第17話

 男は、姉を愛していた。

 姉として想い、慕い、慈しみ、一人の女として守り、支え、愛してきた。姉のためなら自分の全てを犠牲にしても良いと思って、そうしてきた。

 男は姉に、全てを捧げて来た。姉のためなら、何でもやった。

 姉の容姿と聡明さを妬んでイジメようとした奴を。姉に邪な思いを抱いて乱暴しようとした奴を。姉の大切なものを奪おうとする奴を。姉の願いを阻む奴を。姉の望みを邪魔する奴を。姉に嫌な思いをさせる奴を、姉の想いを踏みにじる奴を、男は排除してきた。

 姉のためなら、人だって殺した。

 血が繋がった人でも殺した。

 姉のために男は、両手を血で染めた。


「姉さん。ああ……姉さん。綺麗だよ、姉さん。愛してるよ、姉さん」


 男は、ベッドの上に横たわる姉の頬を撫でながら、吐息と共に気持ちを吐き出した。

 母親譲りのつぶらな瞳。父親似の高い鼻。二人を足して割ったような、魅惑的な唇。花のように可憐な手足。腕を回すのを躊躇してしまうほど細い腰。美術品の如く美しい乳房。その全てが、男は好きだった。

 記憶力は良いが発想力に乏しく、基本には忠実だが応用力は低い姉。他人どころか自分の感情すら上手く理解できないくせに嫉妬心だけは強く、好意と嫌悪の違いすらわからない姉を、男は愛していた。


「でも最近、毒舌が酷くなったかな。口の悪い姉さんもボクは好きだけど、姉さんには、優しい言葉だけを言っていてほしい。いや、好きなんだよ? 毒を吐く姉さんも、ボクは本当に好きなんだ。本当だよ? ああ、ああ。そうさ。わかってくれたんだね、姉さん。嬉しいよ、姉さん。ボクも、愛してる」


 男は、姉の体を力いっぱい抱きしめた。

 言葉ではその想いを伝えきれないとばかりに、姉の体に両腕を這わせた。 

 体が反応している。自分の愛撫に、姉の体は応えてくれている。それが強くなればなるほど、男の感情は高ぶった。けっして結ばれることがない姉との逢瀬は、他の何物にも変えられない幸福感を男に与えた。

 だが、それは絶頂を迎えるまで。

 絶頂を迎えるといつも、男は絶望する。その絶望は、男に自身の存在意義を思い出させる。

 自分は姉のために生まれた。

 自分は、姉を幸せにするために生まれた。

 姉の願いを叶え、姉の望みを叶え、姉の欲望を成就させるために自分は生まれた。

 けっして結ばれることができない姉のために。法律が変わろうと、医学が今以上に発達しようと絶対に結ばれることがない姉のために、自分はこれからも罪を重ね続ける。

 殉教者の如く、姉の知らないところで、男は姉のために全てを捧げ続ける。

 それが、生まれた時に男が自らに課した使命であり、存在意義。

 

「おやすみ。姉さん。次に起きた時には、全部終わっているよ。だってボクが、姉さんのためにそうしたんだから」


 姉の体を抱きしめたまま、男は瞳を閉じた。

 姉の寝息を聞きながら、姉の鼓動に安らぎを感じながら、男は姉と一緒に眠りに落ちた。

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