第11話 彼女は人をよく見ている

「あの、すみません……」

 と、そこで誰かが蓮達に声をかけてきた。

 一斉にその声の主を見やる。

 そこには一人の女子生徒が立っていた。

「他の人に迷惑になってしまうので四人でお喋りするのであれば他のところでしてもらえますか?」

 どうやら図書委員のようだ。

 新学期が始まったばかりであまり人がいないとはいえ、確かに図書室を利用している人にとってはお喋りしている蓮達は迷惑だろう。

 三年生にもなってこんな注意をされてしまうとは……。

 美桜は俯いてしまい、蓮と柊平は申し訳なさそうな顔を、杏里は苦笑いを浮かべていた。

 図書委員の彼女には、美桜を含めた四人組だと思われてしまったため、美桜も居づらくなってしまい、蓮達四人は一緒に図書室を出て、これからどうしようかという話になり、杏里の提案で結局ファミレスに向かうことになった。

 杏里が美桜も一緒にとちょっと強引に誘い、美桜は少し眉間に皺を寄せていたが、少しだけなら、と了承したのだ。

 蓮は美桜が嫌がっているのだと思っていたため、一緒に来ることに驚いたが、それを言ってしまえば藪蛇になってしまうと考え、黙っていた。



 高校の最寄り駅は様々なお店が立ち並ぶ繁華街となっている。

 少し電車に乗ればもっと大きな街があるが、隣接する明政大学の学生はもちろん、付属の生徒にとっても日常的に遊ぶ場所はここであることが多い。

 そんな中にある一つのファミレスに蓮達四人は入っていた。

 ドリンクバーとポテトを注文し、それぞれ飲み物を取ってきてようやく落ち着いたところだ。

 一つのテーブルに女子二人、男子二人が並んで座っている。

「華賀さん、勉強してたんだろ?巻き込んじゃって本当悪かった」

 蓮は図書室でのことをずっと気にしていたようだ。

「いえ……、どうせ集中できていなかったので……」

「ごめんなさい!私、華賀さんと話したくてつい……」

 美桜の素っ気ない、見方によっては怒っているように感じる言い方に、杏里はがばっと頭を下げ、しゅんとした声で言う。

「本当に気にしないでください。……けど、私なんかと話、ですか?どうして……?」

「だって、華賀さんとは初めて同じクラスになったけど、こんな綺麗な人がいるんだぁって思って。仲良くなりたいなぁって思ったの」

「っ、綺麗だなんてそんなこと……」

 美桜は俯いてしまう。

 褒められている気が全くしなかった。

「えー?華賀さん、綺麗だよね?蓮」

「そこでなんで俺に話を振るんだよ。……まあ綺麗なんじゃないか?」

「ほら!蓮もこう言ってる。蓮が女子のことこう言うの珍しいんだよ?」

「確かにな」

 くくっと笑いながら柊平も同意する。

「……高頭さんの方がずっと可愛いですよ」

 いつもの無表情で話しているが、美桜の言葉は本心だった。

 ころころと変わる表情。花が咲いたかのような明るい笑顔。

 考えていることを自然と言葉にできるそのあり方。

 すべてが可愛らしい。

 同性の美桜から見ても魅力的な女の子。

 そしてどれも自分にはないものだから……。

「ふふっ、ありがと。華賀さんにそんな風に言ってもらえて嬉しいよ。それでさ、図書室では話が途切れちゃったけど、華賀さんも追試受けるの?」

「いえ、私は追試を受ける訳じゃありません」

「そうなの?それじゃあどうして勉強を?」

 美桜はチラリと蓮を見る。

「……私はどうしても法学部に行かなければいけませんから……」

 その言い方にひっかかりを覚えた蓮だったが、杏里が反応する方が早かった。

「すっごーい。華賀さん法学部狙ってるんだ?頭いいんだねー。私なんて内部進学できるかどうかって感じで何学部とか全然考えてないや」

「すごくなんかありません……。数学の成績が足りていませんから。今回の実力テストでも……」

「そうだったんだ。……それじゃあさ!華賀さんも一緒に勉強しない?私来週追試があるんだけど、そのために蓮と柊平に勉強を見てもらう予定なの。私の場合、それに加えて今後は定期テストで赤点取れなくなっちゃったから定期的に教えてもらうつもりなんだけどね。あっ、安心して?この二人、見かけによらずすっごく頭良くて教え方も上手いから。だから、よかったら華賀さんも一緒にどうかな?とりあえず私の追試までお試しって感じで」

 杏里は少し考えた後、美桜にそんな提案をした。

 美桜は最初何を言われたのかわからなかったが、次第に理解していき、徐々にその目を大きくしていった。

「杏里!?いきなり何言って―――」

「蓮も柊平もいいでしょ?」

 蓮の言葉を待たず、杏里がニコニコ顔で二人に訊く。

 可愛らしい笑顔なのだがそこには強さが感じられる。

 これは杏里がそうしたいと強く思ってるときのものだと二人にはこれまでの経験でよくわかっていた。

 ただの我が儘なら二人とも言い返したかもしれない。

 けれど杏里は人をよく見ている。

 自分達が気づいていないだけで何かを感じ取ったのかもしれない。

 今回のことも相手のことを、つまりは美桜のことを考えての言葉なのだ。

「いや、まあ俺はいいけどさ……」

 まずは修平が答える。

「……華賀さんがいいって言ったらな。無理強いは駄目だからな?」

 そして蓮もため息を一つした後、そう答えた。

「うん!ありがと二人とも。華賀さんどうかな?」

 杏里は二人の言葉に本当に嬉しそうに笑みを深めるのだった。

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