SCENE 35:発露
「——! 接近する敵の群れが、マグナヴィアから離れていきます!」
作戦通り、ロボットに乗ったコウイチが『囮』になったのだ。
コウイチを——人を犠牲にするような作戦が、始まってしまった。そんな実感が各々の胸に去来し、皆複雑な表情を浮かべた。
しかし、レイストフは違った。
「発進前の最終確認を急げ」
毅然と告げられた指示に、止まっていた艦橋室が動き出す。
「
「
「
「
「
それぞれの報告を総括するように、ルーカスがレイストフに視線を送る。
レイストフはその視線を受け止め、最後にもう一度確かめるように黙考すると、目を見開き、告げた。
「——マグナヴィア、発進」
*
「——ッ!」
突き出した
飛び散る敵の死骸に構う暇もなく、四方八方から差し込まれる破壊の光を
しかし、二十以上もの射線を避け切れるはずもなく、数本の熱線がコウイチの機体を捉え、左腕と右脚に灼熱の痛みが走る。
「ッ……ぐ」
動きが鈍りかけるが、右手の紋章が何度目かの輝きを放ち、コウイチから痛みを切り離した。
直後、コウイチは曲芸飛行のようにふわりとループし、二体の巨大昆虫に
一体目は爆散し、二体目への攻撃は
(キリが……ねぇ!)
コウイチは再び殺到した光線の嵐を避けながら、内心でそう叫んだ。
戦闘開始から既に五体の巨大昆虫を倒したコウイチだったが、昆虫達の動きが鈍る様子はなく、彼らに仲間意識のようなものはない。
この数分の戦闘で得た情報といえば、そのくらいのものであった。
と、コウイチの拡張感覚が、宇宙を進むマグナヴィアを捉えた。徐々に加速しており、数分後には最大船速に達する速度だ。
「……ッ」
コウイチの心を焦りが支配した。
まだ突入点付近の敵を退かせてはいない。
このまま突っ込めば、マグナヴィアは裏宇宙への突入に失敗する。
当初は第一陣の敵の数を減らしてから引きつける予定だったが、そんな甘くはなかった。だが、そうも言ってられない。
コウイチは機体を最大まで加速させた。
周囲に浮かぶ星々の光点が流れる線となり、機体から吐き出されるレーン粒子の輝きが増加する。
しかし、敵の群れは平然とコウイチと並走してきている。
(……やるか……でも……)
コウイチの頬に、冷たい汗が伝った。
そして、システムに音声入力した。
「——
コウイチは
直後、機体が最大加速状態から更に加速し——押し潰さんばかりの慣性重力がコウイチの身体を包んだ。
「————」
息すらできないほどの圧迫感に包まれ、コウイチは痛みに悲鳴を上げることもできなかった。
だがそれは、搭乗者は自らの機体の中で
(——ッ!)
コウイチは自身の血液が背中側に偏っていく感触に耐えながら、拡張感覚で周囲を索敵した。
追随していた敵の群れは遥か後方。
そして、前方に——突入点付近に浮かぶ、巨大昆虫の群れに迫っている。
(この——まま——)
限界速度を出したことで悲鳴をあげる拡張人型骨格の腕を無理やりに動かし、
コウイチの狙いでは、この攻撃により巨大昆虫が分散、コウイチに殺到する。
——はずだった。
巨大昆虫の群れは一匹もその場を動かず、全体で巨大な
(……——ッ!)
