SCENE 31:異形
艦橋室では、レイストフとルーカスによる必死の作業が続けられていた。
玉のような汗を浮かべながら、レイストフとルーカスが懸命に制御板を叩いている。
だが、そんな懸命な努力を無にする音が響き渡った。
「——敵の観測データが来たぞ!」
ラフィーが焦燥の表情を浮かべながら叫び、解析結果を中央モニターに転送した。
その言葉に、決死の作業を進めていたレイストフとルーカスが視線をやった。
正体によっては、今からでも降伏の通信を送ることができるかもしれないからだ。
だが。
モニターを見たレイストフとルーカスは、作業の手を止めてしまっていた。
中央モニターに映った敵の姿が、余りにも常識から外れたものだったからだ。
「……なんだ……これは……」
「……そんな……」
——虫。
一言で言えば、敵の正体は、全長6メートル強の昆虫らしきモノだった。
だが、マグナヴィアの
虫の内部から、
だが、虫の体組成に金属物質の反応はない。
体組織の多くは昆虫の外皮組成に多いキチンやクチクラに良く似た物質で構成されている。
つまりは、生物ということになる。
「な……なんだよ……これ……」
ラフィーはモニターの映像に気圧されるように後ずさった。
直後、硬直していた3人を崩すように、再度の衝撃がマグナヴィアを襲った。
今度の攻撃は装甲を貫通したらしく、一段と激しい衝撃がマグナヴィアを揺らし、艦橋室の照明を明滅させた。
中央演算装置が至近距離に近づいた敵を捉えたらしく、自動的に中央モニターが外部カメラの映像に切り替わった。
そこには、マグナヴィアを軸に高速で飛び回る巨大な昆虫の姿が映っていた。
その姿は、中央演算装置が解析したものと同じであった。
観測装置の故障でもなく、中央演算装置が不具合を起こしたわけでもない。
——今マグナヴィアを襲っているのは、正体不明の
冗談みたいな現実に、3人は凍りついていた。
直後、外部カメラの一つが、急停止した巨大昆虫を捉えた。
急停止した場所は、マグナヴィア船体後部の上空。つまりは、3人がいる艦橋室の真上だ。
巨大昆虫の鋭利な鋏に覆われた口元が赤く輝き始め、細長い砲塔のような器官が迫り出した。
迫り出した砲塔は——マグナヴィアの艦橋室の場所を正確に指し示していた。
マグナヴィアを何度となく襲い、遠距離からでも装甲を溶解させるほどの攻撃が、ほとんど零距離で打ち込まれようとしている。
それも、自分達のいる艦橋室に向かって。
「あッ……ああッ!」
その事実をようやく認識したラフィーが、恐怖で震え、倒れ込んだ。
逃げようとバタバタもがくが、足に力が入らず、立ち上がることすらできない。
「…………」
「レイストフ様ッ!」
レイストフはその赤い輝きに魅せられたかのように微動だにせず、ルーカスが焦燥の表情で叫んだ。
(死ぬのか……こんな……ところで……)
レイストフは硬直した思考の中で、ぼんやりとそう思った。
——死。
それは、いつか訪れる遠い未来の災害のように思っていた。
抗うこともできず、ただ受け入れるのみ。
出来ることといえば、その時が来るまでに精一杯生きるだけ。
そんな後ろ向きな対策しかできない事象に対して、レイストフは興味を持てなかった。実感も湧かなかった。
自分は
陰謀も策謀も身近にあったものの、それ以上に自分を守ろうとする力は圧倒的だった。
だから今まで、明確な死を感じずに済んだ。
だが、1週間前のローバス・イオタの事件の時、初めて明確に『死』を感じた。
自分の無力さを知った。
だがマグナヴィアという希望の芽を手に入れ、今度こそ全力で取り組んで、生き抜いてやると思った。
実際、やれることは全力でやった。
だというのに、今、無情にも人生が終わろうとしている。
こんな理不尽があるか?
何をしても抗うことができないなんて。
そんなの、許されていいのか?
ダメだろ……なぁ……。
「アイリ……」
レイストフの口を割って出たのは、想い続けた少女の名前。
そして、脳裏には幼い頃の幻影が浮かんだ。
レイストフがピンチに陥った時、いつでも助けに駆けつけてくれたヒーロー。
「助……けてくれ……コウイチ……」
そう弱々しく呟いたレイストフの表情は、泣き虫だった幼い頃に戻っていた。
昆虫の赤い輝きが強さを増していき、その力が放たれようとした、その時。
——青い光が走り、昆虫の頭に着弾した。
赤い輝きが誘爆し、昆虫の口元が無惨に溶解した。
驚いた様子の昆虫の頭に、次いで、銀色の拳が叩き込まれ、巨大昆虫は縦回転しながら吹き飛んでいった。
昆虫の代わり映ったのは、全長10メートルの銀色の巨人。
細長い骸骨のような体に、四枚の羽根。
右手には、銃と剣が融合したような奇妙なものが握られている。
『骸骨の騎士』といった風情で、救援にしては不気味な容姿ではあったが、レイストフの目には紛れもなく——英雄として映った。
「コウ……イチ……」
レイストフは根拠もなく——しかし確信を持って、巨人に乗っている少年の名を呟いた。
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