SCENE 66:火花
「第二から第四砲門、沈黙!」
「敵の数、依然として増加しています!」
「多すぎるんだよ!」
「墜ちろッ! 墜ちろよ!」
マグナヴィアの艦橋室では、生徒会の面々の怒声と悲鳴、エコーズによる攻撃の轟音とが入り混じり、混沌としていた。
彼らの制御盤には火器管制機構の操作画面を浮かび、迫り来るエコーズへ砲撃していた。しかし機構が未完成ゆえ、プログラムによる補正なしの手動照準での砲撃である。
エコーズの数は空を覆い尽くさんばかりのため、めちゃくちゃな砲撃でも当てるのは簡単だったが、砲撃により落ちていくエコーズに対し、接近してくるエコーズの数は圧倒的に多い。
(俺は……間違えたのか……?)
レイストフは複数の砲塔を同時に制御する離業の最中、後悔にも似たそんな念がよぎった。
あの輝きを纏っていたコウイチの機体が墜ちた時、レイストフは反撃に転じることを決意した。あのまま重力場の殻の中に閉じこもっていても、いずれ限界はくるのは分かっていた。
(だが、このままじゃ……)
レイストフが自身の迷いに歯噛みした時、再びマグナヴィアに轟音と衝撃が走った。それも一度や二度ではない。続け様に四回、五回。
止まない衝撃の中で、ティアナが損害を報告する。
「——第三区画から第五区画までの
「——!」
第四区画は、船体中央部——生徒達の避難している中央区画が位置する区画だ。内部船殻が破られれば、もう生徒達まで壁一枚である。
「緊急浮上を!」
激しい焦燥感に包まれ、レイストフは操船システムを走らせるが、画面一杯に
「——ダメです!
「船体もガタガタなんだ! 今、緊急浮上なんかしたら折れちまう!」
画面の深刻な状態を裏付けるように、ティアナとラフィーが叫ぶ。
循環反応炉は船体各所の損害でエネルギー供給路が遮断され、出力を上げられない。船殻にダメージがある中での負担のかかる緊急浮上は、ヒビの入ったガラス棒を振り回すに等しい。
(ダメか……!)
八方塞がりの状況、レイストフが無理を承知で緊急浮上を実行しようとしたその時。
辺りに、眩い光がババッと広がった。一瞬、母艦型エコーズから放たれた照射攻撃かと身をこわばらせたが、すぐに違うことがわかった。
暖かな光。
黄金の光。
光は、再び飛び立った一機の拡張人型骨格から放たれていた。
「コウイチ……!」
レイストフの呟きに反応するように、一瞬、生徒会の面々は中央モニターを見た。
黄金の光を纏い、空へと駆け上がる拡張人型骨格。
機体は先ほどよりも強く、眩い輝きを放っていた。
だが、その輝きは危険なほどに美しく、見る者に一抹の不安を覚えさせた。
*
(——ッ!)
コウイチは限界まで加速された意識の中で機体を動かし、ものの数秒で百以上のエコーズを撃墜していった。だが、マグナヴィアを見下ろす母艦型エコーズは不気味なほど静かで、機体の光を見ても逃げる素振りは見せない。
コウイチが倒したエコーズと同量かそれ以上の量が、母艦型エコーズから黒い波となって湧き出てくるのだ。
(……どうなってんだ)
稲妻のような速度で動き、切り、撃ち倒しながら、コウイチは疑問を抱えていた。
明らかに、母艦型から湧き出る質量が本体の質量を超えているのだ。どう収納されているのかは不明だが、どんな子供でもわかるほどに、物理法則に反していた。
母艦型に辿り着こうにも、次々と湧き出る小型のエコーズが肉壁となってコウイチ機の前に立ち塞がる。そんなコウイチの疑問を先読みしたように、シーラがコウイチの右手に手を重ねた。
「お前……何を……」
「……………」
そのまましばらく目を伏せていたかと思うと、右手の紋章が僅かに輝いた。
「あれは……『門』。彼らの家とここを繋ぐ……」
「……それって——」
シーラの呟きに、コウイチは返答することはできなかった。
納得と同時に、拡張感覚が上空に巨大な力のうねりを感じ取ったからだ。
そのうねりは、母艦型エコーズから発せられていた。もう一度、地表を焼け野原にした、あの照射攻撃を行うつもりだ。
(……ッ!)
