SCENE 64:稲妻

 ——もう、駄目か。


 何度となく思って、正真正銘、モリスは死を覚悟した。

 ギリギリの所で回避して、逃げて、戦って。


 今、モリスは数十匹のエコーズに囲まれている。囲むエコーズの全てが口部を光らせていた。もはや逃げ場もなく、内蔵電力すら尽きかけている。


 モリスは殊勝に死を受け入れるようなことはせず、突撃して1匹でも多く道連れにしようと考えていた。


(——やっぱ、告っとくべきだったかな)


 モリスは死の直前に生まれた微かな後悔を鼻で笑うと、突撃の姿勢をとった。

 直後、奇妙な事が起きた。


 エコーズ達が一斉に、その動きを止めたのである。

 どこかに意識を無理やり向けられているように、ピクピクと震えている。


(あ……?)


 その突然の事態に困惑したのは数瞬、モリスは隙を逃さず突撃しようと後ろ足に重力場を展開させた。


 だが次の瞬間、モリスを取り囲んでいたエコーズ達が一瞬で消滅した。


「——ああ!?」


 今度こそ、モリスの困惑は声となった。

 次いで、その黄金色に光る何か——拡張人型骨格がモリスの目の前に来たのだから、モリスはいよいよ動揺した。


「うぉ!?」

『——借りるぞ』


 それでもって、その機体から聞こえてきたのが良く知る声だったために、モリスはあんぐりと口を開けた。


「おま……コウ……おま……」


 動揺するモリスには構わず、黄金の拡張人型骨格はどこかへと飛び去っていった。

 そこでようやく、モリスは自分の持っていた鎖鋸銃チェーンガンがないことに気付いた。



 *



「死んで——たまるかよぉッ!!」


 フォードは機体の中で吠えた。

 既に機体は右腕がなく、両脚も膝から下が無くなっていたが、フォードの戦意は衰えていなかった。


 どんなに追い詰められていても、最後の最後の最後まで、抗ってやるつもりだった。喉元に噛み付いてでも——拡張人型骨格に口はないが——敵を殺すつもりだった。


 フォードの戦意を支えていたのは、単なるエコーズへの怒りではない。

 フォードを取り囲む理不尽な状況そのもの。生まれから今に至るまでの、周囲への怒り。


 そして何より、想い人を自ら傷つけてしまったことへの、自身への激しい怒りが、例え手足が千切れ飛ぶ痛みが襲っても、戦う気力をフォードに与えていた。


 ——しかし、気力と戦況は必ずしも比例しない。


「おあッ!!」


 フォードは全開推進フルスロットルで1匹のエコーズに突撃した。

 背中一杯に銃複合剣を持った腕を反らせて、接触と同時に振りかぶる——はずだった。


 振るうことは、出来なかった。

 右腕が、肩のあたりからまるっと消えていた。


「——ッグゥッ!」


 肩から稲妻が走るような痛みがフォードを襲った。

 歯を食いしばりすぎて、奥歯の一部がパキンと欠けた。


 あまりの痛みに機体の操縦すら手放してしまい、手足をもがれただるま状態となったフォードの機体は、力無く地面へ迫り、勢いよく叩きつけられた。


 身体中を踊る激痛に意識を手放しそうになるも、フォードは自ら唇を噛み切ってそれを阻止した。


 明滅する視界の中で、エコーズ達がフォードの元に迫るのが見えた。

 寿命を迎えた人間を迎えにきた天使のような構図だ。


 先頭にいるのは、フォードの腕を——鎖鋸銃チェーンガンを持ったままの右腕を咥えたエコーズだった。


(クソッ……クソッ……クソォッ!!)


 フォードは起きあがろうとするが、虚しく地面でもがくだけ。

 そんなフォードを、エコーズがまるで嘲笑うかのように口元を開けた。


 鎖鋸銃チェーンガンを持ったフォードの右腕が、ヒューゴの重力に従って落下していく。

 その光景が、スローモーションに映った。


 フォードは最後の瞬間まで、決して意識を手放すつもりはなかった。

 そのおかげで、フォードはそれを目撃した。


 パパッ、と雷鳴のように黄金の光が上下左右に瞬いた。

 次の瞬間、無数のインセクト達は細切れの光となってフォードの周囲に降り注いだ。


 そして、フォードの腕が地面に落ちる刹那、それを掴むものがいた。

 黄金色の粒子を放つ、拡張人型骨格。


 その神々しさすら感じる姿に、フォードは見惚けていた。

 だがその直後、その拡張人型骨格が『アイツ』であることを、フォードは直感した。


 黄金の拡張人型骨格も、しばらくだるま状態のフォードを見ていたが、ふいと視線を外すと、飛び去っていった。


(あの……野郎……ちく……しょう……)


 フォードは理由のわからぬ怒りを胸の内で膨らませ、意識を失った。



 *



 (——死ねない、絶対に)


 サドランは何度となく心の中でそう唱えた。


 弟達を、妹達を残して逝く訳にはいかない。

 まだ、中等教育学校にすら、入れてあげられてないんだ。


(——絶対に、帰るんだ)


