第5話 彼女には理解できない
そんな風に過ごした新学期の一週間を思い出していた蓮。
蓮にとっては出席番号順で席が隣同士になってしまったのが運の尽きといったところだろうか。
席替えが行われるまでは仕方ないと蓮は諦めにも似たため息を吐くのだった。
一限は色々と考えてしまった蓮だが、その後はいつも通りに過ごした。
そして美桜からもあれ以降話しかけられることはなかった。
最後のホームルームも終わり、蓮が帰りの準備をしているときのこと。
「あ、あの、あま――――」
「美桜。準備できた?」
美桜が何かを言いかけたタイミングで誰かが美桜に話しかけた。
いや、美桜には声から誰が話しかけてきたかはわかっていた。
ただこれまで一度も帰りにわざわざ声をかけられたことはなかったのだ。
これまでは放課後の予定に合わせて一緒に帰ることがあってもスマホにメッセージが届いて待ち合わせをする形だった。
それは同じクラスであろうとなかろうと変わらなかったのに……。
美桜が驚きにそちらを見ると案の定昇がすぐ近くにいた。
「昇君……。うん、もう準備はできてるんだけど……」
そう言ってちらりと蓮を見やる美桜。
「じゃあ帰ろうか?今日は美桜の家に行く予定なんだし、おばさんも待ってるよ」
蓮は、隣から自然と聞こえてきてしまった会話に、親公認とかすごいなという感想を抱きながら、自分には関係ないことだと、さっさと帰りの準備を済ませ、席を立った。
「あ……。…………うん、行こうか」
美桜は離れていく蓮の背中を目で追うと昇にそう答えるのだった。
この日も学校生活を一日無難に過ごし、蓮はバイトへと向かっていた。
バイト先のレストランは学校から電車で三駅という距離だ。
その間は小説投稿サイトのお気に入り作家の作品を読むのが蓮の密かな楽しみだ。
学校で読むことはないが、通学中の電車内や家ではよく読んでいる。
柊平が自分と大して変わらないと言っていたのはこのことだ。
そうして一人で過ごすときが今の蓮にとって一番心落ち着く時間だった。
一方、美桜と昇は、昇が言った通り、二人で美桜の家に向かっていた。
道中、昇がいつにも増して美桜に話しかけていたが、美桜はそれを聞いているのかいないのか、ずっと反応は薄かった。
美桜の家に着き、リビングに入ると中には美桜のように綺麗な黒髪をした中年女性がいた。
「二人ともお帰りなさい」
美桜の母、
「ただいま、母さん」
「お邪魔します、おばさん」
「来てくれてありがとう昇君。最近は会えてなかったからお話ししたかったの。今日はね、ケーキを買ってきたのよ。三人で食べましょう?」
志保のその言葉で三人はリビングで紅茶とケーキをいただくことになった。
それから主に志保と昇が話をし、美桜が時々相づちを打ちながらケーキを食べていると志保が二人を見て微笑みながら言った。
「それにしても、本当に昇君と美桜は仲がいいわね」
「いやー、そんな。ははは」
昇が頭に手をやり、照れている。
「あら、誤魔化さなくていいのよ。昇君のことは小さい頃から知ってるし、二人の付き合いには理解あるつもりだから。私もこうなるんだろうなって思ってたもの。美桜とこれからも仲良くしてあげてね?」
「はい!もちろんです!」
「え?」
美桜は志保の言葉、そしてそれに答える昇に違和感を覚える。
昇とは家が近所で幼い頃は一緒に遊ぶことも多かった。
簡単に言うと幼馴染だ。
ただ中学生になる頃には時々昇の母に誘われて昇の家に行ったり、今日のように志保が昇を誘ったりというくらいだ。
ただし、昇の母に誘われることの方が圧倒的に多い。
なぜか登校は一緒にすることが多いが、美桜の中では幼い頃からの継続という意味合いしかない。
その関係は今も変わらず、それ以上でもそれ以下でもない。
それなのに志保はどういう意味で言っているのだろうか。
こうなる、とは?
美桜は昇に目を向けるが、昇は気づいていないのか、美桜の方を見ることはなかった。
そして美桜のそんな疑問を置き去りにして二人は楽しそうに会話を続けていた。
「すみません、おばさん。今日はちょっと予定があるのでこれで失礼しますね」
ケーキを食べ終えてしばらくした頃、話が一段落したタイミングで昇がそう言った。
「あらそうだったの?無理をさせてしまってごめんなさい」
「いえ、おばさんにも久しぶりに会いたかったですから。今日はありがとうございました。ケーキも美味しかったです」
「ありがとう。私もお話できてよかったわ。またいつでも遊びに来てね。って、私に言われなくても二人はいつも会っているんだものね」
「ははは。それじゃあ失礼します。美桜もまた明日」
「え?うん、また明日」
昇がリビングを出て行き、その後を志保が続く。
見送りを終えてリビングに戻ってきた志保が美桜に言った。
「やっぱり昇君と同じ高校にしてよかったわね、美桜」
「そう、なのかな?」
「そうよ。あんなに優しい男の子なかなかいないわよ?昇君の進学先がわかったとき美桜のために明政付属を勧めて本当によかったわ」
「私のため……」
「ええ。人付き合いが苦手な美桜の傍に昇君がいるって思えば私も安心だもの。美桜も昇君と一緒で嬉しいでしょう?」
「……そうだね」
嬉しい、というのは美桜の感情と乖離していた。
確かに自分は人付き合いが苦手だ。
中学のときも高校に行ってからも友達と言えるような人はいない。
けれど、昇と同じ学校だからといって美桜にとっては一人でいることに変わりはないのだ。
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