SCENE 49:破砕
青紫と白が舞う異次元空間——
その裏宇宙を進む、巨大な影。
生物的なフォルムを描く円筒状の航宙艦——マグナヴィアだ。
目には見えない透明な
裏宇宙に吹き荒れるプラズマの光とは別に、僅かに散る光が見えた。
その光は、マグナヴィアの纏う重力場と、その船体の隙間から発せられていた。
見れば、異様に細い四肢を持つ機械の巨人が、その手に持った剣を打ち合っていた。
時折光っていたそれは、巨人の纏う青白い光——重力場の接触によって起きた光。
そして今、再び光が眩く散り、二対の巨人は距離を取った。
*
(クソッ……!)
フォードは機体を重力推進で船体下部へと滑空させながら、歯噛みした。
決闘が始まってから数分。
フォードは拡張人型骨格の感覚に未だ慣れずにいた。
全身が、際限なく広がっていく感覚。
『自分』という存在が薄くなって、消えて行くような、そんな感覚。
そこかしこに『自分』がいて、ありとあらゆる感覚を通じて、様々な情報が脳に送り込まれる。
船酔いを数段ひどくしたような状態であった。
宇宙戦闘機の慣性重力を体験した時でさえ、ここまで酷くはなかった。
結果、フォードは決闘どころか、逃げ惑うことで精一杯だった。
(クソッ……クソッ……!)
次の瞬間、フォードは首の後ろの辺りが焼け付くような感覚に襲われた。
何度目かの感覚で、ようやく掴んだ。
——
(——ッ!)
フォードの機体がギュイ、と振り返る。
その時には既に、コウイチの機体は目と鼻の先で
「——ッ!」
フォードが横に構えた
振動が機体を通して伝わり、フォードの視界がぐらりと揺れた。
目の前のコウイチの機体は、001号機。
右腕がなく、背中が溶けて爛れた——半壊した機体。
だが、その勢いたるや、機体の背部で重力場を展開しているにもかかわらず、フォードの機体は確実に押し切られていた。
流れながら続く鍔迫り合いの中、コウイチからの通信が届く。
『——口ほどにもないな。お前』
「……ぁあッ!」
フォードは怒りに任せて
しかし、コウイチの機体はその力に逆らわずに船体の影へと滑空して、消えた。
拡張感覚に意識を集中させるも、その居場所を掴むことができない。
(クソ……なんで……こんな……)
フォードは動揺で荒い息を吐きながら、必死に頭を働かせた。
徐々に重力推進の感覚を掴み始めてはいる。
だが思い切ってこちらから突っ込んでも、軽く交わされ、カウンターをもらう。
(どうすれば……)
しかし、その答えは出ない。
再びのコウイチの接近を、フォードは捉えた。
今度は右斜め後方。
フォードは感覚同調操縦システムを信じ、視界で捉える前に敵の場所めがけ、振り返りながら
だが、それすらも見切られていた。
コウイチはその衝撃を相殺するように、斜め下からの切り上げで合わせた。
再び勢いに押されて流されていく。
「ぐッ……!」
『どうしたんだよ……さっきまでの威勢はさぁ!』
通信越しのコウイチの叫びが、フォードの神経を逆撫でする。
コウイチが鍔迫り合いを止めるように、大きく斬り払った。
その反動でたたらを踏んだフォードの隙を逃さず、コウイチは猛烈な追撃を加え始めた。
「うッ……ぐッ……」
袈裟斬り、突き、切り上げ。
次々と迫るコウイチの
(どうする……)
白熱する思考の中で、フォードは考えた。
認めたくないが、まともな格闘では勝てない。
何か、隙を作る必要がある。
反撃の一撃を入れれるような、隙を。
——だが、どうやって?
「——ッ!」
そんな思考を遮るように、フォードの全身を強烈な痛みが包んだ。
コウイチに押し切られ、機体がマグナヴィアの外壁に叩きつけられたのだ。
そしてそのまま、コウイチは四方八方から
フォードはこの膠着状態を抜け出そうと機体を壁に沿って上下左右に動かすが、ピッタリ張り付くようにコウイチは追随してくる。壁から離れようと機体を起こしても、拡張人型骨格の蹴りがフォードを外壁に叩きつけ、逃がさない。
(無理……なのか……?)
