第2話 一章〜惜別〜 2
二年になって間もない週末、拓真の家を訪ねる予定だったのだが、拓真が補修のプリントを提出するまで帰れなくなる。「絶対30分で終わらせる!」と言うので、駅の近くのハンバーガー屋で待つ事になり、樹と二人で校門を出た。
遅咲きの八重桜の枝が学校を囲む塀を乗り越え、歩道に張り出している。見頃を過ぎ盛んに花びらを散らす中、由希哉がひとりで歩いていた。
後ろから走って来た生徒が、修一の横をすり抜ける。
「由希哉」と呼びながら、馴れ馴れしくその肩に腕を回した。下田という三年生だ。
下田は由希哉の兄達のグループの一員だった。兄達は、今春、学校を卒業したが、下田は由希哉に付き
由希哉は肩に乗った下田の手を無造作に払い除けて言った。
「お前と慣れ合う気はない」
「いいじゃん。邪魔な兄貴達もいなくなったし、二人で仲良くしようぜ」
面倒くさそうに顔を背けた由希哉と、すぐ側まで歩いて来ていた修一の目が合う。
「あっ、東堂。やっと来たぁ。早く行くぞ」
まるで約束していたように腕を取られ引っ張られた。
「じゃあなぁ」
下田に告げ由希哉が歩き出す。
呆気に取られる修一が、ズルズルと引きずられながら振り返ると、樹は
下田が追いかけて来ないのを見定めると、修一の腕は開放される。
「いつもお前に絡んでるけど、あいつなんなんだ?」
並んで歩きながら尋ねた。
「さぁなぁ?」
首を傾げ、他人事みたいだ。
「たぶんバカなんだな。言葉が通じないから」
「俺が言ってみようか?」
「無駄だよ。誰が言ったってダメだ」
由希哉は修一の介入をやんわりと拒絶した。
目的のファストフード店に近くなり「一緒に行かないか?」と誘ってみた。
「う~ん、どうしようかな?」
「たまに、付き合えよ」
「…そうだな。さっき付き合わせたし」
カウンターの前に立って、驚かされる。由希哉はこういう店は初めてだと言った。興味深そうに隅々までメニューを見ている。
初めてのハンバーガーを無邪気に
家は、かなりの資産家らしいが、どんな家族の中でどんな子供時代を過ごしてきたのだろう。何処かに心を許せる人間がいるのだろうか?自分がそういう存在になれないだろうか?
由希哉の事をもっと知りたい。
「修一」
樹の声にはっとする。
「ぜんぜん食ってないけど」
「…ああ」
慌ててハンバーガーに齧り付く。二人は、すっかり食べ終わっていた。
「これ、あそこに片付ければいいのか?」
由希哉がトレイを持って立ち上がる。
「そっ」
それには樹が答えた。修一は名残惜しい気がする。
「もう、行くのか?」
「うん」
「…そっか、近いうちにまた」
「またはないなぁ。いい経験だったよ」
由希哉は背を向けた。
開きかけていた扉を閉ざされてしまったようで、思わず追いかけそうになる。その肩を樹が押さえた。無言で視線を交わす。「追うな」と言いたいのだろう。
そこへ、拓真がやって来た。
「今、辻井と一緒だった?」
「ああ」
「珍しいしいな」
「最初で最後だってさ」
「何それ?」
「知らん」
「あっ、それよりさぁ…」
樹と拓真の会話を聞きながら、修一の胸には由希哉を追いかけたい衝動が
暫くして、由希哉が下田と一緒にいるのを見かけるようになった。
帰り支度をして廊下へ出た由希哉を呼び止める。今日は真夏のような暑さだと言うのに、長袖のシャツを襟元のボタンまできっちり留めていた。由希哉はいつもそうだ。それでも、涼しい顔をしているので、あまり汗をかかないタイプなのだろう。
「下田の事なんだけど…」
「ああ、なんで一緒にいるのかって?」
由希哉の説明によると、面倒くささの度合なんだそうだ。
「嫌ってたんじゃないのか?」
「嫌いじゃないよ」
由希哉はスッと目を細めた。
「お前の事も」
言いながら、人差し指でツンと修一の胸を突く。心臓がトクンと跳ね上がった。
「フフッ」と、笑って由希哉は更に続ける。
「東堂さぁ、もう他人の心配なんかするのやめろよ。お前はお前の高校生活を楽しめ」
「…なんだよ、それ」
「俺は俺で、けっこう楽しくやってるって事」
「本当なのか?」
それには直接答えず、由希哉は冷たい声音で言った。
「お前と俺は、たまたま同じクラスになっただけのただのクラスメイトに過ぎないんだよ」
だから、口出しするなと言うのか?友人にもならないと言うのか?
下田とは親しくしても、修一とは友達にすらならないと…
気付くと由希哉はいなくなっていた。
(…なんだろう?この気持ちは?)
無性に腹が立っている。胸がチリチリと焼けるような感覚は、初めて知るものだった。
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