第25話 予期せぬ再会
「その、久しぶりね?」
「ヴィ、オラ……?」
「ええ。あの、実は、私死んでないのよ」
何を言っているんだろう、とヴィオラは苦笑した。
明らかに空気にそぐわないのは分かる。とはいえ、どうやらヴィオラの墓参りのためだけに単騎魔王城まで乗り込んできたらしいレオンに、かけるべき言葉など分かるわけもない。
「え、だけど、あの傷は……」
「ノクスのおかげよ」
「ノクス……って、まさか魔王のこと?」
「ええ」
自分の目を疑うかのように目を擦ろうとして、腕が縛られていることに気がついたレオンは、何度も強く目を閉じては開ける。
それでも変わらずそこにいるヴィオラに、レオンもどうにか信じてくれたようだった。
「ヴィオラ、無事で……」
よかった、という小さな言葉。それと同時に、その青い目から一筋の涙がこぼれ落ちた。
これには、ヴィオラも焦った。
「ちょ、ちょっとレオン? あの、大袈裟じゃない?」
「大袈裟じゃない! ヴィオラ、僕は――」
「感動の再会の最中に悪いが」
悪いとは全く思っていない声音で割り込んできたノクスに、ヴィオラはちらりと視線を送る。
明らかに、不機嫌だ。誰が見ても分かる不機嫌なオーラが、全身から滲み出ている。とはいえノクス自身も言った通り、ノクスは卑劣な真似を嫌う。どれだけ苛立っていようと、今この場でレオンを殺すようなことはしないはずだ。
その通り、怒りに満ちた声を漏らしながらも、ノクスは剣を上げようとはしない。
「ヴィオラが生きていると分かった今、お前は何をするつもりだ?」
「何って。決まってるよ、ヴィオラを連れ帰るんだ」
「……ほう?」
かすかに目を細めたノクス。びり、と空気が揺れると同時に、天井の一部が崩落して縛られたままのレオンのそばで砕け散った。
「その残念極まりない状態で、この俺の手からヴィオラを連れ帰る? なるほど、勇者様はその名に恥じず夢を見るのがお上手なようだ」
「脅されようと、僕の意思は変わらない」
「今ここで、貴様を殺そうか?」
何の予備動作もなく突き出されたノクスの剣が、レオンの頬ぎりぎりをかすめた。切れた頬から垂れる血を顔を振って払ったレオンは、強くノクスを見つめ返す。
「殺していいよ。ヴィオラの前で」
「……」
「あのねえノクス! レオン! 連れ帰るとか帰らないとか、本人の意思を無視して話すのやめてくれない?」
廊下からエントランスへ駆け込もうとしたヴィオラを、ノクスが手で制す。
「来るな。介入しない約束だ。忘れるには早すぎるぞ」
「分かったわよ」
廊下の途中で足を止めて、ヴィオラは腰に手を当てると仁王立ちする。
「レオン! 悪いけど私は帰らない! ノクス! いちいち威嚇しない!」
「……帰ら、ない?」
「だから言っただろう。俺はヴィオラを無理やり従わせる趣味はない。ヴィオラが、ヴィオラの意思で、俺を選んでいる」
「ノクス、ほら勝ち誇らない」
肩をすくめたノクスは、大人しく口をつぐむ。レオンにぴっと指先を向けたヴィオラは、落ち着いた声で続けた。
「私はここで良くしてもらっているし、ここでの役割もある。だから帰らないわ」
「それなら、僕もここに住む」
「……ん?」
間髪入れずに返したレオンに、ヴィオラは目を瞬かせた。
縛られた格好のまま、レオンは堂々と口にする。
「僕も帰らないよ」
「ちょ、レオン何言ってるの?」
「却下。帰れ」
「国に帰ったら、僕はヴィオラのことや魔王のことを言いふらすけれど、帰っていい?」
「……それは、困るわね」
一瞬口篭ったヴィオラは、じっとノクスを見つめた。その視線を受けたノクスは、露骨に嫌そうな顔をする。ち、という小さな舌打ちの音が聞こえた。
「ねえノクス」
「駄目だ」
「そんなこと言わないで。そう、レオンは勇者だから、交渉材料にだって使えそうよ。勇者の身柄を抑えておけば、ひとまずノクスの安全は保証されるし、色々情報を聞き出せるかもしれない」
「却下」
「だってこれだけ知られて、国に帰すわけにはいかないでしょう? この場で殺すか、色々情報を聞き出すかだったら、後者の方が合理的だと思わない?」
「人は非合理的な生き物だと、お前が言ったんだろう。駄目なものは駄目だ」
「なんでそんなに強情なのよ」
「ヴィオラ」
地面を蹴ったノクスが、一瞬でヴィオラの隣に降り立つ。流れるように腰に回された手が、決して離さないとばかりにヴィオラを拘束する。ぐっと顔を近づけ、吐息がかかりそうな距離で、ノクスが囁いた。
「そこまでしてあの男を助けたいか?」
「……」
「俺が心配だとお前は言ったな? それならどうして、今ここで殺すという判断をしない?」
一瞬言葉に詰まったヴィオラに、ノクスの目の奥で暗いものが揺らめく。
「俺は非合理的な生き物だ。……そこまでお前の心を占めている男なら、どんな理由があろうとこの場で消す以外の選択肢はない」
「ノクス」
やや迷ったヴィオラは、小さな声で囁き返す。
「私は、ノクスを助けたいの」
「俺を?」
「前に言ったでしょう、勇者が現れてから、魔王討伐は一気に活性化した。だったら勇者という存在を利用すれば、魔王討伐そのものを終わらせる道が見つかるかもしれない」
「……」
「だから、そうね。レオンを助けるというより、飼い慣らしたい、って感じ」
その言葉に、ノクスはぴたりと動きを止めた。やがて、く、と抑え切れない笑い声が喉から漏れた。
「飼い慣らす、ねえ。随分と、はっ、含みのある言葉だ」
「変な意味じゃないわよ!」
「全く、お前くらいだ、これほど俺を従わせるのは」
一度わざとらしく溜め息をついたノクスは、レオンにも聞こえるように声を上げる。
「好きにしろ。ただし安全策は取るからな」
「ええ。ありがとうノクス!」
「ヴィオラ! ありがとう」
「お前は黙っていろ」
ぱっと顔を輝かせたレオンを、ノクスが冷たく睨みつける。
魔王と、勇者と、元回復術士。
奇妙な同居生活が、これから始まる。
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