SCENE 62:告白
降り注ぐエコーズの攻撃の衝撃に、拡張人型骨格が軋み、身を絞られるような痛みが走る。
「ぐッ……」
コウイチは重力場の展開を崩さぬよう、意識を締め直した。
だが、いつまでも持ちそうにない。
消費の少ないように範囲を小さく展開しているが、重力場の展開による電力消費は激しい。
動力源は既に
(ク……ソ……)
コウイチはバイザーに表示された
(……どう……すれば……)
駆け付けたはいいものの、コウイチは別に案があった訳ではなかった。
ただ、行かなければならないと思ったのだ。
閃光が瞬く中、コウイチは後ろで座り込む機体へ——シーラへと視線を向けた。
(…………)
何もできないなら、せめて、謝ろうと思った。
コウイチはシーラの機体に向けて、通信機をオンにした。
「——シーラ」
『……何』
いつもと変わらぬ声音のはずなのに、シーラの声には感情が乗っているような気がした。張り付く喉を強引に動かし、コウイチは心の底から謝った。
「色々……悪かった。八つ当たり、しちまって……」
その謝罪には、先ほどのものだけではなく、展望台でのことも含めていた。
——私は、どこに帰ればいいの?
本当はあの時、シーラがどんな返答を期待していたのか分かっていた。
無意識に思考に蓋をしてしまったのは、怖かったからだ。
周囲はエコーズに取り囲まれ、絶体絶命の状況の中で、コウイチは熱に浮かされたように喋り出した。
「俺の……俺の家族さ、10歳の時に死んじまったんだ。宇宙船事故で」
*
事故の時、俺もその場にいたんだ。
裏宇宙航行中でさ、動力炉が不調になったせいで、一瞬、船体の重力場の一部が消えたんだ。
結果、プラズマが船体の一部を破壊したんだ——俺達家族が、歩いていた通路付近の外壁を。
たまたま、俺は
誕生日祝いに、買ってもらったばっかだったから、馬鹿みたいにはしゃいでてさ、必要ない所でも着てたんだ。
だからその時も、俺だけ宇宙服の安全装置が作動して、磁力で壁に引っ付いたんだ。
父さんは、気づいたらいなかった。
母さんは、壊れた通路の端に引っ掛かってたんだ。
手を伸ばせば、届く距離だった。
母さんの向こう、壁の穴の先は真っ黒だった。
母さんは、俺を見てた。
でも俺、怖くて。
一瞬——ほんの一瞬、俺は手を伸ばすのを躊躇ったんだ。
瞬きする間に、母さんはそこにはいなかった。
その直後に、隔壁が降りて——俺は1人、生き延びた。
父さんも、母さんも——生まれるはずだった妹も——死んだ。
ずっと死にたいって思ってた。
俺が生きてていいはずないって。
俺が、母さんを——妹を殺したんだって。
家族ぐるみでよく、遊んでたから。
アイリやレイストフを見るたび、家族のこと、思い出しちまって。
あいつらの顔、まともに見れなくなって。
自分がダメになっていくの、わかってたんだ。
でも、あいつらはどんどんすごくなってってさ。
俺、なんだかすげー情けなくって。
でも、どうにもならなくて。
新しい友達を作るのも、怖くなってて、どっかで線を引いてた。
また、あんなことになったら。
俺多分、もう、無理だって思ったから。
また、あんな気持ちになるぐらいだったら、俺は——1人がいい。
*
「——1人でも、平気だと思った。生きていけると思ってた」
コウイチは、気が付くと泣いていた。
「でも、そんな訳なかった。俺はいつも、誰かに助けられてた」
自分の声が上擦って、震えているのがわかる。
状況も忘れて、恥ずかしいなんて思ったりしたけど、吐き出し始めたものは止まらなかった。
「引き取ってくれた叔父さんも、叔母さんも、優しくしてくれた。モリスもサドランも、俺なんかと一緒にいてくれた。アイリも、俺がどんなに邪険にしても、一緒にいようとしてくれた……」
コウイチは横目で、倒れた機体を——シーラを見た。
「シーラ……お前だって」
『…………』
いつも俺は、不貞腐れたガキみたいに口をへの字にして、鼻を鳴らして、嫌味を言って。そんな俺を、皆は見捨てなかった。
「本当は俺、嬉しかったんだ。でも、素直になれなくて——」
いつも、自分に嘘をついてた。他人に嘘をついてた。
ちっぽけな自分の心を、守るために。
「怖かっただけなんだ。また失うのが——だから——」
コウイチはそこでようやく、自分の心を知った。
激しい閃光が重力場に衝突し、辺りを照らした。
その衝撃に押されて、コウイチの機体がたたらを踏む。
——稼働限界まで残り、30秒。
展望台でのシーラの問い。
迷子の子供のような瞳。
——私は、どこに帰れば、いいの?
コウイチは心の中に浮かんだ自身の答えを告げた。
「俺が一緒に、探してやる——お前の帰る場所を」
『…………』
コウイチは覚悟を持って、思うがままの言葉を告げた。
「それでも、もし、見つからなかったら——」
人は、1人では生きていけない。
家族こそが、人の帰るべき場所だと思うから。
「俺が、お前の家族になってやる」
『——!』
通信機越しに、シーラが息を呑む気配がした。
——稼働限界まで残り、10秒。
ぐぐ、と何かの力が自分の中に湧き上がるのを感じた。
コウイチの右手に浮かんだ紋章は、これまでとは異なる優しい光を放っている。
宇宙の暗闇に怯えすくんでいた、あの頃の自分とは違う。
守られていた、あの頃の自分とは違う。
(そうだ……俺が、守るんだ……)
シーラ、アイリ、レイストフ、モリス、サドラン——フォードだって。
みんながいるマグナヴィア。
こんな悲しい時代では、マグナヴィアこそが、俺達の帰るべき場所だ。
だから——。
(今度こそ、俺は——!)
コウイチが決意した次の瞬間、拡張人型骨格から重力場が消失し——無数の破壊の光が降り注いだ。
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