SCENE 48:後悔
マグナヴィア船内通路を、アイリは一人で歩いていた。
(……私、なんで、あんな……)
アイリは、通路を歩きながら十数分前の自分の行動を後悔していた。
*
十数分前。
居住区画の宇宙展望台。
コウイチが去った後、アイリはコウイチが去った後の扉をぼうっと眺めていた。
アイリの脳裏に、コウイチの言葉が再生される。
——ウザいんだよ。
——お前に、関係ないだろ。
『関係ない』
それは、アイリにとってコウイチから一番聴きたくない言葉であり、信じたくない言葉であった。
ずっと、コウイチには言えなかったことがあった。
実の所、コウイチが過去を——アイリとレイストフとの関係を——カナベラルコロニーでの日々を、忘れたがっていることを、アイリは直感的に理解していたのだ。
だが、それはアイリにとって容認できないことであった。
コウイチがあの事件以降、過去を忘れようとしていることは理解できる。だけど、それを容認してしまえば、コウイチは本当に一人になってしまう。
だから、コウイチを一人には出来ない。
そんな風なことを考えていた。
事実として、それも確かな理由だった。
だけど本当は。
大切な思い出を忘れたくない、忘れてほしくない、繋がりを切られたくない、繋がっていたい。いつの日か、また三人で笑いたい。
アイリ自身のそんな願望が、本当の理由だった。
そしてその願望のために——アイリはコウイチの願いを意図的に無視した。無視し続けた。
鬱陶しがられても、避けられても、アイリはコウイチの願いを、自分がそのことに気付いていることを、無視し続けてきた。
その罪悪感もどこかで感じていて、それで余計に世話を焼くようになってしまって。
(私……私は……)
アイリは、自分のしてきたことのツケを一気に精算させられたのだという認識を受け入れられず、宙を見つめていた。
そんなアイリの手に、そっと触れるものがあった。
振り向くと、シーラがアイリの指の端を握っていた。
そのシーラの表情はいつも通り能面のようで、感情は感じられない。
普段のアイリなら、シーラの行動が落ち込むアイリを慮ってのことなのだと思えた。
だが、タイミングが悪かった。
アイリは、バッとその手を払った。
手を払われたシーラは、特段悲しそうな表情は見せなかった。
ただ機械的に手を戻しただけだった。
その淡白な様子が、ささくれ立ったアイリの気分をざわつかせた。
「一体何なのよ、あんた」
「…………」
シーラは答えない。
何かを考えているのかどうかすら、わからない。
「コウイチに何をしたの」
シーラは答えない。
「なんで、こんなことになってるの」
シーラは答えない。
「どれもこれも、あんたのせいなんでしょ」
途中から、アイリは自分の感情が制御できなかった。
シーラに関係ないことも、全て、何もかもが目の前の少女のせいなのだと思ってしまっていた。
単なる八つ当たりだった。
だがそんな言葉の羅列にも、シーラは眉一つ動かさない。
その静かな様子は、自身の幼稚さを際立たされているように感じられた。
気がつけば、アイリは絞り出すように言葉を放っていた。
「——アンタなんか、どっか行っちゃえばいいいのよ」
そう告げたが最後、アイリは展望台を出た。
見るのが怖くて、後ろは振り向けなかった。
*
展望台を出た後、アイリは通路を歩き続け、ある場所でピタリと止まった。
別に目的地に着いた訳でも、目的地があった訳でもない。
単に、自分の馬鹿さ加減に嫌気がさしたのだ。
(……最低だ……私)
シーラが何か秘密を握っているのは間違いない。
だが、シーラが意図的に、悪意を持ってそれを隠しているのではない。
例え数日間だけとはいえ、生活を共にして、それだけは分かっていた。
そのはずなのに。
アイリは自己嫌悪で動けなくなり、ずるずるとその場に座り込んでしまった。
その時、
通話の着信。
差出人は、サドランだ。
(…………)
とても通話なんかする気分にはならなかったが、いつまで立っても着信が鳴り止まないことに違和感を感じ、アイリは通話に出た。
「……もしもし?」
気だるげなアイリの声とは裏腹に、サドランの声は切羽詰まっていた。
『アイリさん!? コ、コウイチ君を止めてください!』
「……どう言うこと?」
アイリの停滞していた脳が、サドランの切迫した声で覚醒していく。
嫌な予感がした。
そして、その予感は当たっていた。
『コウイチ君が——あのロボットで決闘するって言うんですよ!』
*
サドランがアイリに電話をかける数分前。
マグナヴィア中央区画、パーティ会場。
そこで行われていたダンス・パーティは、想像以上の盛り上がりを見せ、最高潮に達しようという時——それは起こった。
突然、会場に用意されたモニターの画面がブラックアウトしたのだ。
映像に合わせ、流れていた音楽までもが突然消え、生徒達の間で困惑が広がる。
——おい、何だよ。
——何やってんだよ実行委員はー
——不具合か?
その困惑は、会場にいたモリス達にとっても同様だった。
「なんだ?」
「故障かな……」
エイトと戯れていたモリスがポツリと呟き、サドランが不思議そうに見やる。
単なる故障なら、そんなに時間はかからないはずだが、数分経っても映像は治らない。
生徒達の間で愚痴や文句が流れ、停滞した空気が流れ始めた時。
突然、画面が復活した。
だが、その画面は元の映像を映してはいなかった。
画面には、
二機は何処かへと向かっているらしく、背景の映像から『外』に向かっていることがわかった。
突如映し出された奇妙な映像に、生徒達も困惑が広がる。
——なんだありゃ。
——ロボット?