フォードは自分でそう思った。
喧嘩と拡張人型骨格の戦闘は違うものだが、戦闘の流れのようなものを感じ取る能力は、フォードにもあった。
これは、負ける時の流れだと。物理的に、覆しようがないと——。
(……物理的に?)
息もつかせぬようなコウイチの猛攻の中で、フォードは自身の思考の端から、一つの道筋を見つけた。
フォードは冷や汗を流しながら、引き攣った笑みを浮かべた。
コウイチの袈裟斬りに合わせ、フォードは機体を密着させるように剣を打ち合わせた。
こうすれば、機体の
フォードは、機体の通信機をオンにした。
全身全霊で相手の神経を逆撫でするような声を意識する。
「なぁヤマセ。ハミルトンはお前の——」
『——ずっと、不思議に思ってたんだ』
しかし渾身の言葉は、コウイチに遮られた。
「……あ?」
フォードはタイミングを失い、間抜けな声を発した。
そのまま相手の言葉を聞く必要などなかったのだが、フォードはなぜかバカ真面目に聞いてしまった。
『なんで、お前が俺に絡んでくるのか』
フォードは更に困惑した。
それも当然だ。危険極まる決闘の最中に、関係ない会話が始まったのだ。
しかしそれこそフォードが今、まさにしようとしていたことなのだが、自分がやられてみると、意外にもそのことに気付けないものだった。
『——それが今、分かったんだ』
「お前、何を……」
フォードの困惑に構わず、コウイチはその弾丸を放った。
『お前、アイリのこと——好きなんだろ?』
*
フォードは、天蓋都市とも呼べない地下街で育った。
犯罪者と表に居られない後ろ暗い人間しかいない、薄汚れた空気の溜まったゴミ溜めの街。
物心ついた時には親はおらず、物盗りをして生きてきた。
今日を生きていくために、死に物狂いで世界に食いついていく生活。
そんな中でフォードは生き続け、仲間もできた。
ラッセルとヒューイだ。
同じストリートチルドレンで、今日を生きて行くために協力し合った。
そして14歳になった頃。
地下街に居続けては、まともな職につけないと気づいた3人は、ありとあらゆる策を弄して、ヒューイとラッセルと共に、ローバス・イオタへの入学へ漕ぎ着けた。
だが入学してみれば、当然、自分達のような境遇の人間はいなかった。どいつもコイツも、無菌室で育った甘ったれな顔をしていた。
フォードにしてみれば、天蓋都市に住み、中でも富裕層出身の集まるカナベラル・コロニーの人間など、敵でしかなかった。
ヤマセ・コウイチ。
レイストフ・エルネスト。
そして——アイリ・ハミルトン。
初めは敵愾心しか抱いていなかった。
あまりにも境遇が違いすぎて、同じ生物とは思えなかった。
ある時、同じ
確か、航宙学基礎の講義だったと思う。
その頃にはすでに『問題児』として知られていたフォードに、小分以外に友人もいなければ、好かれている教官もいなかった。
だからその講義限定で必要な教本データの存在など、知りようもなかった。
教官は講義に不真面目なフォードに助け舟を出す気はなかったし、周りの生徒たちも当然距離をとっていた。
馬鹿馬鹿しくなり抜け出そうとした時、その教本データが送られてきた。
発信元は、隣に座っていたアイリだった。
驚きに何も言えずにいると、アイリは不思議そうな顔で、
——講義、受けるんでしょ?
