SCENE 65:重圧

 マグナヴィアの艦橋室には先ほどまで、戦勝ムードが流れていた。


 黄金の光を放つ、コウイチの拡張人型骨格の活躍により、地上付近のエコーズは一掃された。当然、マグナヴィアの重力場に取り付いていたエコーズも残らず消滅した。


 まだ上空には無数のエコーズが残っていたが、拡張人型骨格の勝利への信頼は揺るがなかった。


 だが、突然照射された強烈な白い光。

 そして天から現れたにより、一転、その場の空気が凍りついた。


 全長2000メートルを超える、船の形をした巨大生物——母艦型エコーズ。


 そのサイズ感が与える圧迫感、絶望感はもはや、『戦う』などという意志を根こそぎ奪うものであった。


 英雄なら——コウイチなら、なんとかしてくれる。

 レイストフはそう思い込もうとしていた。


 だがその英雄は今、地表に落下し、転がったままピクリとも動かない。

 その姿をモニター越しに眺めたレイストフは、怯えたように後ずさった。


(俺は……また、何も……)


 レイストフは自分の震える手に気付くと、親の仇のように睨め付け、ぎゅっと強く握った。

 次いで、制御盤に取り付き、凄まじい速度で鍵盤を叩き始めた。



 *



『——君、コウイチ君!』

「…………」


 通信機から漏れたサドランの声で、コウイチは目を覚ました。

 いつの間にか感覚拡張冠オーグメントギアは外れており、暗転したコックピット内部が視界に映った。


「……ぐ」


 コウイチは頭を振りながら、直前の記憶を引き出した。

 地上のエコーズを一掃した後、鋭敏になったコウイチの拡張感覚が母艦型の存在を感じ取り、防御のために『力』を使った。


 その後、母艦型から照射された光の出力を中和しきれず、機体が焼け焦げ、全身を包む激痛にコウイチは気絶してしまったのだ。


(クソ……)


 先ほどまで身体を包んでいた万能感、溢れていた黄金の光も消え、右手の紋章は沈黙している。


 再起動のために制御盤を弄るも、一才の反応がない。

 元々、稼働限界に達した機体が、あの黄金の光によって動いていたのだ。光を失った001号機はもう動かない。


「ぐ……」


 痛みを堪えながら震える腕で、コックピット開閉ハッチのレバーを回す。

 空気の噴出音の後、コクーン型のコックピットが拡張人型骨格の背中に迫り出した。


 身体を引きずるようにして機外に出たコウイチは、その周囲に広がる地獄のような光景を見た。煌々と熱され、巨大なクレーターと化した周囲。


 コウイチは自分の力不足がこの結果を招いたように思え、歯噛みした。


『——コウイチ君、大丈夫!?』


 スピーカー越しのサドランの声を聞いて、自機がサドランによって支えられている事実を思い出した。


 ——何とか。

 そう応えようとしたコウイチは、急速に地表に接近する存在を視界の端に捉えた。


 無数のエコーズが、サドラン達に向かって殺到してきたのだ。

 先ほどまでのコウイチが放っていた黄金の光を恐れるように遠巻きに見ていたエコーズだったが、もう光がないことを確信し、トドメを刺しにきたのだ。


『——ぐッ!』


 サドランが鎖鋸銃チェーンガンから重力子グラビトンを連続して放つが、黒い波となって押し寄せるエコーズの群れには焼石に水であった。


「……ッ!」


 コウイチも衝動的に身構えるが、拡張人型骨格を動かせないコウイチなど、今や何の力もない。エコーズが足先一つ掠っただけで、簡単に死ぬ。


 どうしようもない絶望感に包まれ、黒い波が2人に到達しかけた——その時。


 極太の青白い線が何処かから伸び、エコーズの群れを包んだ。

 その威力は凄まじく、線が伸びきった頃には、そこにエコーズの残骸すら残っていなかった。


(……鎖鋸銃チェーンガンの威力じゃない)


 コウイチはその火線の出所を探し、すぐそばにあったことを知った。


 マグナヴィアの船体側部から、10メートル以上もある砲塔が迫り出していた。

 代わりに、先ほどまで船体を守るように展開していた重力場が消滅していた。


 続け様、砲塔が微妙に角度を変えると、再度、極太の重力子グラビトンを放ち、別の角度から迫っていたエコーズの一団が消し炭となった。


 それから数秒後、マグナヴィアの船体各所から10門ほどの砲塔が迫り出し、天空に浮かぶエコーズの群れに斉射を始めた。


 手動照準なのか、エコーズの群れにあたっていない火線もあるが、突如湧き出た攻撃に、エコーズの群れが戸惑っているように見えた。


(マグナヴィアの、武装……)


 応戦を始めたマグナヴィアの奥——艦橋室にいるレイストフの存在を感じ取ったコウイチの胸に、郷愁のような感情が広がり——昔の、手を取り合って冒険した日々が、頭をよぎった。


 だが、いいことばかりではなかった。

 その巨体を守っていた重力場が消滅したことで、上空に浮かぶエコーズ達からの攻撃が降り注いでいる。如何に武装が強力であっても、10門程度では時間稼ぎにしかならない。


 実際、マグナヴィアの砲塔の火線から逃れたエコーズが、広く展開し、回り込むようしてコウイチ達に迫ってきていた。


 地表の砂埃を上げながら迫る、1匹のエコーズ。

 サドランは上空から迫るエコーズに手一杯で、その存在に気づいていない。


 エコーズの口元が青く輝き、必殺の光線が放たれる、その刹那。真横から飛来した拡張人型骨格が、その顎を蹴り飛ばした。ほとんど頭がもげながら吹き飛んだエコーズを、鎖鋸銃チェーンガンから伸びた青白い火線が命中し、爆散した。


