第6話

 男は、慎ましく生きて来た。

 問題を起こさず勉学に励み、休みの日は実家である旅館の手伝いを無償でし、大学を卒業してから入社した市内の会社でも、地道に生果をあげて昇進を重ね、部長にまで上り詰めた。

 暇さえあれば問題を起こす弟の尻拭いを何度もやり、忘新年会では実家であるこの旅館を利用して貢献した。

 長男でありながら、父が遺した旅館を姉に押し付けて継がなかったことに若干の後ろめたさを感じながらも、迷惑だけはかけていない。陰ながら支えている自負があった。

 男には妻がいる。大学に入学したばかりの子供もいる。

 世間的には高収入である自分がさらに金を欲しがるなど業腹だと思われるかもしれないが、妻と子供に裕福な暮らしをさせるためには少しでも多くの金が必要だ。旅館の経営状態次第では相続放棄をするつもりだが、そうでないのなら、貰えるものは貰う。

 そう思って、男は明日の親族会議のために一度も使ったことがない有休まで使って、実家へ戻った。

 

「アイツは、相変わらずだったな」

 

 10年近く会っていなかった弟は、年相応に外見が老けただけで、中身は変わっていなかった。

 チンピラのような服装。一目で軽薄だとわかる髪色と髪型。浅慮と無知を混ぜ合わせたような言動。それを弟は、チェックイン時に男と姉に再確認させた。強引に肩を組んで、記念撮影までされた。


「馬鹿な奴だ。本当に、馬鹿な奴だ」


 口をついて出た言葉とは裏腹に、男は弟を尊敬していた。

 弟は頭がいい。勉強ができるだけではなく、地頭が良い。男よりランクが上の大学に楽々と合格、卒業し、独自のコミュニティを築き上げられるほどのコミュ力も持っていた。

 自分は秀才止まりだと自認する男からすれば、弟は天才だった。

 その弟が、自分と姉を立てるために悪事を働き、実家に迷惑をかけ続けていたことに、男は気づいていた。だから、弟が何か問題を起こせば、男は率先して尻拭いをした。

 出来た兄を、演じ続けた。


「いかん。慣れない昼呑みのせいで、酔ってしまったようだ」


 一年ぶりの実家。一年ぶりに会った姉と妹たち。そして、10年ぶりにあった弟。そのせいでセンチメンタルな気分になっていた男は、姉に頼んで遅めの昼食と、いつもは飲まない日本酒を一升瓶で頼んで、部屋まで運んでもらった。

 酒は飲みなれているのに、本来なら仕事をしている時間帯に飲んだ酒が、男をいつもより酔わせていた。


「これで、やめておくか」


 グラスに注いだ一杯で終わり。そう心に決めて注ぎ終わるなり、ドアがノックされた。

 

「姉さんか? もしかして、夕食を持って来てくれたのか?」


 時刻は18時を少し過ぎた頃。夕飯時と言えば夕飯時だが、今の今まで飲み食いしていた男の胃には重い。

 だから男は、重い頭と体を引きずるようにドアへと向かい、少しでも酔いを醒ますために両手で両頬を数回叩いてから、ドアを開けた。

 そこにいたのは、意外な人物だった。

 数秒ほど戸惑ったが、酔いが手伝ったのか、男は「入れてくれ」と請われるがままに、その人物を部屋へと招き入れた。

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