第7話 彼女から見た彼の第一印象

 それから教室に着くまで電車内で何があったか全くわかっていない昇が話しかけてきたが、ほとんど美桜の頭には入ってこなかった。

 実は学校に向かう途中で、電車内での蓮に対しむしゃくしゃした思いを抱いていた昇が、美桜に隣の席だからってあんな奴とは関わらない方がいいとか、何か企んでるのかもしれない、気をつけた方がいいとか色々と言っていたのだが……。


 昇は美桜が自分の言葉を聴いているのかいないのかわからない生返事ばかりすることにも釈然としない思いを抱いていた。

(俺の話はいつもちゃんと聴いてくれるのが美桜なのに……)

 そんな昇の不機嫌な様子にも今の美桜は気づかなかった。


 そうして教室に入り、美桜が席に着くと、隣には美桜の後ろの席である柊平と話している蓮がいた。

 どういう訳か心臓の音が蓮にまで聴こえてしまうのではないかと思うくらい煩い。

 お礼を言いたくて何とか二人の話が途切れるタイミングを見計らっていた美桜に、しかし蓮から話しかけられた。

 突然のことに驚く美桜。

 けれど好都合だと思い、蓮に要件を伝えようとした。

 それなのにうまく言葉が出てこず、焦りばかりが募っていく。

 それでも蓮は察してくれた。

 ほっと安堵したのも束の間、その上で、気にするな、それだけだと言う蓮の言葉に突き放されてしまったと感じた美桜は理由もわからない胸の痛みを感じ、ただその言葉を受け止めるのに必死で、結局お礼を言うこともできなくなってしまった。


 授業中、少し落ち着いて考えることができるようになった美桜はその口元に自嘲するような苦い笑みが浮かんだ。

 蓮が自分のことをよく思っているはずがないということに思い至ったからだ。

 あんな態度を取っておいてお礼を言わせてほしいなんて虫のいい話だったのかもしれない。


 始業式の日。

 美桜は隣の席に座った蓮をちらりと見て、こんな人が隣だなんて最悪だと思った。

 教室に入った瞬間から多くの人に声をかけられるくらい人気の男子。

 茶色がかった黒髪は染めているのかいないのか。

 整った顔立ちと相まって、美桜の目からは軽薄で色々な意味で遊んでいる薄っぺらいチャラチャラした男子に見えた。

 美桜はそういう男子が特に苦手だ。

 嫌い、と言ってもいい。

 しかも後ろの席の男子も同類のようなのだ。

 美桜は三年生の始まりがこんな席になってしまったことを恨めしく思った。

 蓮のことも柊平のことも知っている訳ではない。

 初めて同じクラスになったのだから当たり前だ。

 他クラスの人にまで興味を持つような美桜ではないのだから。

 けれどそんなことは美桜には些細なことでしかなかった。

 美桜の抱くこの嫌悪は、中学でのことを思い起こさせることが原因だからだ。


 案の定、美桜にいきなり声をかけてきた蓮。

 こういうタイプは相手のことなんて考えず、勝手にずかずかと踏み込んでこようとするのだ。

 彼と関わりたくない美桜は聞こえませんでした、という体を貫くつもりだったが、相手が食い下がってきたため仕方なく答えた。

『はぁ……。華賀美桜です』

 この場はそれで終わることができて美桜はほっとした。

 その後は英語、数学、国語という主要三教科の実力テストがあり、三年生初日は終わった。


 だが、すぐにそんな蓮と日直をすることになってしまった。

 これは順番に回ってくるものなのだから仕方がないことなのだが、美桜は蓮と一緒にやるというのが嫌だった。

 こういう人はどうせ面倒なだけの日直なんていう仕事をまともにしない、と思った美桜は全部自分で済ませてしまおうと考えた。

 下手に何かをやらせて文句を言われたくはない。

 今までも、特に男子は美桜がやると言えば皆簡単に丸投げしてきた。

 今回も同じだ、美桜はそう思っていた。


 それなのに、自分もやると引き下がらない蓮に美桜は内心少し意外に思った。

 てっきり美桜がやると言ったことをこれ幸いにすべてを押し付けると思っていたから。

 蓮がやると言った黒板消しも美桜が一人でやるつもりだったが、蓮は最後の時間まで一緒に黒板消しをきちんとやってくれた。

 放課後、美桜が日誌を書いている間も帰らずにずっといた。

 これも意外だった。

 最後には美桜に任せきりにしてしまったと謝罪とお礼まで言われてしまった。

 もしかしたら、蓮は自分の思っているようなタイプの人間ではないのかもしれない、そんな風に少しだけ思った美桜だったが、それが彼の手口かもしれない、と思い直した。

 もう二度とあんな思いをしないためにも用心するに越したことはないのだ。


 ……そんな風に思っていた。


 それなのに―――。


「はぁ……」

 深いため息がこぼれる。

 随分長いこと物思いに耽ってしまっていたようだ。

 目の前に広がる教科書とノート。

 勉強しなきゃいけないのに、一つも手がついていない。

 こんなことじゃ駄目だと気合を入れようとするが全く集中できない。

 再びため息を吐いてしまう美桜。

 今日勉強するのは難しそうだと諦める。

 そしてスマホを手に取ると美桜は何かを打ち込み始めた。

 それは徐々に集中を増していき、美桜は没頭するようにスマホを弄っていた。


 その後、結局夕食の時間まで集中していた美桜はリフレッシュができたのか、寝る頃には少し前向きな考えができるようになってきていた。

(私は嫌われてるかもしれない。……けど、そんなこと関係なく、とりあえず天川君にお礼だけでも言いたいな……)

 それは紛れもなく美桜の本心。美桜の意志。

 痴漢から助けてくれた蓮にどうやってお礼を言おうか、まずは自分から彼に話しかけるところから、とそんなことを考えながら美桜は眠りに就くのだった。


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