第12話 友達ができた
意味を理解して最初にやってきたのは驚きだった。
どうして杏里がそんなことを言い出したのかわからない。
勉強は一人でするものだと思ってきた。
一人で頑張らなければいけないものだと……。
ただ現実は、誰にも頼ることなく、弱音を吐くこともなく、一人で志保の期待に応えるために勉強を頑張り続けることに美桜の心は疲弊していた。
頼ってもいいのだろうか……。
思った瞬間自分を恥じた。その相手は蓮なのだ。
自分は蓮の成績を耳にしたとき、醜く嫉妬した。
そんな自分が、一度蓮に助けてもらったにもかかわらず、身勝手にもまた助けてもらおうだなんて。
美桜の心はその無表情とは裏腹に激しく揺さぶられる。
美桜がそんなことを考えている間にも三人の話は進んでいき、杏里にあらためて問われた。
その声に美桜が杏里を見ると、杏里はとても優しい笑みを浮かべていた。
それはまるで美桜の背中を押してくれているようで―――。
「私なんかがいたら邪魔だと思うので―――」
それでも美桜は断ろうとした。けれど。
「邪魔なんかじゃないよ。だから一緒にやろう!」
美桜が最後まで言い切る前に杏里が力強く言葉を重ねる。
「っ、……はい……」
その力強さとは裏腹に杏里の言葉には陽だまりのような暖かさがあり、美桜は思わず肯定の返事をしていた。
途端、杏里の表情がぱあっと明るくなったことに美桜は安堵し、自然と口元に小さな笑みが浮かんだ。
それから杏里と美桜で話を進め、放課後に集まって四人で勉強をすることに決まった。その際、教える側の蓮と柊平は完全に蚊帳の外だったが、二人は空気を読んで置物に徹するのだった。女子の会話に下手に割り込んではいけない。
そんな置物状態の二人にも杏里と美桜のやり取りを聞いていて、わかってきたことがある。
美桜の無表情は不機嫌とかではなく、単に表情に出すのが苦手なだけなのではないか、ということだ。
だって、これだけ杏里に詰め寄られても変わらず会話しているのだから。
それに塩対応というのももしかしたら自分の考えを口にするのが苦手なだけなのかもしれない。
本当に嫌なら、杏里の提案なんて切って捨て、とっくに怒って帰ってる気がする。
ただ蓮の場合は、今とも全然違う、偶々虫の居所が悪かっただけというには無理がある、初対面のはずの始業式からの美桜の態度を振り返って第一印象から本当に嫌われているようなのが何とも言えずため息を吐きたい気持ちになる。
そんな風に杏里と美桜が話しているのを聞きながら、蓮と柊平は杏里の高すぎるコミュ力に感心していた。
いや、感心を通り越して若干呆れにも似た感覚かもしれない。
きっとこれまでは美桜の態度にも諦めず、ここまで関わろうとした強者はいなかったのだろう。
そんな男二人を置いて、彼女達の会話は次の話題に進んでいた。
「あ、それじゃあ、あれは?柊平が言ってたやつ。お礼とか助けたとかって」
杏里のその問いに蓮の眉が一瞬ピクっとする。
だが、蓮の懸念は杞憂に終わる。
美桜が特に気にした様子もなく話し始めたからだ。
「それは……、昨日の朝、私痴漢にあってしまったんです」
「えっ!?大丈夫だったの!?」
杏里が血相を変えて美桜を心配する。
「はい。すぐに助けてもらえたので。そのとき助けてくれたのが天川君だったんです」
「でも怖かったよね……。思い出させちゃったかな。変なこと聞いてごめん」
「いえ、そのときは怖かったですけど、もう大丈夫です」
「そっか……。それにしても蓮、よくやったじゃない!」
空気を変えるように杏里が明るく言う。
「いや、華賀さんにも言ったけど、大したことできた訳じゃないから。もっと早く気づけたらよかったんだけどな」
それに対し、蓮は若干苦みの入った笑みを浮かべた。
「そういうことだったのか……」
蓮の隣では柊平が何か納得したのか、そんなことを呟いていた。
「いえ、本当にありがたく思っています。朝にも言いましたけど、あのとき天川君だけが助けに入ってくれたんですから」
「華賀さんもこう言ってるんだし、卑下するのはやめた方がいいよ?今の感じだとお礼も素直に受け取ろうとしなかったんじゃないの?」
「ちゃんと受け取ったから!もういいだろうこの話は」
杏里の小言が続きそうだったので、この話は終わりとそっぽを向く蓮。
そんな子供っぽい態度に杏里は笑みを浮かべながら肩をすくめ、美桜は驚きに目をぱちぱちとさせた。
それからも話題は尽きず、美桜がそろそろ帰らないと、と言ったところでこの日はお開きとなり、店を出たところで杏里が美桜に向き直って言った。
「ねえ、華賀さん。美桜って呼んでもいいかな?」
「え?あ、はい。高頭さんの自由に呼んでください」
突然の申し出に驚く美桜。
杏里としてはもっと早く言いたかったが中々タイミングが掴めなかったのだ。
「私のことも杏里って呼んでくれたら嬉しいな」
「……わかりました。……あ、杏里、さん」
名前呼びに慣れない美桜はつい言い淀んでしまう。
互いを名前で呼び合う。
それはまるで友達のようで、何だか擽ったい感じがする。
美桜はこの短い時間で杏里に相当好感を抱いているようだ。
「ありがとー!けど『さん』はいらないよ。それと敬語はなしにしようよ。私達同級生なんだしもう友達でしょう?私達きっともっと仲良くなれると思うんだ!」
そんな美桜に杏里が言った。自分達は友達だと。
昇を除けば、同級生とこんなに話したのは初めてだし、その上で、こんな風に親しくしてくれたのは杏里が初めてで―――。
美桜がどれほど驚き、そして嬉しかったか、杏里はきっと気づいていないだろう。
美桜自身も自分の頬が上気していることに気づいていない。
「っ、……うん。わかった。あ、杏里」
この日美桜に初めて友達と呼べる存在ができた。
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