SCENE 47:招待

 マグナヴィア中央区画の広場。


 数時間前まで置かれていた食事の乗った大テーブルは撤去され、そんなポッカリと開いた空間に、煌びやかな衣装を着た数百人の学生達が次々と入場してきていた。


 ダンスパーティが始まるのである。


 特段、チェックなど必要ないのだが、ダンスという動きがある行動のため、人数制限を設けていた。第一部、第二部と言った形で分けるのだ。


 実行委員達もダンス・パーティに参加したがったため、その入場者のチェック作業をやりたがらなかった。


 その結果。


「……だからって、なんで私が!」


 実行委員長ことタンテが、中央区画入り口に設置されたチェック窓口で憤慨しながら作業を進めていた。


 スキャナーで生徒の個人端末を読み取るだけの簡単作業なのだが、なにしろ百人単位の生徒達が押し寄せるので、一息つく暇がない。


「それは私のいうべきセリフだ。タンテは実行委員長だろ。文句を言うな」


 同じように横に並んだマニが、キビキビと作業をこなしながら呟いた。


「アタシだって、ダンス・パーティ行きたかったのにぃ……」


 タンテが弱音を吐きながら次々と個人端末を読み取っていく。弱音とは裏腹に作業に慣れてきたらしい。


「言ってどうなる。人がいないなら、実行委員長タンテがやるしかないだろ」

「そうだけどさぁ……」


 淡々としたマニの言葉にメソメソぐちぐちとつぶやくタンテ。

 そんな二人の前に、見知った顔ぶれが現れた。


「おや」

「あ」

「ど、どうも……」

「うーっす」


 そこにいたのは、サドランとモリスだった。

 タンテとマニにとって二人は、友人アイリ幼馴染コウイチの友人、と言う非常に遠回りな知り合いであった。


 知り合い以上、友達未満。

 そんな定義が似合う組み合わせだった。


 そんなサドランとモリスの二人は、当然ながらダンスに使えそうなフォーマルな服装をしていた。


 タンテはそこにいないもう一人の存在を思い出し、ぴーんと電球を光らせた。


「あれ、幼馴染ヤマセ君はいないんだ?」


 タンテのわざとらしい質問に、モリスとサドランは頷く。


「そ、そうなんだ。僕達もまだ見てなくて……」

「アイツ、逃げやがったんだ。許せねぇ……」


 タンテはアイリが上手くやっているのだろうと思い、鷹揚に頷き——モリスの言葉に引っかかった。


?ってどういう……」

「……そりゃ」


 モリスがタンテの質問に答える前に、が自身で名乗り出た。


「どーん!!」

「ぼふぇッ」


 横から飛んできたわんぱくそうな少年の蹴りが、モリスの脇腹を突き刺した。


「こら、エイト!」

「へへ〜!」


 エイト、と呼ばれた少年もまた、可愛らしく着飾っており、兄であるサドランの叱責から逃れるように会場の中に消えていった。


 痛みから立ち上がったモリスが、忌々しげにエイトの去った方向を睨みつけた。


「あのガキァ……大人の怖さ、思い知らせてやる……!」


 モリスが大人気なく復讐の炎をたぎらせ、エイトの後を追っていった。

 タンテがあっけに取られていると、間髪入れず、今度は可愛らしい少女と気弱そうな少年が現れた。


「早く! 早く行こー!」

「ノイン、駄目だよ。まずはここで登録を……」


 ぐいぐいとサドランの腕を引っ張る少女と、それを制する気弱な少年。

 その状況にあたふたとするサドランを制したのは、現れた別の少女だった。


「——兄さん。あとは私がやっておくから、三人をお願い」


 現れたのは、黒髪を後ろで短く束ねた利発そうな少女だった。

 まだ14歳ほどだと思われるが、落ち着いた物腰から、成熟した精神性を感じさせる。


「わ、わかった。お願いね」


 そんな少女をサドランも信用しているのか、それだけ言うとノインに引っ張られるように会場へと消えていった。


「サドラン・プトラ、テト、ラッキー、エイト、ノインの五人の登録をお願いします。全員兄弟です」

「あ、はい」


