SCENE 06:生徒会

 生徒会室から見える外の景色は、既に夕闇へと染まり始めていた。


 遠くに見える壁面プロジェクターに、茜と黒のグラデーションが不規則に広がっていく。中央校舎4階から見える景色としては、破格のものだろう。


 だが、そんな景色に見入っている生徒は一人もいない。


 据え置き型の端末が所狭しと並び、壁際には資料らしき紙片がうず高く積まれた生徒会室にいる4人の生徒は皆、自席で何らかの作業を行なっていた。


 鍵盤キーボードを叩く音だけが無機質に響く生徒会室に、静かな声が放たれた。


「——私、やはり納得できませんわ」


 席を立ったのは、ティアナ・クランヴィル。

 生徒会副会長にして、名実共にお嬢様な金髪少女だ。


 ティアナの視線は、生徒会室最奥部、一際大きな会長席に座ったレイストフへと向けられていた。


 レイストフはその視線に気付いていたが、しばらくの間ティアナの言葉にも反応せず、黙々と端末を叩いていた。


 やがて諦めたのか、静かに動きを止めた。


「……何がだ」


 そう呟きつつも、レイストフは端末に映る資料に目を通したままで、立ち上がったティアナには目線を合わせない。


 その態度に、ティアナは一層苛立ちを感じつつ、抑えた声で告げる。


「今日の暴力事件——その罰則の対象者に関してですわ」


 ティアナとレイストフは、昼過ぎにコウイチとフォードの私闘に遭遇したのだ。ティアナはその処遇について不満があった。


「——へぇ、そんな事件あったんだ。誰と誰?」


 軽い口調で尋ねたのは、机の上に足を投げ出し、額にアイマスクを付けた少年。青みがかった髪で、口元には楽しそうな笑みが浮かんでいる。


 ラフィー・カービル。


 自堕落な性格で、講義は基本寝て過ごし、遅刻欠席は当たり前、という何故生徒自治会に入れたのか謎の少年である。


 ティアナはそんなラフィーを無視し、レイストフに対して言葉を続けた。


「『暴力行為があった際は、実際に行為を行った者のみならず、関係者に等しく罰則を与えるものとする』——これが校則ルールのはずですわ」


 宇宙における生活規範、もっと言えば航宙艦クラフト内における暴力行為含む一連の非倫理的行動は、閉鎖環境において著しく危険な要素である。


 航宙士クラフターを目指す生徒達には、普段から校則に厳しく取締られている。一人暮らしを許さず、全員が寮生活を強制されているのも、閉鎖環境に慣れさせるためであり、訓練の一環と言える。


 ティアナは必死に感情を押し隠しながら、レイストフにを伝えようと必死だった。だが——。


「つまり、何が言いたい」

「——ッ」


 冷たく端的に問い直したレイストフの言葉に、ティアナはぎゅうと拳を握った。


 ティアナ自身、を言及するのは、みっともない嫉妬をあらわにするようなものであり、恥ずべきことだと承知していた。


 しかし、黙ってもいられなかった。


「——アイリ・ハミルトンは、なぜ罰則の対象外なのです」


 その名前を告げた時、ティアナは嫌悪感が喉元に登ってくるのを感じた。


 アイリ・ハミルトン。


 レイストフの幼馴染であり、恐らく——彼がローバス・イオタに来た理由。単なる幼馴染であると割り切るには、ティアナは知りすぎていた。


(……あ)


 気がつくと、レイストフのブラウンの瞳がティアナを見据えていた。視線が、真っ直ぐにティアナを貫いている。先ほどまで心が荒れていたはずなのに、ティアナは場違いにも、レイストフの瞳に見惚れていた。