コウイチは本能が告げる焦燥感に従い、続け様に
重力場は絶対の防御壁ではない。
重力場同士の干渉に弱いことに加え、その元となる粒子——
——1匹でも殺せば、動くはず。
そう考えての集中砲火だった。
しかし、またしてもコウイチの予想は裏切られた。
重力場そのものが生きているかのように、コウイチの狙った1匹の前で厚さを増した。
分厚い重力場は、コウイチの放った
そして、突入点の前を陣取った巨大昆虫達は、コウイチを攻撃するでもなく、ただ亀のように重力場を展開し、動かない。
(あんなこと……出来るのか……)
人類が重力制御を手にしてから8世紀余りが経過した現在でも、その手法は解明されていない。
「——ッ!」
コウイチは
だが、敵が襲ってくる気配はない。
敵を倒すことはできなくても、引きつけることはできる。
そう思っての発案だったのだが、ここにきて目論見が外れた。
次いで、コウイチの拡張感覚が二つの接近を捉えた。
一つは、先ほど引き離した巨大昆虫の第一波。
もう一つは、最大加速したマグナヴィアだ。既に船体を重力場で覆い初めている。
危機感を覚えたコウイチの意識を、畳み掛けるように機体の警告音が貫いた。
「——あ」
画面には、『
拡張人型骨格には、動力炉を搭載していない。
母艦からの
プロペラ型の風力発電機のようなものだ。
風が無ければ——母艦からの重力波が届かなければ——
現在、マグナヴィアは重力場に覆われ——重力波はその外には出れない。
(しまッ——)
コウイチは自身の失策を自覚した。
しかし無情にも、機体の動力源が
5分。
それが、コウイチの拡張人型骨格に許された戦闘稼働時間であった。
(どう——すれば——)
切羽詰まった状況の中で、冷たい真実だけが頭を巡る。
——突入点の敵は居座ったまま。退かせない。
——マグナヴィアはもう加速している。止められない。
——振り切った敵の第一波が戻って来る。時間はない。
——拡張人型骨格は、もうほとんど動かせない。
「ダメ——じゃん」
コウイチは他人事のようにそう呟いた。
(どうすれば……どうすればいい……?)
迷子の子供が母親を探すように、コウイチは無意識に当たりを見回した。
だが、解決の糸口が都合良く転がっているはずもなく、ただ無意に時間だけが過ぎ得ていく。
前には、巨大で重力場を展開した宇宙生物が居座っている。後ろから、1000人を乗せた航宙艦と、無慈悲な殺意を抱いた宇宙生物が迫る。
数十秒後には、マグナヴィアは巨大な重力場に激突し、コウイチは蜂の巣にされる。
マグナヴィアがその場で圧壊することはないかもしれないが、甚大な損害を受けるのは間違いない。そうなれば、あとはもう、見えている。
(そっ……か……みんな、死ぬ……のか)
死神に余命を告げられた重篤患者のように、コウイチは静かに目を瞑った。
みんな死ぬ。
アイリも、レイストフも。
モリスも、サドラン達も——。
(…………)
サドランの兄弟達も、死ぬ。
まだ初等教育すら受け切ってない子供達が、吹き荒ぶ破壊の嵐の中で、泣き叫びながら死んでいく。
——トクン。
心臓が微かに波打った。
脳裏に、子供特有の甲高いやかましい声と——無邪気な笑顔が浮かんだ。
——ドクン。
心臓が強く脈動した。
そしてその笑顔は、コウイチの過去を強烈に想起させた。
*
暖炉の暖かさに満たされたリビングで、両親が涙ぐみながら話している。
間に入りたかった少年が駆け寄り、2人に抱きつく。
——どうしたの?
少年の無邪気な質問に、父親は照れ臭そうに、母親は穏やかな笑みを浮かべた。
——あなたはもうすぐ、お兄ちゃんになるのよ。
——……どうゆうこと?
母親の言葉の意味が掴めず、小首を傾げる少年。
そんな少年の手を、母親が優しく手に取り、自身のお腹に当てる。
——ここにね、あなたの家族がいるのよ。
——家族……
それは少年にとって、この世で一番大切なものを示す言葉だ。
なんとなく意味を理解した少年が尋ねる。
——男の子?
——女の子よ。あなたの、『妹』になる子。
——妹……。
初めて口にするその響きに、少年は体の内側から湧き出るような力を感じた。
——この子のこと、守ってあげてね。『お兄ちゃん』。
——……うん。
少年は母親の暖かなお腹に手を添えながら、誓いの言葉のように告げた。
——俺、頑張るよ。妹は、俺が……
*
「…………」
意識が現実に戻る。
気がつけば、コウイチの手はガタガタと震えていた。
その震えは、怒りから来ていた。
その矛先は、理不尽なこの状況と——何より自身へと向けられていた。
「——けんな……」
鮮明に蘇った、封じていた記憶。
それは今までに感じたどんな感情よりも強力で、何よりも虚しいものだった。
「ざけんなァッ!」
コウイチの雄叫びに呼応するように、右手の紋章が眩い輝きを放ち——
直後、拡張人型骨格の内側から、赤い輝きが噴き出した。
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