 少女——テト・プトラのテキパキとした物言いに寄せられ、タンテも事務的に応答する。


「ありがとうございます。ではっ」


 登録が終わると、キビキビとした足取りで会場へと向かっていった。

 背丈も決して高くないのだが、その後ろ姿は大人のイメージを抱かせた。


 嵐のように過ぎ去った一連の流れを思い出し、タンテはなるほどと頷いた。


「逃げた、ね。理解したわ」

「ああ……」


 マニも同情の顔を浮かべながら頷く。

 二人が惚けた表情で嵐の過ぎ去った方向を見つめていると、我に返った。


 右を見ると、そこにはもう長蛇の列はなかったのだ。

 第一陣の出席者は、今回で締切となる。


「でもアイリ、幼馴染君のこと、誘えなかったのかな……」

「……会えなかったんじゃないか? 逃げたんだとしたらさ」


 タンテが不思議そうに、マニは興味なさそうに呟いた。


「……まぁ、そうね」


 マニの言葉に納得することにしたのか、タンテは顔を切り替えると、マニの方へと向き直った。


「それより、私達も行こうよ。まだ衣装には余りあるしさ」

「いや、私は……」

「まぁまぁ、そう言わずに」

「いや、だから……」


 渋るマニの腕を引っ張りつつ、タンテは衣装のストックがある倉庫へと向かい始めた。



 *



 マグナヴィア後部区画、第三格納庫。

 拡張人型骨格オーグメント・フレームが立ち並ぶ格納庫に、コウイチはいた。


 ダンス・パーティが開催されているのは知っていたが、騒ぐ気分ではなかった。


 コウイチがいるのは、格納庫の奥。

 捨てられるように鎮座する、半壊した拡張人型骨格オーグメントフレーム001号機——コウイチの機体を眺めた。

 

 001号機の右肩から先は無く、腹部には穴が開き、背中の重力波受信機ウェーブアンテナ

 は半ばから溶けている。


 出撃前は鈍い光沢を放っていた四肢も、焼け付いたインセクトの体液がこびりつき、頭部をぐるりと覆う半透明のバイザーもひび割れ、内部の昆虫の複眼のようなセンサーが露出している。


 力尽きたように鎮座する鉄の巨人は、何百年も戦ってきたかのようにボロボロで、先日の戦いの激しさを物語っていた。


「…………」


 コウイチは自身の右手を眺めた。

 今は何もないその甲に浮かんでいた、あの奇妙な紋章。


 あの紋章が輝くと、コウイチの中に力と、戦い方が湧いてきたのだ。

 最後の特攻じみた突撃の際に湧き出た、あの『赤い光』も、この紋章がきっかけだったように思える。


 そしてこの紋章を自分に与えたのは、多分——。


 目を閉じ、コウイチは脳裏に展望台での記憶を再生する。


 ——私は、どこに、いればいいの?

 ——私に秘密にしてること、あるんじゃないの?

 ——うざいんだよ。


 シーラの不安げな瞳。

 真剣なアイリの顔。

 

 言えなかった言葉。

 言わなくてよかった言葉。


 それらがぐるぐると頭の中を巡るが、答えは出ない。

 今、自分が何をするべきなのか、判然としない。


 (クソッ……)


 コウイチは001号機を囲うバリケードを、ぎゅうと握りしめた。

 どれほどの時間、そうやっていたかは分からない。


 だが気がつくと、すぐそばに人の気配があった。

 そこにいた人物を見て、コウイチは無感動に視線を001号機に戻した。


 「……なんか用か」

 「……ああ。ちょっとな?」


 そこにいた人物——フォードは、怒りを抑える引き攣った顔で告げた。


 フォードの苛立ちの理由は、コウイチの表情にあった。

 以前までは——学園にいた頃は、コウイチはフォードを見ると怯える顔を見せたものだ。

 

 だが、今のコウイチはフォードなど眼中にないかのように、何の反応もなかった。

 実際、コウイチの心境は以前とは大きく変わっていた。

 

 コウイチは先日、拡張人型骨格に乗ってインセクトとの大立ち回りを演じたばかりで、全長6メートルの強力な力を持つインセクトに比べれば、フォードなど、路傍の石ころ程度にしか思えなくなっていた。