——何の出し物だ?
その映像は、実情を知るモリス達にとっては、嫌な予感を覚えずにいられなかった。
「まさか……!」
「コウイチ君……?」
二人の予感を裏付けるように、聴き慣れた甲高い声がスピーカー越しに会場に響き渡った。
『——マグナヴィア・パーティの皆々様、ごきげんよう! 整備科72期生のヒューイ・クライスでございます!』
ヒューイ・クライスはフォードの腰巾着の一人だ。
何事かと耳を傾ける生徒達に、ヒューイは甲高い声で続けた。
『ダンス・パーティを中断してしまったことには、深くお詫び致します。ですが! それよりも遥かに面白い催しが開催されるため、こうしてマイクを取りました』
ヒューイの物言いに、モリスは眉を顰める。
「催し……?」
モリスの疑問に応えるように、ヒューイは高らかに宣言した。
『その催しとは——マグナヴィアに搭載されていたロボット——
「決闘!?」
「え……ええ!」
モリスとサドランが顔を青ざめさせる。
『そして、対戦カードはこちら!』
ヒューイの声と共に、画面の一つにコウイチとフォードの写真と名前が表示された。
『フォード・クライン、ヤマセ・コウイチ! この二人が、宇宙空間でのドックファイトをこれより演じます! 火花散るド迫力の決闘をお楽しみください!』
ヒューイの芝居がかった紹介に、生徒達は最初の混乱は収まり始め、次第に出し物としての興味に惹かれていく。
——決闘だってよ!
——アホらし……
——戦うのか?
ダンス・パーティの熱に浮かれた生徒達は、降って沸いた突発イベントに沸いた。しかも、それが人型ロボット同士の決闘などという荒唐無稽なものであれば、尚更。
しかし、熱に浮かれていない者達もいた。
マグナヴィア・パーティを進行させる実行委員長のタンテ、そして拡張人型骨格の実情を知るモリス達だった。
「ちょっと! そんなの聞いてないわよ!」
「……誰も聞いていないだろうな」
憤慨するタンテとは裏腹に、マニは緊張感のある面持ちをしていた。
「——俺は格納庫に行く! サドランはアイリさんに!」
「わ、わかった!」
モリスはそれだけ言うと、第三格納庫に向かって走り出した。
中央区画を出て、通路を走る。
モリスは息を切りながら、友人の愚行に歯噛みしていた。
(あのロボットで、決闘なんかしたら……)
拡張人型骨格は、機体の損傷を痛覚として搭乗者にも同じ感覚を味わわせる。
裸一貫で殴り合いするも同義だ。
それにもし、武器など使うことがあれば。
同調される痛みの度合は、冗談では済まない。
(正気かよ、コウイチ……!)
モリスは焦りを足への力に変えて、通路を駆ける。
*
マグナヴィア艦橋室。
レイストフとルーカスは当然、パーティ会場での騒ぎ、昇降機に乗り込んだ二機の拡張人型骨格のことを知っていた。
二人は、艦橋室中央のモニターに映った二機の拡張人型骨格を眺めている。
「……システムは凍結させたはずだが?」
レイストフの呟きに、ルーカスが慌てたように端末を確認する。
「はっ……申し訳ございません。何者かがプロテクトを破った形跡があります」
「ほぉ……」
レイストフは素直に感心した。
(……ルーカスの作ったプロテクトを破れる生徒がまだ他にいるとはな)
しかし、そんなレイストフの内心を知らないルーカスは慌てた様子でレイストフに指示を請う。
「どうなさいますか。外部ハッチを
それは確認のつもりの言葉であった。
レイストフが兵器を使っての私闘など許すはずがない。
そう思ったのだ。
だが、返ってきた言葉は正反対のものであった。
「——放っておけ」
「は……」
ルーカスの驚きをよそに、レイストフは言葉を重ねた。
「いい。好きにやらせておけ。我々は何も知らない」
「……承知……しました」
困惑している様子のルーカスを横目に、レイストフは心の中で一人ごちた。
(……目を覚まさせるには、いい機会だ)
レイストフはモニターに映った二人の少年を見て、薄く笑った。
*
マグナヴィア第三格納庫。
そこでは、
「無茶だ、アイリさん!」
「まともじゃないわ……止めないと」
残された
しかし、モリスの制止を聞かず、アイリは拡張人型骨格のタラップの階段へと足をかけた。
そのアイリの手を、モリスが掴んだ。
「……離して」
「このロボットは危険なんです。痛覚までフィードバックするって説明、あったでしょう!」
アイリの険のある声に負けず、モリスは硬い声でそう告げた。
しかし、その情報は逆効果であった。
「尚更放っておけないわ」
「——アイリさん!」
アイリはモリスの手を無理やり振り解くと、タラップを登っていってしまった。
そして制止する間も無く、アイリはコックピットを露出させると、するりと内部に入り込んでしまった。
拡張人型骨格のバイザーに、光が宿った。
巨大な鋼鉄の腕がタラップを押し退け、重厚な音を響かせながら機体が通路へと出たかと思うと、アイリの機体は船外に向かう昇降機へと向かい始めた。
「ああ、もう……クソッ!」
モリスはその様子に歯噛みしながら、自信も隣にあった拡張人型骨格のタラップを登り始めた。
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