SCENE 32:交錯

「ハァッ……ハァッ……!」


 コウイチは荒い息を吐きながら、今しがた殴り飛ばした生物を『拡張感覚』で捉えていた。


 拡張人型骨格オーグメント・フレームは、搭乗者の感覚——視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚の全てを機体外へとする。


 拡張人型骨格から周囲数キロに渡って散布されるレーン粒子を通じ、情報が感覚拡張冠オーグメントギアから搭乗者に伝達するのだ。


 それにより——レーン粒子の散布された範囲に限定されるが——敵の位置や速度、予備動作に至るまで、『感覚』として把握出来る。


 だがそれは、自分の身体を数キロにも渡って『拡張』する、異様な感覚を操縦者に与える。


 実際、コウイチは身体が引き伸ばされるような感覚に、激しい不快感を感じていた。


 加えて。


(……何なんだよ……アレは)


 機能のせいで、敵の姿形までもを、その手で触れているかのように、正確に掴むことが出来てしまっていた。


 コウイチが相手しているのは、全長6.25メートルの巨大な虫型生物だ。


 ゴキブリをその手に乗せているかのような不快感が全身を覆い——次いで、昆虫生物の持つ高い攻撃能力に恐怖した。


 (三匹だけで、マグナヴィアを穴だらけに……)


 その事実を再認識し、ブルリ、とコウイチの身体が痙攣した。


 衝動に身を任せて宇宙に飛び出したものの、今になって自身の状況を冷静に理解した。


 今、コウイチは拡張人型骨格と一体となっている。

 自分の身体を動かすように、ほとんどなく動かせる。


 その巨大な右手には、ククリナイフのような形をした奇妙な武器が握られている。


 鎖鋸銃チェーンガン

 格納庫に収容されていた拡張人型骨格専用の武装だ。


 一見、剣の形をした巨大な鎖鋸チェーンソーのように見えるが、柄と刀身部分の間には引き金トリガー、刀身の先端には銃口マズルが開いている。


 高速で回転する極小の単分子刃モノブレードで敵を切り裂き、銃口からは拡張人型骨格の本体——重力場発生装置フィールドジェネレーターから供給される重力子を砲弾として射出する。


 銃と剣と鎖鋸をごちゃ混ぜにしたような、奇妙な武器。


 そんな謎の武器を持って、謎の人型兵器に乗って、謎の宇宙生物と戦おうとしている。


 謎だらけで、無茶苦茶だ。


 (……俺、何してんだろ……こんな所で……)


 先ほどまで体を突き動かしていた炎のような衝動が鎮火していき、急激に不安が押し寄せてくる。


 周囲に広がる宇宙空間が、まるで氷のように冷たく感じられた。


 (……でも……)


 コウイチは自身をここに飛び出させた衝動を意識的に、再度、胸の内に灯した。


(怯えるな……すくむな……)


 コウイチは両手を肩に置き、自身に言い聞かせるように心の中で呟いた。


(俺なら……出来るはずだ……)


 コウイチが意思に応えるように、右手の紋章が強く輝いた。


「……ああァッ!!」


 コウイチは裏返った叫びを上げると、機体を全力推進フルスロットルで動かした。


 拡張人型骨格の背部から放たれるレーン粒子が、宇宙空間に青い弧を描いた。

 感覚が、殴り飛ばされた巨大昆虫がようやくその体勢を立て直したのを捉えた。


 コウイチは紋章の力で戦い方を知っていたが、その通り動かせるかどうかは別だった。


 手にした鎖鋸銃チェーンガンで重力子砲を撃ち、遠距離から仕留めるのが最善であったが、コウイチは増幅された衝動により判断力を失っていた。


 鎖鋸銃チェーンガンの刃を覆う極小の単分子刃モノブレードが作動し、唸りを上げる。


 コウイチの機体が頭がひしゃげた巨大昆虫に肉薄し、その勢いのまま、右手の鎖鋸銃チェーンガンを大きく振りかぶる。


 それは敵に留めを刺すには余りにも大振りで、隙だらけであった。

 巨大昆虫の潰れた赤眼がぎらりと輝き、鎌のように鋭い左前脚が煌めいた。


 直後、拡張人型骨格の右腕は肩部からしていた。

 雷に打たれたような激痛が、コウイチの右肩に走る。


「——ッ」


 余りの痛みに、視界が明滅する。

 だが次の瞬間には右手の紋章が輝き、痛みを


 コウイチは強制的に冷静になった思考に導かれ、左大腿部に収納された鎖鋸刃チェーンナイフ——鎖鋸銃チェーンガンの銃機構を除いた、小型近接装備だ——を引き抜いた。


 勢いまま単分子刃を作動させ、鎖鋸刃チェーンナイフを巨大昆虫の首元に向けて振り抜いた。


 バギン、と硬い物質同士が接触する感触。


「——らァッ!!」


 コウイチの叫びに連動し、鎖鋸刃チェーンナイフは巨大昆虫の内部構造をミキサーにしながら削り進み、数瞬後に巨大昆虫の頭部を切り離した。


 ババッ、と噴き出した巨大昆虫の血液が拡張人型骨格の左腕に付着する。

 切り離された頭部の赤眼は光を明滅させ、やがて消えた。


「ハッ……クッソ……ハァッ……!」


 荒い息のまま、機体に張り付く巨大昆虫の血液の不快感に愚痴を呟いた。

 しかし、それ以上の愚痴る猶予は残っていなかった。


(——ッ)


 首元の後ろの辺りが、ピリ、と痺れるような感覚。


 瞬間、コウイチは機体を急上昇させた。


 直後、コウイチの機体があった箇所に強烈な青い光が通過し、巨大昆虫の死骸が蒸発した。


 その後も、数秒の間を開けて閃光が機体を掠める。

 コウイチは回避機動ランダムマニューバを取りながら、新たに接近する敵の位置を捉えていた。


 二体の巨大昆虫が、左右に旋回しながらコウイチを囲むように迫ってきている。


(なら——!)


 コウイチは慣性制御重力場イナーシャルフィールドを全力展開し、機体を急反転させた。


 二本の光線が本来の機体進路を貫く。

 その隙を逃さず、コウイチは左から迫る巨大昆虫に全開推進フルスロットルで直進した。


 一瞬、巨大昆虫は戸惑うような仕草を見せたが、コウイチが直進してくるのを見ると、冷静に口元に青い輝きを溜め始めた。


 しかし、コウイチは進路を変えない。

 前触れもなく、巨大昆虫の口元から破壊の光が放たれる。


(今——ッ)


 瞬間、拡張人型骨格の周囲に透明な力場——重力場フィールドが展開され、光は明後日の方向へと弾かれた。


 巨大昆虫は未だ健在な拡張人型骨格を見て、驚いたように赤い目を輝かせた。


(——いけるッ!)


 コウイチは凶悪な笑みを浮かべながら、左腕の鎖鋸刃チェーンナイフを腰だめに構え、槍のように突き出した。


 だが、その笑みはすぐに引っ込んだ。


 突き出した鎖鋸刃チェーンナイフが、に阻まれるように巨大昆虫の眼前で止まったのだ。


(まさか——)


 コウイチが事態を把握したと同時に、背後から光線が迫り、今度こそ拡張人型骨格の背中を捉えた。


「——ッ!!」


 背中に赤熱化した鉄棒を押しつけられたような痛みが走り、拡張人型骨格は錐揉みしながら宇宙の闇の中へ沈んでいった。


 再び紋章が輝き、背中の痛みを切り離したと同時に、コウイチは冷静さを取り戻した。


 回避機動ランダムマニューバで降り注ぐ赤光を避けながら、コウイチは紋章から『知識』を引き出し、作戦を組み立てた。


(奴等も重力場フィールドを使える……のか——)


 意識を敵の位置把握に集中させる。

 二体の巨大昆虫は手負いの拡張人型骨格を仕留めるべく、コウイチを追ってきている。


 そして、も見つけた。


(来い……そのまま、追って来い……!)


 重力場の展開は、重力推進を妨げる。

 そのため、回避と防御は同時には出来ない。


 だがそれは、巨大昆虫にとっても同じだ。


 コウイチは放たれる光を回避することにのみ専念し、に誘導して行く。


 先ほどのコウイチと同じ手は使わせないつもりのようで、巨大昆虫は先ほどより互いに近い距離を保っている。


 一体目が接触した直後、二体目が急襲、仕留めるつもりのようだ。シンプルながらも効果的な戦略だ。


 コウイチは速度を緩め、調整していく。

 接触する地点は、でなければならない。


 速度低下を好機と捉えたのか、一体目の巨大昆虫が速度を上げて拡張人型骨格に迫る。


 逃げるコウイチに追随し、昆虫の口元が赤く輝いた時、拡張人型骨格が振り向き、鎖鋸刃チェーンナイフを突き出した。


 だが、その行動を予想していた巨大昆虫が重力場を発生させ——られなかった。


 コウイチが巨大昆虫が重力場を展開するタイミングを読み切り、重力場を同時に展開させ——中和ニュートライズし、展開を消去キャンセルしたためだ。


 重力子の超対称性粒子であるレーン粒子によって制御される重力場は、展開時の瞬間においてのみ、作用源であるレーン粒子同士の干渉に非常に弱い。


 コウイチはその瞬間を狙っていた。


「——だァッ!」


 拡張人型骨格が突き出した鎖鋸刃チェーンナイフは、血飛沫を上げながら昆虫の頭部にめり込んだ。


 昆虫の死亡を確認する間も無く、二体目の巨大昆虫が肉薄していた。


 既に武装である鎖鋸刃チェーンナイフは巨大昆虫の体内深くだ。

 即座に取り出すことは出来ない上、取り出せたとしても、巨大昆虫の攻撃を防げるほどのリーチはない。


 絶望的状況。

 しかし、コウイチの顔には引き攣った笑みがあった。


 拡張人型骨格を切断するべく、巨大昆虫はぬらりと光る凶悪な前脚を振り下ろした。


 次の瞬間。


 巨大昆虫が捉えたのは、両断された拡張人型骨格の姿ではなく、根本から切断された自身の両前脚だった。


 撒き散らされた血飛沫の中で、拡張人型骨格の頭部バイザーが嘲笑うようにまたたいた。


 左手には失ったはずの鎖鋸銃チェーンガンが握られており、その銃口は自身の胸元に突きつけられていて——。


『——くたばれ』


 コウイチの呟きと同時に、重力子の青い輝きが巨大昆虫を粉砕した。

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