第16話

 病院に着くなり出血していた頭の傷を治療された私は、造影剤の副作用で異様に熱く感じる下半身の不快感に耐えながら、CT検査を受けました。

 検査を受け終わって、あとは診断結果が出るのを待って聞くだけだと気を抜いていたら、今度はMRI検査を受けさせられました。

 いくら爆発に巻き込まれたと言っても、さすがに慎重すぎでは? と、思いながらも検査を受けたのですが、その最中に、どうしてCT検査をしたのにMRI検査まで受けさせせられたのかわかりました。

 確かに、両検査には得手不得手があります。

 特に私は、怪我の原因が特殊なため自分でもどこをどの程度負傷しているか自覚できません。体のあちこちが痛みますが、目立った外傷がないので、痛い事しかわからないのです。

 ですが目には見えない外傷を探すためだけに、両検査を受けさせられたわけではありません。

 検査を二つも受けさせたのは、少しでも長く私をここへ留めるためです。

 MRI検査より早く検査が終わるCT検査ですら、待ち時間などを含めたら1時間近くかかります。それよりもはるかに長く、検査自体に数十分もの時間がかかるMRI検査まで受けたせいで、検査結果を聞く頃にはお昼になっていました。

 しかも、一週間の入院というオマケがつきました。


「まさか、病院にまで手をまわしているとは思いませんでした」 


 病院は、彼に頼まれたからそうしたそうです。ならば、目的は明白。私の足止めです。

 私がたまたま、彼が爆破を予定していた時間に入浴し、爆破直前に脱衣所へ向かおうとしたからこうなっただけですが、彼にとっては嬉しい誤算。これ幸いにと、彼は邪魔で目障りな障害である私を、事件現場から排除したのです。


「邪魔だと思われる程度には、私は彼にとって脅威だったのですね」


 一週間も入院することになってしまいましたが、それ自体は喜んでいいかもしれません。事件現場から遠ざける程度には、彼の脅威足り得ています。

 ですが、素直に喜べません。

 いいえ、むしろ腹立たしい。

 彼は私から逃げた。真剣に挑んでいた私を馬鹿にした。貞操を投げ売ってでも彼を止めようとした私をないがしろにした。心を殺して愛してるとまで言ったのに、彼は私の気持ちを踏みにじったのです。 


「まあ、予想よりも重傷だったので、戻ったところで何ができたわけではないですが」


 今正に、病院着姿で横たわっているベッドで聞かされた私の容体は、全治2か月。

 首にむち打ち。左半身を下にして倒れたらしく、左肩が脱臼し、左大腿部に複数の打ち身。爆発の瞬間に、女湯へと続く戸に手をかけていたからなのか、右手人差し指と中指を突き指し、右手首を捻挫。意外な事に、出血した頭部の裂傷が最も軽傷だったのです。

 

「私がここへ運ばれてから、もうすぐ6時間。とっくに、三人目の被害者がでているでしょうね」


 彼は最終的に、何人殺すつもりなのでしょう。犯人役を合わせて4人? それとも、皆殺しでしょうか。


「いや、皆殺しは有り得ませんね」


 なぜなら聴衆は、彼にとって必要不可欠なツール。

 彼が推理ショーを進めるにしたがって徐々に顔色を変え、驚きの声をあげる聴衆は彼の気分を盛り上げると同時に、犯人役を自殺へと駆り立てるための凶器でもあるからです。

 

「犯人役はやはり、次男になるのでしょうか」


 第二、第三(仮)の殺人でアリバイは特に重要ではありませんが、第一の殺人は別。アリバイが重要になる事件で、次男だけアリバイがありません。

 指紋等の物的証拠は眠らせた際に確保しているでしょうから、長男の部屋のQRコードを撮影したことを証明するだけで、容疑は固まります。


「ですが、動機は不明ですね」


 次男以外には、動機になりそうな理由があります。それなのに次男には動機と呼べる理由が見当たらず、人を殺すほどのメリットもありません。

 自ら最も多いと言った遺産の相続分をさらに多くしようと欲をかいたのなら、一応は動機として成り立ちますが……。

 

「いや、もし、逆だったらどうでしょう」


 次男は私と言う、事情を知らない女を前にして見栄を張っただけで、実際の内容は逆だった。

 遺書には、次男の相続分が最も少なくなるよう書かれ、次男もそう聞かされていたとしたら、親族を殺害してでも増やそうと考えるかもしれません。


「当初の予定なら、そろそろ遺書が開示されている頃ですね」


 それとも、あんな事件の後ですから見送られたでしょうか。いえ、その可能性が高い。

 爆殺など日本ではそうそう例がないでしょうから、安全を考えて旅館から別の場所へ避難しているかもしれません。さらに、相続人である人が三人も死んでいます。

 余命いくばくもないとは言え女将はまだ存命ですので、遺書は書き換えられるでしょう。

 

「ん? そうすると、どうなるのでしょう」


 今回の依頼は、遺書が開示された際に親族間で揉め事が起こる可能性があり、最も多く遺産を相続できると想像……いえ、妄想していた若女将が身の危険を感じたため、彼にそれを事前に防いでほしいと依頼されました。

 ですが実際は、遺書が開示される前に長男と、おそらくは次女と三女が殺害されました。

 その結果、遺書の内容が変更される可能性が浮上しました。


「どうにも、情報不足ですね。せめて、開示されるはずだった遺書の内容でもわかれば良いのですが……無理ですね」


 私は風呂上り直後に爆発に巻き込まれて気絶したので、何も身に着けていませんでした。

 服どころか下着すらつけていなかったのですから、スマートフォンなどもちろん持っていません。財布を含めた他の物と一緒に、旅館に置きっぱなしです。

 スマートフォンがないのですから何処にも連絡が取れませんし、財布がないので何も買えません。しかも、怪我というオマケまでついています。

 つまり、何もできないのです。


「え? もしかして私、放置ですか? 暇つぶしすらできない状態で放置ですか? いやいや、そんなことは……」

 

 ない。ないはずです。

 そう自分に言い聞かせながら、景色だけは無駄に良い窓の外へと視線を向けました。

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