第13話 それぞれの帰路
駅へと向かう道中でのこと。
「蓮は美桜を送っていくこと!昨日そんなことがあったなら、電車で一人は心細いだろうし!」
美桜が蓮に申し訳ないという思いから、大丈夫だと遠慮したのだが、杏里は強かった。
「美桜、こういうときくらい周りに頼っていいんだよ。蓮がいざというとき頼りになるのは美桜もわかってるでしょ?」
杏里の言葉に美桜は思わず蓮を見てしまう。
蓮としては自分の意見は最初から聞かれないのか、とか杏里に言いたいことはあったが、ぐっと堪え、苦笑いを浮かべ肩をすくめると、美桜に「華賀さんが嫌じゃなければ。どうせ同じ方向の電車だしさ」と言った。
蓮自身、美桜が電車内で震えている姿を見ているのだ。
杏里に言われなくても美桜が嫌じゃなければそうするつもりはあった。
ただ、彼氏持ちで、男、しかも嫌っている蓮相手と一緒に帰ることを美桜が良しとするかはわからなかったのだが……。
結果としては―――。
蓮と美桜は今二人で電車に乗っている。
杏里と柊平は蓮達とは逆方向のため、駅で別れている。
「今日はごめんな?図書室からこっち予定が狂いっぱなしだっただろ?」
杏里達と別れ二人になってしまったが、なるべく普通にと心がけて蓮が話しかける。
「いえ、まあ確かにそうですけど、謝られることではないです。……杏里、とも仲良くなれましたし」
まだ少し恥ずかしそうに杏里の名前を言う美桜。
「そっか。それならよかった」
そんな美桜に蓮は優しげな笑みを浮かべる。
やっぱり無表情という訳でも塩対応という訳でもなさそうだ。それがわかりづらいというだけで。
杏里のことを気に入っているのだろうことがわかる。
美桜は痴漢から助けたということを余程大きなこととして受け止めているのか、嫌っているはずの自分とも今はこうして普通に話ができている。
そんなことに付け込んでいる気がして悪い気がするが、普通に話ができるのは蓮としてもありがたかった。
「私の方こそ、勉強会にお邪魔することになってしまってごめんなさい」
「そんなこと気にしなくていいよ。華賀さんが一緒だからって俺も柊平も邪魔だなんて思わないから。むしろ杏里の押しの強さが申し訳ないくらいだよ」
「……私は誘ってもらえて、よかった、です」
「そっか」
「はい」
そんな風にポツポツと話をしていると、美桜が言った。
「あ、次が降りる駅です」
「りょーかい」
「送ってくれてありがとうございました」
「どういたしまして」
電車が止まり、扉が開く。
それじゃあ、と言って美桜が電車から降りると、俺も降りるよと蓮も一緒に降りてくる。
それの意味することを察した美桜が言った。
「あの、ここまでで大丈夫です。家までは一人で帰れますから」
「うん、わかった」
「?電車行っちゃいますよ?」
蓮の返事に疑問が浮かぶ。
家まで送るつもりで降りたのではないのだろうか。
そんな疑問が蓮にも伝わったようだ。
「ああ、いや、反対の路線に行かないとだからさ」
少しバツが悪そうに、頭に手をやる蓮。
「?……っ、ごめんなさい!私知らなくて」
美桜はようやく意味を理解し、頭を下げる。
そんな美桜を見て、もしかして想定外のことがあると感情が表に出やすいのかな、と蓮は思いなんだか可笑しくなった。
「全然、本当に気にしないで。二駅だけだから。それに俺がしたくてしたことだからさ」
頭を上げた美桜は思う。
この人はどうしてここまでしてくれるのだろうか。
自分のしてきた態度はわかっているつもりだ。
嫌われていて当然だと思う。
それなのに―――。
……この人が何を思っているのか知りたい。
同時に知りたくない、とも思う。
もしも知って、この人から嫌悪を向けられていると明確に示されたら……。
突然ぎゅっと胸が苦しくなった。
(な、なにこれ?)
自分の身体に起こった急な変化に訳がわからず混乱する美桜。
「それじゃあ、日も暮れてきたし、気をつけてな」
美桜が一人考えに耽っていると、そう言って蓮は先を行ってしまった。
「あっ……」
美桜は遠ざかっていく蓮の背中を見送るのだった。
一方、杏里と柊平も電車に乗っていた。
杏里は途中で乗り換えるため、そこまでは一緒だ。
美桜達と別れるまでのテンションと違って今の杏里は静かだった。
何か悩んでいるようにも落ち込んでいるようにも見える。
「……なあ杏里、どうしてって聞いてもいいか?」
柊平が気遣うように質問する。
けれどそれは多くの意味を含み過ぎて、漠然としたものになってしまっていた。
「……美桜、可愛かったね」
質問の答えなのか、そうではないのか、杏里が口を開く。
「まあ、噂とは色々違うんだろうなとは思ったよ。きっと蓮もな」
「直感、だったんだぁ。それで話してみたら放っておけなくなっちゃった」
杏里の口元には小さな笑みが浮かんでいた。
「そうか。けど、いいのか?……あいつは自分でなんて言おうと優し過ぎるくらい優しいやつだぞ?」
「わかってるよ。っていうか本当に柊平は何でもわかってるみたいな感じで言うよね?」
「二年も傍から見てればそれくらいわかるっての。気づいてないのは本人くらいだろ。……いや、あいつの場合は最初からそういうのを除外しているだけなのかもしれないけどな」
「うん。そうだね。だから私は……」
電車が杏里の乗換駅に到着する。
「それじゃあ、また明日ね。放課後の勉強よろしく!」
「ああ、また明日」
杏里が電車から降りていくのを柊平は見送るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます