SCENE 33:悄然

 艦橋室の中央モニターに映るのは、最後の1匹を撃破した拡張人型骨格の姿。

 爆散した巨大昆虫の残骸の中で、骸骨の騎士は悠然と佇んでいる。


 ラフィーが唖然とした表情で呟く。


「す……すっげぇ……」


 数分にも満たない短い戦闘の、更にその一部しか見ていないラフィーの目にも、その拡張人型骨格の動きは別次元な強さを持っているように思えた。


 ラフィーだけでなく、気絶から目覚めたティアナ、クロエ、ダミアンもがその光景に見惚れていた。


「……何なのだ、あのロボットは……」


 ダミアンが夢見心地のような声音で呟く。


「あれは……味方……なのよね」

「……我々を守って下さる、騎士様ですよ」


 ティアナが痛む頭を抑えながら呟く。

 クロエに至っては、何か崇高なものを見ているような視線を拡張人型骨格に向けている。


 一方、レイストフとルーカスは、猛然と制御盤での作業を進めていた。

 巨大な昆虫に向かっていった時、拡張人型骨格が時間を稼ぐために戦ってくれていることを察し、作業を再開したのだ。


 そして、そのおかげで。


「——調整、終了だ」


 レイストフが裏宇宙航行プログラムの調整を終えたことを告げた。これで、裏宇宙に突入することが可能となったのだ。


 危機が去り、いつもの様子に戻り始めたラフィーが軽口を叩く。


「さっすが会長。まぁ、もう必要なさそうだけどな」

「……やっておくに越したことはないだろう」


 ラフィーの軽口に、レイストフが珍しく薄い笑みを浮かべ、中央モニターに映る拡張人型骨格を見た。


(本当に……コウイチ……なのか?)


 あの時——死を覚悟した時、無意識にレイストフはコウイチだと感じた。

 しかし、冷静になって考えてみると、そんな根拠はどこにもない。


「アレの操縦者パイロットとは、通信できないのか」

「やってみます」


 レイストフの言葉に、ルーカスが制御盤を叩き始める。


 その直後、艦橋室の扉が開いた。

 現れたのは、血相を変えたアイリとモリス、シーラだった。


「——レイ! コウイチが!」

「失礼しますよっ!」

「…………」


 そう告げるや否や、3人は固まる生徒会メンバーの元へと走ってきた。

 ティアナはアイリの姿を見て顔を険しくし、レイストフは驚いた表情を見せた。


「あ、あなた達、勝手に……」

「なんで、ここに——」


 レイストフは理由を聞こうとして、アイリの告げた言葉に引っかかった。


「……今、コウイチと言ったか」


 眉根を寄せたレイストフに、アイリが掴みかかり叫ぶ。


「コウイチが、ロボットに乗って——ここなら通信できるでしょ!?」

「コウイチが……本当に……」


 アイリの焦燥とは別に、レイストフは困惑に囚われていた。

 あのロボット——拡張人型骨格に乗っているのが、本当にコウイチだとは思わなかったのだ。


「とにかく、やめさせないと——!」

「ちょいちょい」


 戦闘の結果を知らないらしいアイリに、ラフィーがどうどうと宥めるように制すると、指で中央モニターを示す。


「何!?」

「もう終わってるよ。"コウイチ"君は無事さ」

「……え?」


 ラフィーの言葉に、爆発寸前だったアイリが艦橋室のモニターに目を向けた。


 そこに映るのは、何かの残骸の中に佇む拡張人型骨格の姿。

 右腕こそないものの、胴体部に損傷はない。


「無事どころか——敵、ぜーんぶやっつけちゃったよ、


 肩をすくめながら、なぜかラフィーが自慢気に呟く。

 その言葉が真実であることは、艦橋室にいる生徒達の反応からも分かった。


「コウイチが……?」

「マジかよ……」

「…………」


 アイリとモリスは困惑気味に呟く中、シーラは驚くこともなく、静かにモニターに映る拡張人型骨格を眺めていた。


 そんな折、ルーカスが声を上げた。


「——機体との通信、繋がりました」

「そ……うか」


 レイストフは戸惑っていた。

 窮地を救った拡張人型骨格の操縦者が、あのコウイチだと知って、何を話したらいいか分からなくなったのだ。

y

 死を覚悟したあの一瞬、昔の頃のような感覚に戻りかけた。

 だが、過去から積み上げられてきた歴史は消えない。


(コウイチ……お前は……)


 レイストフが手をこまねていると、横からアイリが通信機を掻っ攫った。

 そしてそのまま、通信機に向かって怒鳴り散らした。


「——あんたね! 急にロボットに乗り込んだと思ったら、何も言わずに出て行くなんて! それに——……」


 説教じみた怒涛の剣幕に、生徒会のメンバーは夫婦喧嘩を聞かされているような気恥ずかしさを覚えていたが、アイリの凄まじい怒り様に誰も口を挟めずにいた。


 アイリの怒声の隙間に聞こえる僅かなコウイチの声を聞き、レイストフはアイリを宥める様に手を伸ばした。


「もういいか?」

「……とりあえずは」


 アイリは不肖不精と言った具合でレイストフに通信機を渡した。

 レイストフは何を言うか迷った挙句、モゴモゴと呟いた。


「——コウイチ」

『……何だよ』


 ややあって返ってきたコウイチの声も、気まずさを感じる硬い声だった。

 レイストフも次に話す言葉を探し、やっとのことで吐き出した。


「……その……助かった」

『…………別に』


 レイストフとコウイチの会話に、側で聞いていたアイリが驚きの顔を浮かべた。


 まともに会話することもなかったレイストフが、礼を言った。

 ずっと昔の関係に戻りたいと思っていたアイリにとって、そして上手く行かずにいたアイリにとって、衝撃だった。


 二人の様子は昔のままとは行かずとも、往年の仲の良さを思い出させるには充分な距離感を感じていた。


「動けるなら、マグナヴィアに——」


 ——戻れ。

 そうレイストフが告げようとした時、再び甲高い音が鳴り響いた。


 瞬間、生徒会メンバーの顔が強張ったのは、彼らにとって絶望の音となるには十分な経験をしていたからだ。


 探知機構レーダーシステムが、新たな接近者の存在を知らせていた。

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