第2話 彼から見た彼女の第一印象
「さすが相変わらずだな。……二次元メガネくん」
柊平の言葉に呆れた笑みを浮かべる蓮。
そして最後にぼそっとジト目で言葉を添えた。
「それはマジやめろ。それにお前だって大して変わんねえだろうが」
最後の言葉に対し、即座にジト目で返す柊平。
続く言葉は蓮の趣味を知っているからこそのものだった。
「…………」
それがわかっているから蓮はだんまりを決め込んだ。
「で?お前の方はどうしたんだよ?」
今のやり取りを引きずることなく話を変える柊平。
「いや、大したことじゃないんだ……」
答えにくい質問に柊平から目を逸らす蓮。
「ふぅん……。ならま、いっか」
蓮の言葉と態度から何かあることは察したようだが、柊平はそれ以上突っ込んで聞くことはなかった。
それから少しして、蓮と柊平が話している間に、教室に入り、自席に着いた蓮の隣に座る女子生徒がちらちらと蓮を見ては何かを言おうと思っているがなかなか切り出せないというようにそわそわしていた。
彼女こそ、蓮が朝から大変だったと思っていたこと、柊平に一段と冴えない顔をしているとツッコまれた原因となる出来事の当事者だった。
いつもなら美桜は始業までの時間、休み時間と基本的に文庫本を読んでいる。
その様子は騒がしい教室内で彼女のまわりだけ時間がゆっくり過ぎているように感じるほどだ。
美桜は艶やかなセミロングの黒髪を、しかし無造作に二つ結びにしており、この学校では珍しく制服をお洒落に着崩すこともなく着ており、真面目な印象を受ける女子生徒だ。
隣からの美桜の視線にどうしたものかと考えていた蓮に堪えきれなくなったように柊平が小声で言った。
「……おい、蓮。お前華賀に何かしたのか?」
どうやら柊平も美桜の視線に気づいていたようだ。
「何もしてねえよ……」
うんざりしたように答える蓮。
「いや、けどなぁ……」
明らかに蓮に何か話したそうにしている美桜。
柊平はちらりと美桜を見やり、言葉を濁した。
どうして柊平がここまで気にしているのか、美桜本人に対し、蓮に話があるのかと問いかけないのか、その原因は美桜にあった。
あの華賀美桜が、自分から誰かに話したそうにしている、それがとんでもない珍事であることを柊平もわかっているからだ。
蓮もこの一週間でそのことを知った。
美桜とは表面上のコミュケーションすらうまく取れないということを身をもって経験したのだ。
話したいのは今朝のことだろうか。
顔は合わせていないから、声でわかったのか、もしくは隣にいた彼氏が自分の名前を出したのかもしれない。
仕方なく、蓮は自分から話しかけた。
「華賀さん」
名前を呼ばれ美桜の肩がビクッとする。
「っ!?な、なに?天川君」
そして視線を蓮の顔に向ける。
その顔には驚きが色濃く出ていた。
美桜が感情を表に出すのを蓮は初めて見た。
(……普段の無表情、塩対応はどうした?)
蓮は疑問に思いながらも言葉を続ける。
「いや、華賀さんこそ俺に何か用?」
「っ!?……あの、えっと……電車で……」
やはり今朝のことのようだ。
「ああ。今朝のことなら気にしないでくれ。大したことした訳じゃないし、ただの偶然だから」
「っ、ぇ、ぁ、あの……」
「俺からはそれだけかな」
美桜からは何を言われるか予想できない。
お礼くらいなら求めてはいないが受け取っても構わない。
けれど変な風に拗れたらまた自分が疲れるだけだ。
「……わかりました……」
下を向いて消え入りそうな声で美桜は言った。
柊平は蓮と美桜のやり取りを聴いて、何か言いたそうに蓮を見やったが、担任が入ってきたため、その場は解散となり、結局柊平は何も言わずに自席、美桜の一つ後ろの席へと戻っていった。
朝のホームルームが終わり、一時間目の授業が始まった。
蓮はノートを取りながら、始業式の日から今朝の出来事までのことを思い出す。
始業式の日の朝、高校最後の年を過ごす三年二組の教室に入り、蓮が席に着いたとき、隣に座る女子生徒がちらりと蓮の方を見た。
目が合った気がしたので、初めてクラスメイトになった隣の席の女子に蓮は普段通りに声をかけた。
「天川蓮っていうんだ。今年一年よろしく!」
「…………」
高校最後の年も平穏に過ごしたい蓮は軽く自己紹介をするだけのつもりだったが、その女子は無言で、読んでいる文庫本に目を戻してしまった。
「えっと……」
予想していなかった相手の反応に苦笑いを浮かべる。
「同じクラスになるの初めて、だよな?名前、聞いてもいいか?」
それでも席替えまでとは言え、隣同士になったのだし、変な雰囲気にはなりたくないと話しかける蓮。
そこで彼女はあらためてこちらを見た。
「……私ですか?」
そして無表情で抑揚のない声が返された。
「え?ああ、まあ……そうなんだけど……」
なんだか調子が狂う。
「はぁ……。華賀美桜です」
ため息を一つ。
無表情で名前だけを口にする美桜。
何いきなり話しかけてきているんだ。
よろしくなんてするつもりはない、と嫌でもわかる態度で美桜は答えた。
その冷めた視線に、これ以上話しかけるなという意思を強く感じた蓮。
だが、初対面の自分にそんな態度を取られる謂れはないはずだ。
(なんだこの人?)
蓮の美桜に対する第一印象は最悪なものとなった。
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