コウイチは焦燥感に追われ、機体を無理に突っ込ませた。
如何にその速度が早くとも、軌道が読めれば攻撃は当たるもので——数瞬後、コウイチの機体は何百というエコーズの砲撃をまともに喰らい、光の粒子を血のように散らしながら墜落していった。
全身を包む痛みと衝撃に意識を手放しかけるが、シーラの握る右手の温もりがそれを引き留めた。
「——ッ!」
機体を再度制御すると、追撃とばかりに打ち込まれた数百の破壊の光を避ける。雨のように降り注ぐ光の中を、縫うようにして飛んでいく。
なんとか大破を免れたものの、再び母艦型と距離が空いてしまった。
母艦型の中に生まれたエネルギーのうねりが増加しているのを感じる。時間は残されていない。
(このままじゃダメだ……何か……何か……!)
コウイチは攻撃の嵐の中を掻い潜りながら、現状の突破口を探した。
コウイチが今までに轢き殺した数百から数千のエコーズの穴は、母艦型から噴き出したエコーズによって塞がれている。
空を一面に覆い尽くしたエコーズの群れは、さながら母艦型を守る『盾』だ。
その様子は、初めてエコーズによる襲撃を受けた時の構図と似ていた。裏宇宙に逃げようとするマグナヴィアと、突入点を塞ぐエコーズ。マグナヴィアを弾丸のように射出して——。
(弾丸……)
コウイチはそこまで考えて、自分の思考の中にあった単語を拾った。
あまりにも単純かつ馬鹿げた作戦だったが、あの時は成功した。
(そうだよ……あの時は、上手くいったんだ……)
コウイチ自身が囮になって、マグナヴィアを一発の弾丸として撃ち出す。
同じことをやればいい。
(なら、今度だって……!)
コウイチは決意を固めると、宙返りをするように上昇から一転、下降に転じた。
凄まじい速度で地上が迫り——その速度のまま、地上スレスレで弧を描いた。黄金の光でも消しきれないような凄まじい慣性重力が機体を軋ませる。
機体が砕ける間際の機体は、ギリギリまで引き絞られた弓のように僅かに震え——弾けた。
機体の纏う光が僅かに変化していく。初めは円柱形の弾丸、ついで弾頭の部分が鋭くなっていき——やがて機体は一本の『槍』となった。
迫る『槍』の存在を感知したエコーズ達が瞬時に集結し、肉壁として重力場を展開するが、『槍』は一瞬で数百の肉壁を突破した。しかし母艦型から湧き出る無数のエコーズが激流となって、徐々に勢いを消していく。
だがその勢いを消し切るには届かず、『槍』は母艦型の目の前に迫った。
母艦型の中でうねる力の奔流は、以前発射された時の三分の二ほどしかない。発射は間に合わない。
(い——けるッ!)
このまま突撃し、『門』である母艦型を破壊すれば、あとは物の数ではない。
明滅する意識の中で、コウイチがそう勝利を確信した瞬間——力のうねりが目の前に迫っていることに気付いた。
コウイチが一瞬惚けた次の瞬間、母艦型から放たれた強烈な照射光が機体を包んだ。
(まさか——!)
それは、三分の二の出力で発射された、母艦型の攻撃だった。母艦型は迫る
視界は白く染まり、機体が急激に熱されていくのを感じる。機体を包んでいる黄金の光も徐々にその形を崩していき、『槍』としての形を失っていく。
(ク……ソ……)
手に取るように感じる敗北の予感に、コウイチは震えた。ここで負ければ、何かも終わりだ。皆死んでしまう。
(勝たなきゃ……いけないんだ……)
家族を見殺しにした罪。
アイリを傷付けた罪。
罪を償うことはできない。
でも負けることなど、許されはしない。
全てを賭けなきゃいけない。
俺の持つ、全部を——ヤマセ・コウイチという全存在を。
(俺の……全部でッ!)