 サドランは、恐ろしいほどの正確さで、敵を射抜いていた。


 鎖鋸銃チェーンガンの銃口から発せられる重力子グラビトンは、遠近関係なくエコーズを射抜き、撃破している。


 目の前にいるエコーズは、引き付けるだけ引きつけて、ノールックで——感覚拡張操縦システムを最大限利用したで——死角のはずの敵を最速かつ、正確に射抜く。


 既に10体以上のエコーズを撃破していたサドランだったが、その脅威を認識したエコーズ達は、サドランの戦闘を学習していた。


 重力場を展開していない個体がやられていることを学習したエコーズ達は、それぞれが干渉しないように距離をとった上で重力場を、徐々に包囲網を形成していた。


「絶対……絶対……!……帰るんだッ!」


 その状況であっても、サドランは諦めず、重力子の連続放射による一点突破で、1匹ずつ撃破していった。


 だが1匹が沈んだことにより出来た穴は、2秒と経たずに埋まる。

 サドランの奮闘も虚しく、エコーズの包囲網が完成した。


「ああああッ!」


 サドランは叫んだ。


 妹達との約束を違える訳にはいかない。

 弟達を、放り出せる訳がない。


 次の瞬間、そんなサドランの願いが結実したように、光の柱が舞い降り——柱に触れたエコーズは例外なく消滅した。


 光の柱はサドランを取り囲むエコーズを消し飛ばすようにぐるりと一周すると、徐々にその光を減らしていった。


 光の柱は、宙に浮かぶ一機の拡張人型骨格、その手にある鎖鋸銃チェーンガンへと吸い込まれるように戻っていった。


 その黄金の拡張人型骨格が、聞き慣れた声でサドランに告げた。


『——サドラン。後のこと、頼む』


 サドランはその言葉を聞いて、安堵から一転、嫌な予感を覚えた。


「コウイチ君!」

『……なに』


 サドランは、聞かなければならないと衝動的に感じた。


「帰って……くるよね?」

『…………』


 長い沈黙を経て、サドランは祈るように返事を待った。

 そしてコウイチが答えようとした刹那、突然コウイチが凄まじい速度で動いた。


 「えっ」


 サドランはようやく捉えた時には、コウイチ機はマグナヴィアの頭上に移動していた。

 そして何かを睨むように空を見上げている。


 空に浮かぶ無数のエコーズを見ているのではない。

 その先の——

 

(何を——)


 見ているの。

 サドランがそう尋ねようとした時、コウイチは機体の四肢を限界まで広げ——黄金の光を噴出させた。


 光はマグナヴィアと地表にいるサドラン達を包む薄布ベールのよう広がった——それとほぼ同時に、それは訪れた。


 ——白。

 視界を瞬時に埋め尽くした強烈な白い輝きと黄金のベールが衝突し、凄まじい轟音と衝撃が辺り一帯を包んだ。


 サドランは本能的に機体を地面に伏せさせていたが、それでも吹き荒ぶ猛烈な爆風はサドランの機体のあちこちを焦げ付かせた。


 強烈な白光の照射は10秒以上も続き、永遠にも思える体感時間の後、終わりを告げた。

 そして戻った視界に広がった光景は、サドランを凍り付かせるには十分だった。


 「……何……これ……」


 黄金のベールに包まれた一面には、大きな変化はなかった。だが、ベールの外側は違った。

 遠く広がる地表はぐつぐつと煮えたぎる溶岩地帯と化し、黄金のベールを中心に巨大なクレーターと化していた。


 ——ここが地獄。


 そう言われれば納得してしまうほどの、赤と黒、死の匂いが充満する世界だった。


 (……コウイチ君は)


 サドランが視線を巡らせる。

 そして、マグナヴィアの頭上、四肢を広げた状態のまま浮かぶコウイチ機を見つけた。


 「……! コウイチ君ッ!」

 

 サドランは悲鳴に近い声を上げた。


 コウイチ機は全身が焼け焦げ、真っ黒に染まっていた。


 しばらく空中に止まっていたかと思うと、突然、力尽きたように墜落した。

 マグナヴィアの重力場にぶつかり、弾かれ、糸の切れた人形のように地面に転がった。


 駆け寄ったサドラン機がコウイチ機を助け起こす。

 先ほどまで噴き出していた黄金の光は消え、だらりと四肢を投げ出し、バイザーに光は灯っていない。


(何が……どうなって……)


 突然、地表に照射された白い光。

 その出所を探ろうとサドランが頭上を見上げ——を見た。


 そして見てしまったことを、後悔した。


 無数のエコーズが浮かぶ漆黒の空。

 その空を——卵の殻を割るように——とてつもなく巨大なものが這い出てくる。


 全長6メートルのエコーズ達など、その巨大な背景の一部に溶け込み、見えなくなった。

 そして、割れた雲から差し込んでいた僅かな太陽光すら、その巨体に遮られ、世界を完全なる闇が支配した。


(……あ……ああ……)


 汗が滝のように流れ、サドランの手足が痙攣するように震えた。


 黒雲を割って現れたのは、全長2000メートルを裕に超える、円筒型の物体。

 艶かしく蠢くその巨体の輪郭が、各所に輝くサーチライトのような赤い瞳の輝きが、それがであることを伝えてくる。

 

 母艦型マザータイプと呼ばれる、超巨大エコーズだった。

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