第19話
悔しい。
悔しい、悔しい、悔しい。
今回も、彼の犯罪を解き明かすことができませんでした。つまり、私は今回も負けたのです。
私は天才を自称していますが、実際はそうではありません。ただ、勉強ができるだけ。他の人より少しだけ。教科書の内容を覚えるのが速いだけ。
所謂、秀才です。
天才の持つ創造性と、凡人の持つ共感性が欠落したロジック人間。再現性のみに特化した、人の欠陥品です。
それ故に、足りないピースを推理と言う名の妄想で補完することができません。
今回の事件だってそうです。
トリックすら解けず、動機すら理解できず、犯人に辿り着くことができませんでした。
彼がやったのだと疑いつつも、彼が用意した偽のヒントに踊らされたのも原因の一つだと思いますが、最大の原因は私自身。
私は頭が早熟だったせいか、感情の機微がわかりません。
考えていることは表情や前後の会話、仕草などから推測できても、それがどのような感情からきた考えなのかわからないのです。
彼が語る動機を聞いて、そんな理由で人が殺せるんだと心の片隅で感心はしても理解はできなかったがゆえに、犯人と動機を結び付けて考えることができませんでした。今でも、理解しきれていません。
私は結局、遊ばれたのです。弄ばれたのです。
動機があるだけで犯人ではない次男を貶めるだけに用意されたヒントに踊らされ、私は今回も、彼が無実の人を犯罪者に仕立て上げるのを止められませんでした。
それどころか、今回は途中退場させられてしまいました。
今回の被害者は自殺こそしませんでしたが、証拠が揃っていたらどんな弁解をしても無駄でしょう。
「いえ、悲観しては駄目です」
と、言いながら頭を打っていたシャワーを止めて、私は浴室を出ました。
そして髪をドライヤーで乾かしながら「これは一歩前進です」と自分を励まし、パジャマに着替えながら「何故なら過去11件の事件では、被害者の自殺を止められなかったのですから」と、自分に言い聞かせました。
そう、今回は止められたのです。
現場に居合わせることはできませんでしたが、今まで彼に貶められた被害者は全員、自殺を選択させられたのに、今回はそれを阻止できたのです。
特に何かしたわけではないのに阻止したと言い張るのは筋違いな気はしますが、私を排除するために労力を割いたことで自殺させることができなかったと考えれば、業腹ですが自分を納得させられます。
事件そのものを阻止できれば一番良かったのですが……。
「今の私では、まだ無理のようですね」
私は秀才止まりであって、天才には程遠い。
対する彼は、百数十人もの人を殺しながら警察に尻尾すら掴ませないほど狡猾かつ残忍で、犯行に用いられる手口も多種多様。被害者に、利用価値の有無以外の共通点はなく、人心すら意のままに操る天才犯罪者。
彼の犯行は、ほんの一年前まで両親とともに住んでいたロンドンを騒がせていた殺人鬼を彷彿とさせます。
ですが、彼と殺人鬼が別人なことは、日本とイギリスというどうしようもない距離の隔たりがそのままアリバイとなるため、否定されます。
もちろん、殺人鬼が事件を起こした時に、彼が日本にいたことを確認した上での結論です。
「どうしてあなたは、人を殺すのですか?」
私は壁の向こうにある彼の自室を挟んで、さらに向こうの事務所にいるはずの彼を見ながら言いました。
彼は普通じゃありません。
普通の人なら、恨み辛みに突き動かされるままに殺人を犯すこともあるでしょう。
でも、彼の場合は当てはまりません。
そんな普通の理由で人を殺す人が、百人を超える無関係の赤の他人を殺すとは考えづらい。
ありきたりなところで言うと、快楽のためでしょうか。それとも自己顕示欲、もしくは承認欲求を満たすため? いずれにしても、真っ当な理由ではないはずです。
「いえ、理由なんて、どうでもいい」
彼は両親の仇。憎むべき、私の敵。
今は敵わなくとも、いつか必ず彼の罪をつまびらかにします。彼を刑務所にぶち込んで、二度と罪が犯せないようにしてやります。
快楽、自己顕示欲、承認欲求、恨み辛みや嫉み妬み。どの欲求や感情が動機だろうと、それらを満たせない状況は、彼にとっては悪夢のはず。彼にとっては、殺された方がマシだと思うほどの拷問のはず。彼にとっては、死ぬよりも恐ろしい恐怖のはず。
その地獄に、彼を突き落としてやります。
いつか必ず、私は……。
「犯人は、あなたです」
と、今正にそうしているように、あなたを指さして言ってやります。
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