 そんなティアナの内心を知ってか知らずか、レイストフは端的に言葉を紡いだ。


「——校則における『関係者』とは、『暴力行為、またはそれに準ずる行為に加担した者』を示す」


 校則を暗記でもしているのか、レイストフはスラスラと言葉を並べて見せた。


「当てはまらなかったため、除外した。それだけだ」


 それだけ告げると、話は終わりだとばかりにレイストフは鍵盤を叩き始めた。


「……ッ!」


 ティアナは口元を強く結び、わなわなと震えていたかと思うと、生徒自治会室の出口へと向かっていった。


「ティ、ティアナ様……」


 沈黙を保っていた少女が、声を上げた。

 地味な茶縁の丸メガネに、煤けた色のおさげ髪。困ったような八の字の眉に、そばかすのついた頬。


 クロエ・オーベルト。


 生徒自治会の書記であり、ティアナの付き人である。


 彼女は非常に気が弱いため、主人であるティアナとレイストフの口論に口を挟むことができず、今に至るまで縮こまっていたのだった。


 ちなみに、ラフィーは無視された段階でアイマスクをつけ、熟睡していた。


 カツカツと踵を鳴らしながら出口へ向かうティアナに、クロエも慌ててついていく。ガラリ、とティアナが扉を開けると、そこには2人の人物が立っていた。


「——や、やあ!」


 どもりながら挨拶したのは、一見子供と見間違うほどの小柄な少年だ。


 肌は浅黒く、髪は不自然なほどの光沢のあるお坊ちゃんヘアー。体型に比例して幼い顔立ちも、今は分かりやすく紅潮している。


 生徒会の監査役、ダミアン・オッド。


 年齢は他のメンバー同様今年で17歳になる。

 しかし、どう贔屓目に見ても12.3歳にしか見えない。


「…………」

「あ……はは……」


 ダミアンは生来の鈍さを十全に発揮し、しばらくティアナの怒りに気づかなかった。


 が、自身を睨みつける眼光の鋭さを見てようやく、事態をなんとなく理解し、顔を引き攣らせながら横へとズレた。


 ティアナはツカツカと生徒会室を出ていき、クロエがその後を追った。


「……ど、どうしたんだ?」


 ダミアンがそのまま固まっていると、背後に立っていた人物が淡々と声をかけた。


「——ダミアン様。中へ入られないのですか」

「え、あ、そうだな!」


 その声で我に返ったのか、ダミアンは普段の傲慢さを取り戻し、ズンズンと生徒自治会室に入っていく。


 ダミアンの後ろに続き、生徒会室に入って来たのは、細縁のメガネをかけた少年だ。痩せ気味で頬骨が薄く張っており、顔も青白い。


 ルーカス・シュミット。


 エルネストグループの御曹司、レイストフの付き人である。


 ルーカスは生徒会室を横断し、会長席の横に立つと、手にしたタブレットの画面をレイストフに見せた。


「レイストフ様、これを」

「何だ」


 レイストフは手を止めずにルーカスに問う。


「先の暴力事件におけるの反省レポートです」


 ルーカスがそう言うと、レイストフは一瞬、ピクリと手を止めた。


「……なぜ、俺に?」


 レイストフのその言葉には、いくつかの意味が込められていたが、ルーカスは淡々と理由を告げた。


「会長が権限を行使されたので、目を通しておいた方が良いかと」

「…………」


 ルーカスはレイストフの付き人であるため、レイストフの過去は当然知っていた。


 アイリ・ハミルトン。

 ヤマセ・コウイチ。


 2人がレイストフの幼年期を共に過ごした幼馴染であること——そして、レイストフが二人にことを。


 レイストフは一瞬、感情を吐き出しかけるが、深く息を吐き出して堪えた。


「……俺の確認は良い。教官達に送っておけ」

「了解しました」


 ルーカスは短く返答すると自席に着き、作業を始めた。レイストフもまた作業に戻ろうとしたが、脳裏には幼馴染達のことが脳裏に浮かんでいた。


 少女の事を想い、胸が苦しくなり——少年のことを思うと、強い反発心が生まれる。


 幼少期から何度となく繰り返してきた感情の潮流に、レイストフは嫌気がさした。


(俺は、いつまで……)


 誰に向けた訳でもない言葉が、レイストフの胸に浮かんで消えた。

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