 加えて、先ほどの展望台での一幕のこともあった。


 その結果の無反応だったのだが、『英雄』扱いされているコウイチを敵視するフォードからすれば、それは極めてクリティカルな反応だった。


 怒りを通り越して青い顔をしたフォードが、声を震わせながら告げる。


「ダンス・パーティ……やってるんだってな」

「……らしいな」


 短い応答の中でも、コウイチも流石にフォードの怒りには気づいていた。

 だが、恐怖はやはり感じなかった。


 学園で叩きのめされた時とは違う感覚が、コウイチの中にはあった。

 いつでも動けるように体をフォードに向き直したコウイチに、フォードが手で制する。


「今回はそうじゃねぇ……俺たちもやろうって話だ、をよ」


 フォードは突き出した手を握り、親指でコウイチの前にある001号機を指した。


「——で、な」

「…………」


 コウイチはフォードの言っている意味を確かめるように呟いた。


「……拡張人型骨格オーグメントフレームでの決闘か」

「そうだ。あの時の続きといこうぜ」


 フォードがニヤリと笑いながら呟く。

 その顔は、コウイチが当然乗ってくると言わんばかりの余裕が込められていた。


 しかし——。


「アホか」

「あ!?」


 コウイチは深いため息を尽き、手を振りながらフォードの横を素通りする。


「そんなことして何になんだ、馬鹿が」

「…………!」


 そのまま歩いて行くコウイチに、後ろからフォードが右拳で殴りかかった——が、コウイチはまるで後ろが見えているかのように、頭をスイとずらして避けた。


「——!」


 一瞬フォードは驚く顔を見せたが、すぐさま体を左に回転させて裏拳を放った。


 元ストリート・チルドレンであるフォードは喧嘩慣れしている。大抵の人間よりも場数を踏んでいるため、大抵は避けられない、コウイチの側頭部に決まるはずの一撃。


 だがその一撃は、コマのように回転したコウイチの左腕にあっさりと受け止められた。しかも、腕の肘先あたりで止められているために裏拳の勢いは消され、コウイチに衝撃はない。


(なッ——)


 驚く間もなく、潜るようなコウイチの右拳が風を切りながらフォードの眼前に迫る。

 

 全力で首を捻ったフォードの頬を拳が掠り、ナイフで切られたような熱を頬に感じながら、フォードは素早く距離をとった。


 コウイチはそれすら分かっていたかのように、その場に静かに立っている。

 その目には恐怖も興奮もなく、ただ淡々と戦闘を処理するマシーンのような冷淡さを持っていた。


「お……お前……」


 数日前とは違いすぎるコウイチの動きに、フォードは激しく動揺していた。足運びも、体全体の動かし方も、まるで別人だった。


 この間までは、喧嘩慣れしていないど素人のはずだが、今、効率的な動き方をインストールされた精巧なロボットのようであった。


(本当にコイツはあの、ヤマセ……なのか……?)


 フォードはそう心の中で呟きながら、自分の変化に気付いた。


 フォードは恐怖していた。

 正確に言えば、コウイチがたった数日であまりにも変わってしまったことに。


(なんだ……こいつは……)


 フォードは、自分が得体の知れないものと相対しているような気がして、一歩、後ずさった。

 そしてそのことを自覚し、ギリ、と歯を食いしばった。


「……もう、いいか?」


 フォードの感情を読み取ったのか、コウイチは気の毒そうな顔すら向けながら、フォードに背を向けていく。


 もはや、脅威とすら認識されていない。

 そのことがわかった瞬間、フォードは思わず叫んでいた。


「——報酬が、まだだったよなぁ!」

「は?」


 フォードは自身のプライドを守るために、声を振り絞った。

 報酬——学園でのデブリ拾い競争での、賭けの結果。レイストフの乱入で有耶無耶になっていたこと。


ハミルトンお姉ちゃんを借りるぜ。いいよな?」


 フォードはこの発言を放ったことに、後悔と同時に、歓喜した。

 無味乾燥だったコウイチの目に——ここに来て初めて——感情が浮かんだのだ。


 ——敵意。

 我慢していた何かが噴き出したようなコウイチの瞳。


 フォードの背中に、ぞくりと悪寒が走った。


「……ずっと、鬱陶しかったんだ。お前の


 コウイチはガシガシと乱暴に頭を掻き、底冷えするような視線をフォードに向けた。


「バキバキに折ってやるよ。テメーのちっぽけなプライドごと、

「……上等だよ」


 そう言いながら、フォードは自身が提案した内容の深刻さを、本当の意味で理解しようとしなかった。


 もし今考えてしまったら、すぐに撤回してしまいそうだったからだ。

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