SCENE 04:潜影
学園層の一角。廃業したテナントが立ち並ぶ建物の一室で、一人の男が窓際に立っていた。
男は30代近く、ローバス・イオタで働く正規整備士のツナギを着ていた。だが、その目付きや身体から発せられる鋭い雰囲気は、常人とは言い難いものがあった。
視界では、一人の黒髪の少年が傷付いた身体を引き摺りながら、栗色の髪の少女の元を離れていく様子が映っていた。
しばらくの間、その空間だけぽっかり穴が空いたような空白が広がっていたが、すぐに昇降機から降りてきた新しい生徒達の波に飲み込まれ、少女の姿も見えなくなった。
「…………」
特に理由もなく眺めていたが、なんとなしに少女がどこに行ったのか気になり、生徒達の波の中で栗色の髪を探していると、ガチャリと扉が開く音が聞こえた。
男は鋭い目付きで扉を睨むが、すぐに警戒を解いた。現れたのは20代くらいの若い男で、窓際の男と同じく整備士のツナギを着ていた。
窓際の男が低い声で尋ねる。
「——首尾は」
男は窓際まで歩くと、呟くように答えた。部屋に盗聴器などないことは承知していたが、大きな声で言えるものでもなかった。
「空調システムに
相方の言葉に、男は頷く。
「……ディスクは
「そうか」
若い男は無表情に頷き、報告を続けた。
「
「……ああ」
報告への反応が鈍い相方に、若い男が眉根を潜めて尋ねる。
「どうした」
しかし、相方のその問いにも、男はしばらく答えなかった。若い男は苛立ちを抑えながら、男の返答を辛抱強く待った。
しばらくして、男ははようやく口を開いた。
「我々は、正しいことをしようとしている——未来のために」
男の独白のような言葉に、若い男はその先の内容を連想させた。
「……何が言いたい」
若い男は怒りを滲ませつつ、その先を尋ねた。
男は、眼下に広がる学園の街を歩く、少年少女達を眺めていた。無邪気につつき合い、踊るように街を駆ける子供達。まだ見ぬ可能性を秘めた未来の象徴。
「だがら彼らに未来はない。我々が——奪うからだ」
渇いた目でそう呟いた男の胸倉を、若い男が瞬時に掴み上げた。
「今更、
先ほどまでの静寂は一変し、部屋に怒気が満たされる。
「今までの作戦を——散っていった同志達の命を、無駄にするつもりか!?」
「…………」
男は胸倉を掴まれたまま、視線を逸らした。
自分達が作戦によって引き起こされる結果は限りなく悪に近く、まず持って天国には行けそうも無い。
だが、男はこの作戦が正しいと信じていた。
自分達が行動を起こさねば、更なる最悪の結果が引き起こされると。
部屋を長い沈黙が包む。
だがついぞ、男はその心の内を言葉にすることは無かった。
若い男は舌打ちしながら男を離した。
男は乱れた襟元を直すこともせず、静かに部屋の扉へと歩き始めた。
「予定通り、7時間後に作戦を決行する……いいな」
「……ああ」
男は背中にかかった声に短く応えると、部屋を出た。
何年も掃除されていないカビ臭い通路を歩いていくと、『非常口』と書かれたプレートかかった扉を開ける。先ほどまでとは違う清潔な風が頬を包み、肌を光が照らした。
螺旋状に下へと伸びる、古びたアルミの階段を下っていく。あちこちが腐食した階段は、男が一歩降りるごとに金属が軋む不快な音を鳴らした。
現在は昼過ぎ。
疑似太陽光放射装置もほぼ真上に輝いており、階段は下に行くにつれて影になっていた。
「…………」
男は先ほど感じた、戸惑いや後悔、絶望が形となって現れたように見えて、影に入ることを躊躇した。
(俺は……)
男は強く拳を握ると、音を軋ませながらゆっくりと影の中へと降りていった。
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