SCENE 62:告白

 降り注ぐエコーズの攻撃の衝撃に、拡張人型骨格が軋み、身を絞られるような痛みが走る。


「ぐッ……」


 コウイチは重力場の展開を崩さぬよう、意識を締め直した。

 だが、いつまでも持ちそうにない。


 消費の少ないように範囲を小さく展開しているが、重力場の展開による電力消費は激しい。

 動力源は既に重力波給電ウェーブサプライから内蔵電力バッテリーへと切り替わっており、稼働限界までは残り5分もなかった。


(ク……ソ……)


 コウイチはバイザーに表示された重力場発生装置フィールドジェネレーターの残り稼働時間は、エコーズの強力な攻撃が降り注ぐたび、ガリガリと数字が減っていった。


(……どう……すれば……)


 駆け付けたはいいものの、コウイチは別に案があった訳ではなかった。


 ただ、行かなければならないと思ったのだ。


 閃光が瞬く中、コウイチは後ろで座り込む機体へ——シーラへと視線を向けた。


(…………)


 何もできないなら、せめて、謝ろうと思った。

 コウイチはシーラの機体に向けて、通信機をオンにした。


「——シーラ」

『……何』


 いつもと変わらぬ声音のはずなのに、シーラの声には感情が乗っているような気がした。張り付く喉を強引に動かし、コウイチは心の底から謝った。


「色々……悪かった。八つ当たり、しちまって……」


 その謝罪には、先ほどのものだけではなく、展望台でのことも含めていた。


 ——私は、どこに帰ればいいの?


 本当はあの時、シーラがどんな返答を期待していたのか分かっていた。

 無意識に思考に蓋をしてしまったのは、からだ。


 周囲はエコーズに取り囲まれ、絶体絶命の状況の中で、コウイチは熱に浮かされたように喋り出した。


「俺の……俺の家族さ、10歳の時に死んじまったんだ。宇宙船事故で」



 *



 事故の時、俺もその場にいたんだ。


 裏宇宙航行中でさ、動力炉が不調になったせいで、一瞬、船体の重力場の一部が消えたんだ。


 結果、プラズマが船体の一部を破壊したんだ——俺達家族が、歩いていた通路付近の外壁を。


 たまたま、俺は簡易宇宙服ノーマルスーツを着ていて。

 誕生日祝いに、買ってもらったばっかだったから、馬鹿みたいにはしゃいでてさ、必要ない所でも着てたんだ。


 だからその時も、俺だけ宇宙服の安全装置が作動して、磁力で壁に引っ付いたんだ。


 父さんは、気づいたらいなかった。

 母さんは、壊れた通路の端に引っ掛かってたんだ。


 手を伸ばせば、届く距離だった。

 母さんの向こう、壁の穴の先は真っ黒だった。


 母さんは、俺を見てた。

 でも俺、怖くて。


 一瞬——ほんの一瞬、俺は手を伸ばすのを躊躇ったんだ。


 瞬きする間に、母さんはそこにはいなかった。


 その直後に、隔壁が降りて——俺は1人、生き延びた。


 父さんも、母さんも——生まれるはずだった妹も——死んだ。


 ずっと死にたいって思ってた。

 俺が生きてていいはずないって。

 俺が、母さんを——妹を殺したんだって。


 家族ぐるみでよく、遊んでたから。

 アイリやレイストフを見るたび、家族のこと、思い出しちまって。

 あいつらの顔、まともに見れなくなって。


 自分がダメになっていくの、わかってたんだ。

 でも、あいつらはどんどんすごくなってってさ。


 俺、なんだかすげー情けなくって。

 でも、どうにもならなくて。


 新しい友達を作るのも、怖くなってて、どっかで線を引いてた。


 また、になったら。

 俺多分、もう、無理だって思ったから。


 また、あんな気持ちになるぐらいだったら、俺は——1人がいい。



 *



「——1人でも、平気だと思った。生きていけると思ってた」


 コウイチは、気が付くと泣いていた。


「でも、そんな訳なかった。俺はいつも、誰かに助けられてた」


 自分の声が上擦って、震えているのがわかる。

 状況も忘れて、恥ずかしいなんて思ったりしたけど、吐き出し始めたものは止まらなかった。


「引き取ってくれた叔父さんも、叔母さんも、優しくしてくれた。モリスもサドランも、俺なんかと一緒にいてくれた。アイリも、俺がどんなに邪険にしても、一緒にいようとしてくれた……」


 コウイチは横目で、倒れた機体を——シーラを見た。


「シーラ……お前だって」

『…………』


 いつも俺は、不貞腐れたガキみたいに口をへの字にして、鼻を鳴らして、嫌味を言って。そんな俺を、皆は見捨てなかった。


「本当は俺、嬉しかったんだ。でも、素直になれなくて——」


 いつも、自分に嘘をついてた。他人に嘘をついてた。

 ちっぽけな自分の心を、守るために。


「怖かっただけなんだ。また失うのが——だから——」


 コウイチはそこでようやく、自分の心を知った。


 激しい閃光が重力場に衝突し、辺りを照らした。

 その衝撃に押されて、コウイチの機体がたたらを踏む。


 ——稼働限界まで残り、30秒。


 展望台でのシーラの問い。

 迷子の子供のような瞳。


 ——私は、どこに帰れば、いいの?


 コウイチは心の中に浮かんだ自身の答えを告げた。


「俺が一緒に、探してやる——お前の帰る場所を」

『…………』


 コウイチは覚悟を持って、思うがままの言葉を告げた。


「それでも、もし、見つからなかったら——」


 人は、1人では生きていけない。

 家族こそが、人の帰るべき場所だと思うから。


「俺が、お前の家族になってやる」

『——!』


 通信機越しに、シーラが息を呑む気配がした。


 ——稼働限界まで残り、10秒。


 ぐぐ、と何かの力が自分の中に湧き上がるのを感じた。

 コウイチの右手に浮かんだ紋章は、これまでとは異なる優しい光を放っている。


 宇宙の暗闇に怯えすくんでいた、あの頃の自分とは違う。

 守られていた、あの頃の自分とは違う。


(そうだ……俺が、守るんだ……)


 シーラ、アイリ、レイストフ、モリス、サドラン——フォードだって。

 みんながいるマグナヴィア。


 こんな悲しい時代では、マグナヴィアこそが、俺達の帰るべき場所だ。

 だから——。


(今度こそ、俺は——!)


 コウイチが決意した次の瞬間、拡張人型骨格から重力場が消失し——無数の破壊の光が降り注いだ。

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