そう告げ、前を向いた。
助けたことなど、なんでもないような——本当にただの、当たり前のことだと言わんばかりに。
その時、フォードは胸に広がった奇妙な感覚を、今でも覚えている。
偏見でしか物を考えない奴ばかりだと、そう思っていた。フォードが会ってきたのは、そんな奴ばかりだった。何度も信じようとして、裏切られてきた。
でも——。
フォードは、自分がそんなにも単純な奴だと思いたくなくて——認めたくなくて、見て見ぬふりをしてきた。
だが、前とは違う視線で、自然とアイリを追うようになっており——その過程で、気付いてしまった。
アイリの視線が、どこに向いているのか。
そして視線を向けられているはずのソイツが、鬱陶しそうにしていることに。
気付けば、フォードはコウイチに突っかかるようになっていた。
*
「俺は……」
いつの間にか、フォードは機体の操縦からほとんど意識を抜けさせていた。自分の心を——見ないように、考えないようにしていた心を——正確に言い当てられてしまったからだった。
コウイチは止めとばかりに畳み掛けた。
『俺が、羨ましかったんだろ』
「——ッ」
ピタリと内心を言い当てられ、フォードは羞恥と怒りで顔を赤くした。
そんな状況すら見通しているように、コウイチは嘲る口調で続ける。
『……だから、いつも絡んできやがったんだろ?——本人に絡む勇気が、なかったから』
「……黙れ」
返すフォードの言葉に、力はない。
コウイチが続ける。
『気持ち悪りぃんだよ。ネチネチネチネチ、遠回しによ』
コウイチの言葉がまるでアイリからの言葉のように、フォードに突き刺さる。
何も言えずにいるフォードに、コウイチは畳み掛ける。
『俺でもそう思うんだ——アイリもとっくに気づいてるんじゃないか?』
「…………」
フォードは押し黙った。
コウイチの言葉が、アイリからの言葉のように突き刺さる。
脳裏に、アイリが友人達と談笑する姿が浮かぶ。
浮かんだありもしない情景に、フォードの息が荒くなっていく。
あ、そーだ、とコウイチが殊更明るい声で呟いた。
『今度聞いといてやるよ。アイリがお前のこと、どう思っているのか——』
「——ヤマセェッ!!」
コウイチの言葉を待たずして、フォードは
怒りに任せた、大ぶりな攻撃モーション。
コウイチは腰溜めに構えた状態で、振り下ろされたフォードの
(しまッ——)
フォードが自分の失態に気付いた時には既に、
弾かれた
彼我の距離は、数十メートル。
とても一瞬では回収しきれない。
フォードが我に帰った時、目の前のコウイチは
(あ……)
一瞬、フォードは期待してしまった。
コウイチがそこで
(冗談……だよな?)
——寸止めで
——そうに決まってる。
——だって、それで切られたら……なぁ?
フォードは停止しかけた思考の中で、そんな希望的観測を並べた。
だが、そんな希望を否定するように、コウイチの
腕を振りかぶった、コウイチの拡張人型骨格。
割れたバイザーの奥、そこにに歪んだ笑みを浮かべるコウイチの姿を幻視した。
——殺される。
ぞくり、とフォードの背筋が凍った。
*
コウイチはニィ、と狂気的な笑みを浮かべた。
今までさんざんコケにされて、自分を虐げてきた相手が、今、
(……どんな気分だよ、フォード?)
スローモーションに進む時の中で、コウイチは勝ち誇った。
支配者と被支配者。
持つものと持たざるもの。
上と下。
脳を支配する全能感に動かされるまま、コウイチは
フォードの恐怖と防衛本能は機体に忠実に反映され、怯えるように両腕で身体を隠す。
このまま
だが、コウイチは止めない。
止められなかった。
赤熱化した脳が、本能が、振り下ろせ、砕いてしまえと叫ぶ。
まるで自分のものでないような肥大化した意識が、コウイチの
拡張人型骨格のバイザーが、コウイチの興奮を象徴するように赤い輝きを放っている。
確実に振り下ろされていく
『——コウイチッ!』
アイリの声が通信に紛れ、一機の拡張人型骨格が、二機の間に割り込んだ。
まるで親が子を守るように、その拡張人型骨格は両手を広げた。
アイリが、乗っているのだ。
(——ッ)
瞬間、衝動的にコウイチの脳から発せられた命令が機体に急制動をかける。
しかし、勢いよく振り下ろされた
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