SCENE 34:重量

 再び鳴り響いた探知機構レーダーシステムの警告音。

 その硬直から1番に回復したのは、やはりレイストフであった。


「——数と距離は!?」


 レイストフの言葉に、その場にいた全員が我に返り、それぞれの持ち場に戻っていく。アイリとモリスも補助をすべく、余った制御盤の前に座る。


 クロエに変わり、探知機能の制御盤へ座ったティアナが鋭く叫ぶ。


「当艦から約200万キロの地点に……ご、50以上……」

「——50……だと……」


 ティアナの報告にレイストフは静かに狼狽し、モニターの拡張人型骨格を見た。


 コウイチの乗る拡張人型骨格には右腕が肩の部分から消失し、背中の重力波受信機ウェーブアンテナは四枚の内、一枚が半ばから折れている。


 三体を相手にするのに、この損傷具合。

 今度はその十倍以上の数がいるのだ。


(無理だ……)


 今度ばかりは、コウイチが戦ってなんとかなるレベルではない。


 そう判断したレイストフが指示を出す。


「——裏宇宙レーンへ突入し、この宙域を離脱する!」


 艦橋室の各所から返事の声が上がり、各員が作業を開始した。

 先ほど、無理矢理にでも裏宇宙航行を強行しようとしていたため、大方の出航手順シークエンスは終わっている。


 楽勝だ——そう確信したレイストフの考えは、アイリの報告によって掻き消された。


「待って! 突入点ダイブポイント周辺に、敵がいるのよ!」

「……ッ!」


 レイストフは手元の制御盤を操作し、観測データを表示させる。

 マグナヴィアの突入予定の座標をように敵が展開していた。


「まさか……」

「敵が二つに分かれたぞ!」


 焦った声でラフィーが報告する。

 制御盤を見ると、半数が突入点に残り、残りがマグナヴィアに向けて迫ってきていた。


「敵が重力場を発生させてる……! あのまま居座られたら、裏宇宙への突入は!」

「——!」


 モリスが叫ぶ。


 裏宇宙への突入は、正確な重力制御が必要不可欠だ。

 歪曲重力場を周辺宙域に展開されれば、裏宇宙への突入成功率はガクンと落ちる。


 レイストフは恐怖した。

 あの強力な攻撃力を持った虫型生命体が、人間のような戦略を持っているとしたら——。


『——俺が道を作る』


 レイストフの硬直しかけた思考を、通信機越しのコウイチの声が動かした。


「何——」

「何言ってるの!?」

「…………」


 レイストフは困惑し、アイリが悲痛な叫びを上げた。その最中、シーラは人知れず、静かに艦橋室を出ていった。


『船体を突っ込ませろ。突入点ダイブポイント付近の敵は、俺が

「なッ……」


 レイストフはコウイチの提案に絶句した。


 要するに、マグナヴィアをのように射出して、敵の攻撃をやり過ごし、そのまま裏宇宙へ突入しようというのだ。


 その作戦には幾つもの問題があった。


 一つは、重力場で覆った後、方向の調整ができない点だ。


 射出時の方向が少しでもズレていれば、裏宇宙への突入点に入れない。


 二つ目は、コウイチが一人で、突入点付近の敵を一掃する必要がある。


 もしコウイチが敗北すれば、マグナヴィアは裏宇宙へ突入できず、背後から集中砲火を喰らう。


 そして3つ目は——。


「——はどうすんのよ!」


 アイリの怒りと不安を半々にした叫びが、通信機に突き刺さった。


 コウイチが敵と戦うならば、コウイチ自身が逃げるタイミングは無い等しい。


 長い沈黙の後、コウイチが答える。


『……頃合いを見て、船体に取り付く』


 コウイチの告げた内容に無理があることは、誰の目にも明らかだった。


 アイリが爆発したように叫ぶ。


「出来る訳ないでしょ!? そんなこと!」


 アイリは目元に涙すら浮かべながら叫んだ。

 しかしそれ以上、会話をしている時間は無かった。


 ティアナが鋭く叫ぶ。


「——敵との接触まで、150秒!」

「時間がない! 決めてくれ、会長!」


 ラフィーがレイストフに叫んだ。


 一瞬の静寂が艦橋室を包む。

 その場にいる誰もがレイストフを見ていた。


 永遠にも感じられる数秒の後、レイストフは顔を上げ、呟いた。


「……最大加速後、重力場フィールドを船体に沿って展開、裏宇宙レーンへ突入する」


 空間が真空になったような静寂が包んだ。


 その宣言は実質的に、コウイチを見捨てることを意味していた。

 だが、それに真っ先に答えたのは、コウイチだった。


『——了解』


 それだけ告げ、コウイチは通信を閉じた。


 その場にいる全員が硬直していたが、やがて口々に『了解』と呟いた。