視界を覆う強烈な白。何もかもを消しとばす破壊の光の中で、コウイチは雄叫びを上げた。
直後、コウイチの身体から強烈な黄金の光が噴き出し、光は機体をも包み込み、黄金の槍の形を取り戻させた。
「コウイチッ、ダメッ!」
「……——ッ!!」
シーラが悲鳴にも近い声を上げるが、コウイチは無言の雄叫びを上げ、機体は破壊の光を切り裂きながら母艦型の方へと突撃していく。
流れる川の流れに逆らう魚のように、白い光の中を拡張人型骨格が進んでいく。
しかし光の照射は未だ続き、進みは遅々としたものだ。
(もっと……もっとだ……ッ!!)
コウイチは歯を食いしばり、爛々と輝く黄金の瞳で母艦型を睨みつけている。コウイチの意志に呼応するように、機体を纏う黄金の光が増え、進行速度を上げていく。
だが、その力の増加に比例するように——コウイチの身体は、徐々に黄金の粒子となって消えていった。
左手の指先から上腕、今は左肩から首元にまで差し掛かっており、なぜ意識を保てているのかすら、分からないような状態だった。
「コウイチッ! コウイチッ!」
シーラは涙を浮かべながら、コウイチを止めようと右手に縋り付くが、コウイチはただ、強く前を見ている。
機体は、母艦型の眼と鼻の先にまで来ていた。
照射される光も弱ってきており、コウイチは母艦型の放つエネルギーにも限界がきているのを感じ取った。
光の照射が終わるまで耐えきれば、『槍』は母艦型を貫く。
光の照射が終わるまで耐えられなければ、それで終わり。
極限状態での我慢比べ。
コウイチは既に身体の左半分が光の粒子となって消滅し、今も消滅を続けている。
(モう……少シ……)
少しでも気を緩めれば、コウイチは意識を飲まれてしまいそうだった。
コウイチが今繋がっているのは、深く大きな流れ。一度そこにいって仕舞えば、もう戻ってはこれない。
飲まれた左半身を通じ、強く引っ張られる感覚に襲われながら、コウイチは消えかけの意識を繋ぎ止めていた。
真っ白な景色と痛みすら超えた感覚の中で、頭の中で様々な記憶が走馬灯のように走った。
両親との幸福な思い出。
アイリとレイストフと走り回った日々。
家族を失った日。
転げ落ちていく日々。
ローバス・イオタの日々。
マグナヴィアに乗ってからの2週間余りの日々。
(あ……れ……)
そんな日々が、急速に白く染まって消えていく。
(誰……だっけ……)
栗色の髪を揺らして、無邪気に笑う少女。
泣きそうな顔をしている、金髪の少年。
(思い……出せない……)
忘れちゃいけないと本能が警告を鳴らしているのだが、霧を掴むかのように空振りに終わる。
すぐそばで泣いている銀髪の少女。
知っているはずの名前も、浮かんでこない。
(俺は……誰だ……?)
思考をしている自分自身もが、その靄の中に包まれていく。
前後左右が曖昧になり、拡張人型骨格のコックピットの映像と、白い光に包まれた景色が重なり交わっていく。
そんな少年の意識が消え切る刹那——母艦型の照射する光が、消えた。
母艦型の照射するエネルギーが尽きたのだ。
(今しか……ない)
消えかけた意識の中で、チャンスだと本能が叫ぶ。
(俺が誰でも……いい)
(今はただ……前に!)
「——あァァッ!!」
少年の雄叫び。
金属質のものがひしゃげる轟音が悲鳴のように響き渡り——数秒間、母艦型は凍りついたように停止した。
時が止まってしまったような不気味な静けさが一帯を支配した次の瞬間、惑星ヒューゴ全体を包むほどの光を放ち、母艦型は爆散した。
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