SCENE 63:黄金
レイストフは、現れた5機目の拡張人型骨格がコウイチだと直感した。
その瞬間、動けなくなっていた。
無数のインセクトから降り注ぐ攻撃を、重力場を展開しているだけで耐え凌いでいるだけだ。もはや時間の問題。
遠くから、ルーカスやティアナの声が聞こえてくる。
自分を呼んでいるのは分かっていた。
でも、動けなかった。
アイリが昏睡状態になって、コウイチまでいなくなったら。
今更ながらに、レイストフは自身が2人に、2人の存在に依存していたことを知った。
*
泣き虫で、女みたいな顔をしていたレイストフはよく初等教育学校で虐められていた。だけど、そんな自分をいつも庇って、守ってくれた奴がいた。
教室でいじめっ子達を追い払った後も、ぐしぐしと泣いている俺を見て、そいつは呆れ顔で呟いた。
——お前、泣き虫だなぁ。
——でも……。
言い訳を続けようとする俺を、まるで小さい子を叱るみたいにそいつは言った。
——男だろ。シャキッとしろよな。
——うん……。
そいつが言うと、自然とそうしなくちゃと思えた。
だけど、多分不安そうな顔が消せてなかったんだ。
だから、そいつは安心させるように肩を叩いた。
——まぁ、またアイツらが来たら、守ってやるからさ。
——どうして……。
——あ?
——どうして、助けてくれるの?
俺としては、かなり真剣な問いのつもりだった。
同じ街に生まれて、同じ学校に通っているだけなのに。
話したことはあるけど、遊んだことだって数えるほどしかない。
だから、俺はそう聞いた。
なのに、そいつは不思議なものを見るかのように眉を寄せると、またため息を吐いた。
——……お前、意外とバカなんだな。
——ええ!?
突然の暴言に、俺は心底驚いた。
でも、その次に言われた言葉を、その時に湧きあがった感情を、俺は今でも忘れられずにいる。
——俺達、もう友達だろ。
そいつは屈託なく、ニカッと笑って、そう言った。
俺はそいつが大好きだった。
でも、同時に嫌っていた。自分の情けなさを思い知らされるようで。
思春期になって、自分が、もう1人の友達を——アイリを、異性として好きなんだってことに気づいて、でもその子が見ているのがそいつだって知って、より嫌いになった。
そして時が経つに連れ、憧れだったはずのそいつは、見る見る落ちぶれていった。
背も俺の方が高くなった。勉強も運動も、俺の方が上になった。
その頃から、そいつは俺を、俺達を避けるようになった。
俺の憧れは——俺のヒーローは、こんなのだったのか?
そのことを認められなくて、認めたくなくて、尚更きつく当たった。
でもそいつはヒーローに戻ることなく、燻り続けて。
諦めかけていた時に——ようやく踏ん切りが着きそうになったタイミングで、妙なロボットを使いこなし、怪物を撃退してみせた。
今更——今更だ!
もういいんだって。
俺は、お前を超えるんだ。
もう、ヒーローになんかなるなよ——頼むよ、コウイチ。
*
「——会長!」
「——ッ!」
ティアナの声で我に帰ったレイストフは、モニター越しにコウイチの重力場が弱まっていくのを感じた。
「コウ——」
レイストフは無意識にモニターに手を伸ばした。
次の瞬間、コウイチの機体が発する重力場は消失し、インセクトから発せられる青い破壊の光線が殺到した。
声を上げる間も無く、コウイチ達のいた場所は破壊の炎と舞い散る砂塵で見えなくなった。
「…………」
レイストフは伸ばした手をだらりと下げた。
(俺は……俺は……なんで……)
レイストフは全身から力が抜けていくのを感じた。
立っていられず、制御盤に縋り付くようにしてなんとか転倒を防ぐ。
コウイチが死んだ。
そのことが、レイストフの行動原理を破壊した。
(俺は……もう……)
レイストフは静かに目を瞑った。
耳を塞ぎたかった。全てがどうでも良くなった。
アイリは目覚めず、コウイチが死に、もうすぐ自分も死ぬ。
レイストフにとって、永遠にも感じられるような長い暗闇。
それは、ティアナの声によって破られた。
「か、会長、あれを……!」
「……!」
レイストフはモニターへとゆっくりと視線を戻す。
そこに映っていたのは、無残に破壊された拡張人型骨格の残骸ではなかった。
まず見えたのは、半壊した拡張人型骨格。シーラの機体だ。
そして。
その前には、黄金の光を身に纏った、一機の拡張人型骨格が立っていた。
*
コウイチの拡張人型骨格は黄金の光に包まれ、光は守るようにシーラの前にも広がっている。
コウイチの右手には紋章が今までにない程強く、ハッキリと黄金色に輝いており、コウイチの瞳も同じく、黄金色に輝いていた。
(……どうなってる)
バイザーに表示された拡張人型骨格の稼働時間は、確かに0秒となっていた。
だが動きを止めるどころか、コウイチは機体から——自分の内側から湧き出す、圧倒的な力を感じていた。
最初にエコーズと戦った時の力とは違う。
あの時は、自分の肉が薄く削られていくような痛みが伴っていたが、今、痛みはない。
「…………」
コウイチ自身、湧き出す力の正体を知らなかった。
だが確かな事が、一つ。
——なんでもできる、という確信。
思い上がりや増長じゃない。
コウイチの内側から溢れ出るその力が、その確信を支えている。
コウイチ達の眼前には、依然として無数のエコーズが蠢いている。
エコーズ達は、コウイチの姿に——黄金の光に怯えるように震えていた。
「——行くぞ」
コウイチの意思に呼応するように、右手の紋章が強く輝いた。
*
シーラは、その光景に安堵していた。
同時に、すごく悲しいと感じた。
つい先ほどまで恐怖の象徴であったエコーズ達が、黄金の光を纏った拡張人型骨格によって蹴散らされていく。
エコーズ達は重力場を展開し、身を守ろうとする。
だが黄金の光を纏った拡張人型骨格の拳は、まるでそこに何もないかのようにすり抜け——接触、エコーズ達の身体を光の粒子に変換した。
残骸すら残らず、光の粒になって消えた同族の姿に、エコーズ達は怯えながらも攻撃を仕掛け、口元から青い光線を発する。普通なら避けられない、完璧なタイミング。
着弾箇所にバババッと爆炎と砂塵が舞う。
だが、砂煙がなくなった所には、残骸どころか何もない。
敵の姿を探して目玉をギョロギョロと動かす数瞬の間に、エコーズ達とほとんど同時に光の粒子となっていた。
黄金の光を纏ったコウイチの拡張人型骨格は、有り得ないほどの速度で——重力場制御による限界機動すら超えた、亜光速に近い速度で——エコーズ達を次々と光に変換していった。
その光景はシーラの瞳に、悲しいほどに美しく映った。
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