恋に臆病な僕らはそれでも恋をしてしまう
柚希乃愁
第一章 四月・出会い
第1話 高校生活最後の年が始まった
教室に一人の男子生徒が入ってきた。
その男子に気づいて多くのクラスメイトがおはようと声をかける。
「お、蓮、はよ。今日の放課後さ、皆でカラオケ行かないか?」
そんな中、男女グループで話していた一人が放課後の遊びに彼を誘った。
「マジか。めちゃ行きたいんだけど、悪い。今日はバイトなんだ。また誘ってくれよ」
相手に合わせたテンションで断りを入れ、その後も挨拶の声に一つ一つ返事をして彼は自分の席に着いた。
明政大学付属明政高校、その三年二組において彼、
(めんどくせー……)
新学期が始まって一週間が経ったが、この一週間で蓮は精神的に疲労が溜まっていた。加えて今日は、朝から大変だったのだ。
そんな諸々の想いが蓮に心の中で悪態を吐かせた。
ちなみに、席順は出席番号順となっており、連は窓側一列目の前から三番目の席だ。
蓮は、茶色がかった黒髪に端正な顔立ちをしており、交友関係も広い。
それは先ほどの男女関係なく、声をかけられる量からもわかるだろう。
ただそれをいいものだと蓮自身は思っていない。
広く浅くの人付き合い、それが彼の処世術だ。
楽し気にしていても内心どう思っているかなど誰にもわからないのだ。
そんな相手に自分の本音や心情を伝えるなんて愚かなことだ。
それが、中学の頃、蓮が辿り着いた―――、辿り着いてしまった結論だった。
そんな蓮の考えは、しかしその分、表面上のやり取りで相手に合わせることを得意とさせ、他者の言動に注意を払い、相手が望んでいると思われる対応をする癖ができてしまった。
それがまた、蓮を付き合いやすい相手と周囲に思わせてしまっているのは皮肉と言うべきだろうか。
そんな彼だから当然というべきか、高校生活も残り一年というこの時期に至るまで、一度も特定の彼女がいたことはない。
自分の周りにも付き合って、楽しそうにしている者は何人もいるが、自分がよく知りもしない他人と親密な関係になるなど考えるだけでもゾッとしない。
当たり障りなく高校三年間を過ごせればそれでいいと蓮は思っている。
蓮は、男女ともに浅い友人関係以上には誰ともならないことを徹底しているかのようだった。
いや、一人だけ友人、というか腐れ縁で他の人よりも親しくしている男子生徒はいるのだが。
だから先ほどの誘いも断った。
始業式の日に、クラスメイトの大半でカラオケに行ったばかりだ。
そのときだって周囲に合わせて気疲れしたというのに、一週間でまたそんな状況に自分をやりたくはない。
それに今日がバイトの日というのは本当のことだ。
蓮は週に二日程度のシフトでイタリアンレストランでウェイターのバイトをしている。
蓮の癖がいい方向に働き、接客も問題なく熟せている。
高校三年生と言えば、本来は受験生であり、勉強に身が入る年であるはずだが、ここ、明政大付ではそうではない生徒が多い。
明政大学のメインキャンパスにおまけのように隣接する、と言ってもそれなりの広さだが、この付属校は、基本的にエスカレーターで明政大学に進学できる。
そのため彼らは、部活、デート、遊び、バイト、合コンとそれぞれの青春を謳歌していた。
そんな中で勉強をしている者は、行きたい学部がしっかりとありそれを目指す者や逆にこれまでの成績で進学が黄色信号となっている者などくらいだ。
蓮はこの学年でもトップクラスの成績をしており、進学するには申し分ない状況で三年生を過ごすことができる。
理数系の方が得意なのに、なぜか三年で文系クラスにいることを友人達には散々弄られたが、蓮は笑って誤魔化しその理由は誰にも言わなかった。
「おはよう、蓮。どうした?今日は一段と冴えない顔してるじゃないか」
蓮が窓の外を見ていると、声がかけられた。
首を声の主の方に動かし、その人物を目で捉える。
軽い口調で笑いながら話しかけてきたのは、蓮の腐れ縁、どういう訳か、三年間同じクラスになってしまった
彼は、長めのダークブラウンの髪に、フレームなしの眼鏡をかけ、一見とても知的そうに見えるイケメンなのだが、その中身の方は……。
「はよ。別に何もねえよ。柊平こそ朝から疲れ切ってるじゃねえか」
一応挨拶を返した蓮は、不機嫌そうな表情のまま柊平の顔を見てその目の下にクマがくっきりとあることに気づいた。
「いやー、新作のゲームの止め時がなくてよ。気づいたら太陽出てたんだよ。まいったぜ。今日は何限寝て過ごすかなぁ」
全く悪びれる様子もなく言う柊平。
そう、柊平はゲーム、アニメ、漫画、ラノベと大好きで、そのためなら時間を惜しまない人間だ。
それなのに、運動もできて、それなりに成績もいいというポテンシャルが高いというかズルいというか、そんな男だった。
まあそれは蓮にも当てはまることなのだが……。
それだけじゃない。
柊平は洞察力もすごいのか、一年の初め頃、すぐに蓮のスタンスに気づいたのだ。
以来、柊平と蓮はなんだかんだと付き合いが続いている。
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