SCENE 05:黄昏時
学園層の商業区の喫茶店『アモルファス』。
店内は明るめの木目調で統一され、テーブル席、カウンター席合わせて30名を収容可能。看板メニューは、グロテスクな見た目に反して美味な『焼きそばパフェ』。
ウェイトレスの服装はロング丈のメイド服で、ウェイトレスの女子生徒達の容姿が整った子ばかりが揃っているため、男女問わず非常に人気が高い。
だが、ピークを過ぎた午後6時過ぎの現在、夕日が差し込み、店内に客は1人もいない。
店内で働く一人のウェイトレス——アイリは手にした台拭きで、黙々と机を磨いていた。
メイド服に身を包んだアイリの姿は、細身ながらも出る所は出ているアイリのプロポーションを強調しながらも、丈の長いスカートがお淑やかさを演出している。
明るい栗色の髪は後ろで短く纏められ、黒い
男子生徒が夢中になって通うのも納得の可愛さであるが、そんなアイリの表情は浮かない。
拭き上げたメニュー表をスタンドに戻し、椅子周りのゴミを掃き、椅子と机を吹き上げていると、ふと自分の右手が目に止まった。
「…………」
脳裏に浮かぶのは、先のフォード達との一件だ。
助け起こそうとしたアイリの手は、コウイチに弾かれた。拒絶——少なくとも、アイリにはそう思えた。
「…………」
じっと、弾かれた右手を見つめる。
腫れてはいないはずなのに、あの時の痛みがずっと残っているような感覚があった。
その痛みは、ローバス・イオタに入学してからの上手くいかない日々を思い出させ、憂鬱になって、先の一件を思い出し、また過去を思い出す。
そんな思考のループを続けていたおかげで、今日は仕事でミスばかりだった。申し訳なくて、今回は店のクローズまで1人でやると言って、他の子達には帰ってもらった。
だが、1人になったからと言って気が晴れる訳でもなく、アイリは悶々とした気分に囚われ続けていた。
(コウイチ……)
何度目かも分からない溜め息が漏れた時。
「——ため息、キャーッチ!」
そんな声と共に、横から手が伸びた。
その手は何かを包むように両手でお椀のように形作られ——
「アーンド、リ・リーース!」
「ぶっ」
——そのまま、アイリの口元に直撃した。
アッパー気味に入った手が、アイリの視界を天井に向けた。
そのまま硬直するアイリの耳に、チッチッチッと可愛らしい声が聞こえてくる。
「溜息吐くとさ。幸せ、逃げちゃうよ?」
「…………」
アイリは声の主が誰なのか知っていたし、これが自分を心配しての行動なのも理性では理解していた。
しかし人は感情で動く生き物であり、アイリも例外では無かった。アイリは視界を戻すと同時に、声の主の脳天めがけて全力で手刀を振り下した。
「——ふんッ!」
「ンのッ」
奇妙な悲鳴をあげて、その人物はその場にうずくまった。アイリが呆れ顔を浮かべながら、目の前の少女に尋ねた。
「——いつ来てたの、タンテ」
「……さっき」
叩かれた部分をさすりながら、目の前の少女——タンテ・クラッチが涙目で立ち上がった。
茶髪のツインテールで、クリクリとした目。
小柄な身体付きに反して活発な性格で、趣味はデバガメとネット記事の作成とかなりアレな趣味をしている。
アイリと同じ船務科であり——ローバス・イオタで最も長い時間を過ごしたルームメイトである。
「今回は結構、強くいったな」
「マニ……」
そこでようやく、アイリはタンテの後ろにもう1人がいることに気づいた。
同じ船務科の制服を身に包んだ、褐色肌に黒髪ショートの長身少女——マニ・サウダ。
キリッとした見た目もさることながら、面倒見の良い姉御肌な性格なので、女子生徒からは熱狂的な人気がある。
タンテ、マニの2人は、ローバス・イオタに入学して以降、アイリが最も一緒にいる友人達であった。
*
学園層の人工太陽は沈みかかり、遠くの壁面プロジェクターに映る空も茜色に染まり、夕暮れのメインストリートを歩くアイリ達3人の影を長く伸ばしている。
「——三馬鹿に乗せられて、
タンテがアイリの話した昼間の一幕をそうまとめた。
「……まぁ、そんな感じ……なのかな」
アイリはコウイチを間抜けな感じにいう言種に引っかかったが、大方合っているので否定できなかった。
タンテが馬鹿馬鹿しい、とばかりに後ろ手を組みながら言い放つ。
「ただの八つ当たりじゃん? そんなのさ」
「……でも」
八つ当たり、客観的に見ればそうなる。
あの場にいた誰もが、そう思うだろう。
それだけじゃないと、アイリが思ってしまうのは、3人が幼馴染だからである。
——そう、レイストフもまた、幼馴染なのだ。
コウイチ、アイリ、レイストフの3人は同じ
だが仲が良かったのは、5年ほど前までの事だ。あんな事件が起きてから、徐々に歯車がズレ始め——今では、3人で揃うことはない。
(——いつか、昔みたいに)
もう何度となく繰り返したその願いは、声にはならない。
アイリは益体もなく話すタンテとマニの背中を眺めてから、その奥に視線を向けた。
壁面に映る空が、茜色から暗闇に染まろうとしていた。
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