SCENE 46:暴発
アイリはコウイチ、シーラの順に見やった。
そしてなぜか、アイリはシーラを訝しげな目で見つめた。
「シーラ……なんで……」
コウイチはそのアイリの目つきに違和感を覚えたが、コウイチが何かいうより先に、アイリがコウイチに詰め寄った。
「コウイチ」
「なんだよ」
コウイチは先ほどまでの動揺がバレないよう、平静を装ったが、アイリは何かを疑うような目で問い詰める。
「なんで、シーラと一緒にいたの?」
コウイチは、自身の身体の異変を伝える必要はないと思った。
変に心配をかけたくなかったのが実の所だが、それを素直に伝えられる器量はなかった。
「……何だって、いいだろ」
コウイチはぶっきらぼうにそう告げると、逃げるように階段へ足を向けた。
そのコウイチの腕を、アイリががっしりと掴んだ。
「シーラと、何を話していたの」
「はぁ?」
コウイチからすればアイリの怒りは突然のことで、何が何だか分からなかった。
しかし、アイリは頭に血が昇ってそれどころではない。
「私に秘密にしてること、あるんじゃないの」
「別に、俺は……」
「あるんでしょ!?」
コウイチの当惑を気にせず、アイリは焦りから畳み掛けるように問いかける。
その独善的で一方的な口調は、コウイチの敏感な
その時、コウイチは先のシーラとの問答で生まれていた自身への苛立ちが、普段から感じていたアイリへの不満と混ざるのを自覚した。
その暴発を押しとどめることは、出来なかった。
「——うざいんだよ」
「えッ」
アイリがピタリを動きを止めた。
コウイチ自身、口を割って出た言葉の強さに動揺した。
「……お前に関係……ないだろ」
コウイチはアイリから目を逸らしながらそう告げると、脇を抜け、展望台の出口へ向かった。
パシュ、という音と共に展望台の扉が自動で開き、そのまま通り、通路へ。
数秒後、後ろで扉が閉まる音が聞こえた。
(何なんだよ……)
コウイチは心の中でそう呟きながら、動揺を隠すように足早にその場を後にした。
*
居住区画の宇宙展望台。
コウイチが去った後、アイリは扉をぼうっと眺めていた。
アイリの脳裏に、コウイチの言葉が再生される。
——ウザいんだよ。
——お前に関係ないだろ。
『関係ない』
それは、アイリにとってコウイチから一番聴きたくない言葉であり、信じたくない言葉であった。
ずっと、コウイチには言えなかったことがあった。
実の所、コウイチが過去を——アイリとレイストフとの関係を——カナベラルコロニーでの日々を、忘れたがっていることを、アイリは直感的に理解していたのだ。
だが、それはアイリにとって容認できないことであった。
コウイチがあの事件以降、過去を忘れようとしていることは理解できる。だけど、それを容認してしまえば、コウイチは本当に一人になってしまう。
だから、コウイチを一人には出来ない。
そんな風なことを考えていた。
事実として、それも確かな理由だった。
だけど本当は。
大切な思い出を忘れたくない、忘れてほしくない、繋がりを切られたくない、繋がっていたい。いつの日か、また三人で笑いたい。
アイリ自身のそんな願望が、本当の理由だった。
そしてその願望のために——アイリはコウイチの願いを意図的に無視した。無視し続けた。
鬱陶しがられても、避けられても、アイリはコウイチの願いを、自分がそのことに気付いていることを、無視し続けてきた。
その罪悪感もどこかで感じていて、それで余計に世話を焼くようになってしまって。
(私……私は……)
アイリは、自分のしてきたことのツケを一気に精算させられたのだという認識を受け入れられず、宙を見つめていた。
そんなアイリの手に、そっと触れるものがあった。
振り向くと、シーラがアイリの指の端を握っていた。
そのシーラの表情はいつも通り能面のようで、感情は感じられない。
普段のアイリなら、シーラの行動が落ち込むアイリを慮ってのことなのだと思えた。
だが、タイミングが悪かった。
アイリは、バッとその手を払った。
手を払われたシーラは、特段悲しそうな表情は見せなかった。
ただ機械的に手を戻しただけだった。
その淡白な様子が、ささくれ立ったアイリの気分をざわつかせた。
「一体何なのよ、あんた」
「…………」
シーラは答えない。
何かを考えているのかどうかすら、わからない。
「コウイチに何をしたの」
シーラは答えない。
「なんで、こんなことになってるの」
シーラは答えない。
「どれもこれも、あんたのせいなんでしょ」
途中から、アイリは自分の感情が制御できなかった。
シーラに関係ないことも、全て、何もかもが目の前の少女のせいなのだと思ってしまっていた。
単なる八つ当たりだった。
だがそんな言葉の羅列にも、シーラは眉一つ動かさない。
その静かな様子は、自身の幼稚さを際立たされているように感じられた。
気がつけば、アイリは絞り出すように言葉を放っていた。
「——アンタなんか、どっか行っちゃえばいいいのよ」
そう告げたが最後、アイリは展望台を出た。
見るのが怖くて、後ろは振り向けなかった。
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