第30話 魔王城緊急会議
そうして、小さな問題こそ起こるものの何事もなく日々が過ぎていく。
あの日からレオンは、魔王城の面々と少しずつ打ち解けていっている様子だった。もちろん遺恨がないと言えば嘘になるのだろうが、少なくとも事件にはなっていない。
レオンの利用方法についてはまだ未定だ。勇者が行方不明になり、国は大騒ぎになっているようだが、それもあってか侵攻はかなり緩やかになった。だから勇者の存在は伏せたままにして、もう少し不安を煽っておけば良いという結論が出たのだ。
加えて、食費は1.5倍くらいになったが、それも些細な問題だ。
そう、思っていたのだが。
「魔王城緊急会議を始めます」
重々しいアルノルトの言葉に、ヴィオラは顔を引き攣らせた。
魔王城の一角にある、会議室という名の物置。最近やたら掃除されていると思ったら、まさかこんなことの準備をしていただなんて。
大きな木目の浮くテーブルの中央に腰掛けるのは、無表情のまま足を組んでいるノクス。
その両脇に、背中に定規を当てたかのような正確無比な姿勢で座るアルノルト。彼は今回の司会でもあるらしく、その前には大量の紙が積み重なっている。
反対側にはイグナーツ。腕を組んだ姿勢で、顎をぐいと持ち上げているのがヴィオラからすれば滑稽で仕方がないが、半目で見ればまあ威厳を感じなくもない。
その他にも、時折ヴィオラが城ですれ違う高位の魔族が集まっていた。いないのはレオンくらいだ。
だがその格好もばらばらながら姿勢もめちゃくちゃ、しかも座る位置も全く自由といった様子で、全く統率が取れていない。普段こんなことをしないのが丸出しである。
ヴィオラはといえば、この会議にヴィオラを連行してきた張本人こと、ノクスの隣に座らされていた。
「えー、本日の議題は」
アルノルトのわざとらしい咳。
「我らが魔王城に住み着いている勇者レオンについてです」
一斉に騒ぎ出す室内。順番に発言する意思がなさすぎる。
その中でも一際大きく聞こえるのが、イグナーツの声だ。
「なんだあの男は!!! 虫唾が走る!!!!」
「発言は、そうですね……どうぞ、イグナーツ」
アルノルトの声に一瞬で静まった室内の中で、イグナーツが声も高々に叫ぶ。
「僕と廊下でかち合った時に、道を譲られたぞ!! なんだあれは!!!」
そうだそうだ、という声。
それ俺もやられた、という声。
「それだけではない!! 野菜を厨房に運んでいたら、手伝うよ、と来た!!!」
そうだそうだそうだ、という声。
1人だけつまみ食いするなよ、という声。
この辺りでヴィオラは、あれ、と思った。
「次、どうぞ」
そこから上がる
エントランスを1人で掃除していた。
雑草抜きを手伝われた。
好物のレイズの花をこっそり譲ってくれた。
落とし物をわざわざ部屋まで届けてくれた。
うん、とヴィオラは思った。
つまり。今聞いた話を総合すると。
どうやらレオンの振る舞いが、魔王城の面々からすれば気持ち悪い、と。そういうこと、らしい。
確かに考えてみれば、魔王城にまともな人は少ない。
料理一つとっても、ヴィオラに美味しいと直接伝える人の方が珍しいのだ。無言でつまみ食いにやってくる男や、厨房の扉から頻繁に呪いの人形よろしく覗き込んでくる男や、死んでも美味しいと言ってくれない偉そうな男はいるけれど。
皆、主人に似るものである。魔王城のトップ3がこれなのだ、仕方がないともいう。けれどそれに慣れている彼らにとって、どうやらレオンの行動は異質に映るらしい。
「まあ」
ヴィオラの声に、皆がぴたりと話をやめてヴィオラを見つめる。突然の静寂に微妙な決まり悪さを感じながら、ヴィオラは曖昧に笑った。
「あれも、レオンなりの罪滅ぼしだと思うの。迷惑はかけてないのだから、良いんじゃないかしら?」
「……っだが」
反論しようとした男が、口元をもにょもにょさせて、諦めたように口を閉じる。
「迷惑はかけていない?」
艶のある低い声に、今度こそ全員が沈黙した。
不機嫌そうな顔をしたノクスが、とん、と指先で机を叩く。
「迷惑極まりないが?」
「どうして?」
「ヴィオラの時間をほとんどあの男に奪われている」
「それは、まあ……否定しないけど。でも仲良くしておきたいし、」
「同じ人間の方が話していて楽しいか?」
「……ちょっとノクス」
あんまりな言い分に、ヴィオラは声を低める。
「その言い方はないでしょ。人間とか魔族とか、私がいちいち気にしないの知ってるくせに」
「……」
「ねえノクス……拗ねてる?」
「女!!!!!! むぐっ!?」
イグナーツの大声を力ずくで押さえ込んだアルノルトが、ヴィオラに向かって盛んに頷く。その目はなんだか必死で、ヴィオラは首を傾げた。
視線を戻せば、心底気に入らないと言った表情で机に肘をつくノクス。漆黒の髪がさらりと机に広がった。嫌そうな視線を送ってくるが、否定しないのがヴィオラの言葉が正しい証拠だ。
「へえ……そっかそっか」
「なぜそこで笑う」
「なんでもない、気にしないで。ふふっ」
「気にするな、だと?」
伸ばされた手が、一気にヴィオラの腕を引いた。がくりと身体が引っ張られ、恨みのこもった目でヴィオラはノクスを見上げる。
「ちょっとノク――っ!?」
強引に塞がれた唇。なんの前触れもないそれに、恥ずかしいを通り越してただただ驚く。
周りの男たちは、何も見なかったかのようにすっと目を背けた。
両手を使ってどうにかノクスの腕を剥がしたヴィオラは、肩で息をしながらノクスを睨みつける。
「ノクス!」
「治療行為だ」
「嘘ばっかり! 全然魔力なんて――」
こんこん、と叩かれた扉。
遠慮がちなそれに、室内の視線が助けを求めるようにそちらを見つめた。
「誰だ」
「レオンです。少し、話したいことがあって」
「……入れ」
その声に、アルノルトが慌てて議事録を回収し始める。
隠し場所がないのか、自分の座っていた椅子の上にそれを置いたアルノルトは、何食わぬ顔でそこに座った。
扉が開いたのはそれと同時だった。
ヴィオラは驚く。
扉の前で、いつも通りに微笑みを浮かべているように見えるレオンの目の奥に、どこか思い詰めたような光を見つけたから。
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