第21話 招かれざる客

「誤解……ではないでしょう。大変失礼しました。申し訳ない」

「本当に誤解なのよアルノルト! 別に私とノクスがそういう仲とかじゃ」

「ほう?」

「ノクス、威嚇しないで! というかいつまでこの体勢でいるつもりなの、離して!」

「この俺に命令するとはな」

「ノクス!」


 胸を叩いて抗議し、どうにかその隙間から這い出る。

 どうにか扉へと視線を送れば、耳まで真っ赤になったイグナーツと、いつもと変わらぬお手本のように左右対称な笑顔で、眼鏡を上下逆さまにかけたアルノルトがいた。


「本当に誤解なの。これはその、そう胸像のせいで」

「胸像? 胸像が何をしたら貴様が魔王様のお部屋に潜り込むという事態になるのだ!」

「あの胸像、動くのよ! よく言い聞かせておいてよ、二度と人を勝手に転移させないでって」

「動く、ですって? しかも転移? そんな胸像いるわけないでしょう。ついに頭までおかしくなりましたか?」

「までって何よ! 何、アルノルトでも知らないの?」


 顔を見合わせたアルノルトとイグナーツは、揃って首を振る。


「知らんな」

「私にもさっぱり」

「ええ……」


 やはり、とヴィオラは、起き上がって寝台の縁に腰掛けていたノクスへと詰め寄る。


「ノクスは知ってるでしょう!」

「ああ」

「本当にあれは何なの?」

「さあな」


 我関せずという顔で乱れた髪の毛を整え始めたノクスに、全く答える気がないことをヴィオラは悟る。だがノクスも知っていると口にしてくれたのだ。それでどうにか納得したらしいアルノルトとイグナーツは、人騒がせな、と溜め息をつくと部屋に入ってくる。

 ノクスの前へと進み出ると、重々しくアルノルトが口を開いた。


「魔王様、失礼致します」

「報告か?」

「はい。レジル密林、青虎族の集落が落ちました。勇者一行かと」

「またか。奴らも飽きないな」


 煩わしげに髪の毛を払いのけて、ノクスが立ち上がる。つかつかと部屋の中央に置かれていた机へと歩み寄ったノクスは、そのまま机の上を覗き込んだ。

 ヴィオラも立ち上がるとノクスを追いかけ、同じようにそれを覗き込む。


 それは地図だった。魔王城を起点に描かれたその上には、細かい文字で種族と集落が書き込まれている。いくつかの集落の上に、赤で大きなバツが描かれているのが、やけに目立っていた。

 ノクスが手をかざせば、南東にあった一つの集落に新しいバツが浮かび上がる。点々と続くその軌跡に、ノクスは眉を顰めた。


「近づいているな」

「五士が複数参加していると報告が。明らかに行軍速度は上がっています」

「嘘、五士が……?」


 思わず漏れたヴィオラの声に、3人がぱっとヴィオラを振り向く。なんでもない、と首を振って、ヴィオラは説明した。


「五士はずっと王都の警備が専門だったのよ。国王は、一番の戦力は自分の近くにおいておく性格だと思っていたの」


 五士、といえばこの国で最強と名高い魔術士たちだ。彼ら、彼女らが関わっているとしたら、それは苦戦もするだろう。もうひとり有名な大魔導士、大司教はまだ都に残っているようだが、彼が動き出すのも時間の問題かもしれない。


「こちらが都に攻め込むことはないと確信して、足元を見ているのですよ。本当に、やり方が汚い」


 皮肉っぽく唇を吊り上げてみせたアルノルトに軽く頷くと、ノクスはイグナーツへと続きを問う。

 

「死傷者は」

「魔王様のご指示に従い、ほぼ戦うことなく全員逃走したと報告が。すぐに魔王城ここに辿り着くかと思います」

「イグナーツ、戻って部屋の準備をしておけ。アルノルトは残れ、今後の相談だ。全く、煩わせてくれる」

「はっ!」

「承知いたしました」


 あっという間に部屋を飛び出していったイグナーツを見守った後、ノクスが苛立たしげに指先で机を叩く。

 

「交戦は……想定より早いな。勇者様も元気なことで」

「ノクス! 直接戦うの?」

「勇者は強い。俺は勝てるが、俺以外なら十分に負ける可能性がある。無駄に死傷者を増やすより、確実に勇者を殺せる俺のところまで誘き出したほうが合理的というものだ。邪魔者はさっさと消したほうが良い。人間側の民は疲弊している、勇者を消せば戦局は一気に傾く」

「そう、だけど」


 口篭ったヴィオラの様子を誤解したのか、ノクスの手がヴィオラの頭に乗せられる。


「心配など馬鹿げている。この俺がいるんだ、お前に危害は加えさせない」

「違う、何度も言わせないで。私はノクスの心配をしてるの」

「またか。全く、心配性なことだ」


 苦笑したノクスだが、その表情は柔らかい。

 何かを口にしようとノクスが口を開きかけたところで、再び勢いよく扉が開く。


「魔王様!!!!」

「イグナーツ。今度は何だ」

「城門から連絡が。その」


 ノクスから目を離し、不安げにヴィオラへと視線をやったイグナーツは、珍しく迷うように口を開いた。


「ヴィオラの、パーティーメンバーを名乗る集団が、城門へ」

「は?」


 にわかに剣呑な光を目に宿したノクスが、流れるようにイグナーツとの距離を詰める。


「なぜそんな羽虫が」

「皆魔王様がヴィオラをその……あー、大事にされていることは知っています。ヴィオラの知り合いだと言われれば、手を出せず、ここまで」

「……私を利用するって、そういうことね」

「ヴィオラ」

「手を出していいかって?」

「……」


 無言で、探るようにヴィオラを見下ろすノクスの視線に、ヴィオラは思わず笑いを溢してしまった。

 ノクスは見ているはずだ。ヴィオラが囮として放り出されたその瞬間を。それでもヴィオラが、元パーティーメンバーに情を残していないか、心配している。


「別に、それでもいいけど……そうね、私は彼らをよく知ってる。情報を引き出すなら、できると思うけど」

「却下だ。この俺がお前をあんな連中に会わせると思ったのか?」

「それで勇者の情報を聞き出せるのなら、良いでしょ? 私が会いたいと言っていると彼らに伝えてくれる? 別にあの人たちは強くないけど、いざという時のために弱点だけ伝えておくわ。城内に入れるのも嫌だから、私が外に行く。大丈夫よ、城壁の上から見下ろすだけだから」


 イグナーツと勝手に話を進め、部屋を出ようとしたヴィオラの手首を、ノクスが掴んだ。


「何?」

「ヴィオラ。俺は許すとは言っていない」

「私はね」


 勢いよくノクスの手を振り払ったヴィオラは、イグナーツの隣へと歩き出す。


「ノクスの身に何かがあるのが、一番怖いの。そのためなら、何だってするわ」

「……」

「イグナーツ、聞いてくれる? 弱点だけど、まずあの人たちは完全にラーラという回復術士の女に腑抜けていて――」


 素早くイグナーツと言葉をかわしながら、外に向かって歩いて行ったヴィオラを、黙って立ち尽くして見つめるノクス。

 その呪縛が解けたのは、2人の話し声が聞こえなくなった頃だった。


「魔王様。追われないのですか?」

「分かっている、いちいち言うな。……アルノルト」

「はい」

「俺は歴代最強と謳われる魔王だが、ヴィオラにだけは敵う気がしない」

「ええ。……同意見です」


 2人の男は視線を交わして苦笑すると、ヴィオラを追うべく地面を蹴って走り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る