 ——たった一人を除いて。


 アイリがレイストフの肩を掴む。


「レイ、正気なの!? コウイチを——」

「アイリ、俺は——」


 レイストフは爆発しそうになる感情を抑えながら、震える声でアイリを説得しようとした。


 しかし、アイリはその説得を始める前に、ヒステリックに叫んだ。


「でも、このままじゃコウイチは——!」

「——ッ!」


 レイストフはその手を強く振り払った。


 繰り返されるコウイチという単語は、我慢していたレイストフの自制心を吹き飛ばした。


 その表情には、鬼気迫るものがあった。


「この船には、千人以上が乗ってるんだぞ!」

「……ッ!」


 アイリがビクリと震えた。

 アイリの言葉には、その命がすっぽりと抜けているように、レイストフには感じられた。


「小さい子だっている……知ってるはずだ!」

「で、でも……でも……!」


 レイストフの正論に聞こえる論弁に、アイリは抗う術を知らなかった。

 アイリに、レイストフは吐き捨てるように呟いた。


「コウイチ以外、どうでもいいのか!?」

「——ッ……」


 レイストフは自身の言い方が卑怯であることを自覚していたが、それでも吐き出した心情は止まらなかった。


「もう、そういうのは……よせよ」

「…………」


 腰が抜けたように座り込んだアイリをよそに、レイストフは自分の席へと戻り、作業を開始した。


「……クソ」


 レイストフは誰にも聞かれないような小声で、そう呟いた。





マグナヴィアの巨大な船体が一瞬、ブルリと震えた。


 直後、ローバス・イオタの外壁に張り付いていたマグナヴィアが、ゆっくりと外壁から離れていく。


 拡張感覚でマグナヴィアがを調整し始めたのを感じ取ると、コウイチは機体を向き直させた。


 マグナヴィアの進行方向、拡張人型骨格オーグメントフレームの正面20万キロメートル先。

 そこには裏宇宙レーンへの突入点があり——50体以上の巨大昆虫がいる。


(…………)


 コウイチを目を閉じ、意識を集中させた。

 拡張感覚が、自身の——拡張人型骨格の機体の損傷具合を捉えた。


 人間でいう肩甲骨の辺りに鋭利な断面が除き、あるべき右腕はない。

 背部に伸びる重力波受信機ウェーブアンテナは一枚が根本から溶解し、残る三枚も受信容量が30%ほどしかない。


 満身創痍と言っていい状態だった。

 そしてその状態で、これから50体もの巨大昆虫と戦わなければいけない。


(……できるはずだ)


 例え機体が万全であっても、あの数相手に勝ち目はない。


 虫達は、拡張人型骨格に対して敵意があるらしい。

 コウイチが出撃した後、マグナヴィアを攻撃していた虫達も躍起になって折ってきたのがいい証拠だ。


『囮』は有効。


(……距離をとりつつ、突入点付近の敵を攻撃、引きつける)


 それが唯一のだったが——その計算式に、コウイチ自身の生存は含まれていない。


 そんな自己犠牲的な考え方をしている自分に違和感を感じたが、『間違っている』とまでは思わなかった。


(だって……しょうがないだろ)


 目の前に、二つのボタンがある。


 片方を押せば、全員が確実に死ぬ。

 もう片方を押せば、一人が死ぬが、他全員が助かる可能性がある。


 考えるまでもなく、押すべきなのは後者だ。


(そうでなきゃ……いけないだろ)


 1人か1000人、どちらが重いか。

 秤に乗せてみれば、子供にだってわかる。


 映画フィルムなんかではたまに、平凡な1000人よりも突出した1人を助けることはある。もしくは、最愛の人はその他大勢より重い、みたいな。


 だけど、これは現実だ。

 秤は狂わない。


(しょうがない……アイツらの方が……んだから)


 脳裏に浮かんだのは、2人の幼馴染達。

 レイストフは巨大複合企業エルネストグループの次期総裁で、アイリは何だって器用にこなす優秀な人材だ。


 モリスやサドランとその兄弟達、その他名前を知らない1000人達だって、未来の重みを持っている。


 方や自分は——なのだ。

 比べるまでもない。


(だから……)


 直後、コウイチの拡張感覚が接近する巨大昆虫の群れを捉えた。


 数は27。凄まじい速度でマグナヴィアに迫ってきている。まずは、あの群れをマグナヴィアから離さなければならない。


「死ねよ——」


 コウイチは空虚な表情でそう呟くと、機体を全開推進フルスロットルで群れに向かって突撃させた。

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