと考えるのは間違ってるってわかってるのに。あなたに同情なんてされたくなくて、それでもその同情に甘えて。そんな自分が惨めで……。……だから、さっきのは私の八つ当たり、です。……本当にごめんなさい」

 最後は消え入りそうな声になってしまった。

 それは蓮の反応が怖いから。

 すべて、言ってしまった。

 美桜はこんなに自分の心の内を言ったことなんて一度もない。

 今まで溜め込んでいた色々な想いが爆発してしまったように、ぶつけてしまった。

 まだどんな人かもほとんど知らない蓮相手に。

 どうしてこんなことができたのか自分でもわからない。

 止まらなかった。止めようがなかった。

 蓮は怒るだろうか。怒るだろう。怒らない方がおかしい。

 蓮は何も悪くないのに蓮を責める言葉ばかり並べたててしまったのだから。

 そう思ったら胸の辺りに激しい痛みが走った。


 蓮は最後まで真剣に美桜の言葉を聴いていた。

「謝る必要なんてない。話してくれてありがとう。……華賀さんのこと知れてよかった」

「えっ……?」

 蓮の言葉に美桜は俯いていた頭を上げると呆然と蓮の顔を見つめた。

 自分の言った内容に対する言葉とはとても思えなかったから。

 蓮の顔を見てさらに混乱する。

 蓮はとても優しい微笑を浮かべていたから。

「よかったら使って?」

 蓮はそう言うと、ポケットからハンカチを取り出し、美桜に差し出した。

 反射でそのハンカチを受け取り、初めて自分がいつの間にか涙を流していたことに気づいた。

 醜い心情を吐露しておいて涙を流している自分が本当に嫌だった。

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