 エコーズをスマートに撃破してみせた拡張人型骨格が、サドランとコウイチの元に降り立つ。機体のスピーカー越しに、聴き慣れた友人の声が聞こえた。


『——わりぃ! 遅くなった!』

「モリス……」


 モリスはそれだけ告げると、再びその機体を跳躍させ、迫るエコーズの群れに向かっていった。

 友人が戦場に向かう後ろ姿を見て、コウイチは強烈な焦燥感に駆られた。


(何とか……何とか、しないと……)


 マグナヴィアの火線が加わったことで攻撃の数は増えたものの、やはり数の優位はエコーズが圧倒的に上だ。加えて、強烈な攻撃力を持つ母艦型が依然、不気味な静寂を保っている。


 もしかすれば、あの攻撃には『溜め』が必要なのかもしれない。

 だとすれば、今が攻撃するチャンスということになる。


 もう一度、あの『黄金』を引き出せれば、母艦型だって倒せるかもしれない。


 だが、コウイチの登録機体である001号機は大破している。

 エコーズの攻撃が降り注ぐ中、マグナヴィアに戻って機体を新たに登録することはできない。


 拡張人型骨格の生体認証は宇宙作業機などのそれとは違う。

 登録された人間の脳波パターンを完全に模倣して記録するため、既に登録されたモリスやサドランの機体に乗り込んだとしても、コウイチは動かせない。


(どうすれば……)


 思考が袋小路に迷いこみそうになった時、それを見透かしたような声が聞こえた。


『——私なら、出来る』


 コウイチが声の聞こえた方を見ると、空中から飛来した拡張人型骨格がコウイチ達のすぐそばに着地した。そして着座姿勢を取ると、コックピットが迫り出し、スラリとシーラが姿を現した。


「お前それ、どういう——」


 コウイチが訪ねようとした時、すぐそばにエコーズの攻撃が着弾し、猛烈な爆風と砂埃が舞った。地面に吹き飛ばされたコウイチは滑らかに受け身をとると、シーラの機体へと走り出した。


(——迷ってる場合じゃない)


 コウイチは着座姿勢の拡張人型骨格の身体を器用に登っていき、シーラのいるコックピットへと滑り込んだ。シーラは座席の計器類の間にどいているが、元々1人用で大したスペースがないため、かなり圧迫感を感じる。


 そうこうしている間にも、再びすぐそばで攻撃が着弾し、地面からの振動が機体を揺らした。


 シーラから受け取った感覚拡張冠オーグメントギアを被り、リングで身体を固定していく。だがやはり、機体は作動しない。シーラがこの002号機のパイロットとして登録されているからだ。


「シーラ、出来るって——」


 コウイチが答えを求めた時、シーラは右手をそっとコウイチの右手に重ねた。滑らかな陶器のような肌の質感が直に感じられ、コウイチの鼓動が跳ねた。


 そんなコウイチの場違いな感情にシーラは気付かず、祈るように目を閉じた。


 すると、コウイチは右手に『熱』を感じ取った。

 シーラが手を重ねているからだけではない。


「……これで、


 そう告げたシーラがそっと手を退けると、コウイチの右手にはあの紋章が再び輝きを取り戻していた。その光に釣られるように、002号機が起動した。


接続者リンカー確認。AF-P3-スティクス-002、起動アクティベート


 計器類が次々と点灯し、感覚拡張冠オーグメントギアから音声が流れる。


 次いで、拡張人型骨格本来の機能だけでなく、『力』が再び溢れ出したのが分かった。


 コウイチの瞳が再度、金色に染まった。


「……シーラ、お前は降りて、サドランに——」


 湧き出そうになる疑問を飲み込み、コウイチがシーラに告げようとした。

 コウイチは今からしようとしていることは、自殺行為に等しい。死ぬつもりはないが、否定はできなかった。


 そう思っての発言だった。

 しかし——。


「いや」

「え」


 シーラから返ってきたのは、明確な否定だった。

 ここまで、シーラ自身の意志が明確に表現されたことなどなかったのだ。特に、誰かの言葉を否定するようなことは。今回も素直に従うものだと思っていた。


「シーラ、俺は……」


 コウイチは目論見が外れたことに焦り、幼い子供に言いくるめるように伝える。

 しかし、シーラはコウイチの目を真っ向から見つめた。


「いる……コウイチと……一緒に」


 コウイチはシーラの瞳に気圧されるように押し黙った。

 シーラは規格の違うデータを無理やり出力するように、たどたどしく言葉を吐き出した。


「コウイチが……私の——だから」

「——……」


 帰る場所。

 その単語がシーラにとって、どういう意味を持つのかは、コウイチも分かっていた。

 そして自分が告げた言葉が、シーラにどう受け止められたのかも。


 コウイチは長く息を吸い、静かに吐いた。


 自分の発言には、責任を持たなければならない。

 それが、大人になる条件の一つだ。


「……なら、行こう」


 コウイチがシーラの瞳を見据えて答えると、シーラはこくりと頷き、右手をコウイチの手に重ねた。


(……暖かい)


 コウイチは右手の暖かさを感じながら、機体を勢いよく飛び立たせた。

 上空に浮かぶ敵に——全てに、決着をつけるために。

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