SCENE 59:吐露

 断続的に聞こえてくる衝撃音を聞きながら、コウイチは明かりの無い部屋で布団にくるまっていた。


 その瞳は、小型のモニターが写す地獄を捉えていたが、瞳に意志はなかった。


「…………」


 2000年後の未来。

 滅亡した人類。

 虫の怪物エコーズ


 そんな情報は映像や言語としてコウイチの視覚や聴覚を通して脳に伝達されてはいたが、それがコウイチの意思に留まることはなかった。


 ——もうすぐ、死ぬのか。


 そう他人事のように認識しながら、コウイチは死人のようにぼうっとモニターを見た。


 突然、部屋にサッと明かりが差した。

 部屋の明かりではない。廊下の照明の明かりだ。


 廊下の照明をバックに、入り口に立つ影があった。

 シーラだった。


「…………」

「…………」


 どちらも、口を開かなかった。


 シーラはじっと青い瞳をコウイチに向けていた。

 コウイチも一度とシーラを見たものの、すぐにモニターに視線を戻した。


 長い沈黙の後、口を開いたのはシーラだった。


「——あなたしか、いない」


 極限まで圧縮されたシーラの言葉に、コウイチは反応を示さない。

 だが、シーラは諦めずに言葉を紡ぐ。


「あなたしか、を止めることは出来ない」


 シーラのいうが、エコーズであることは、言わずともコウイチには分かっていた。だがコウイチは乾いた目でモニターを見つめ続け、口を開かない。


「このままでは、みな消える。船も、人も」

「…………」


 幼い子供が紡ぐような拙い言葉に、コウイチは耳を塞ぐように布団をかぶり直した。

 コウイチはもうこれ以上、自分の矮小さを認識したくなかった。


 だから、世界から目を逸らした。

 暗い部屋に閉じこもり、布団をかぶり、モニターを見つめ、自分と現実を切り離す。


 そうすることで、一時的に自分の罪を、自分の矮小さを認識せずに済んだ。

 徐々に感覚が死んでいき、やがて生きながら死んだものと同じになる。


 少しでも現実を認識すると、悪夢が這い寄る。

 自らの手で幼馴染アイリを砕いた、あの時の感触が。


(嫌だ……もう嫌だ……ッ)


 シーラが、畳み掛けるように語りかける。


拡張人型骨格オーグメントフレームに乗って」

「……ッ!」


 ——拡張人型骨格。


 シーラの言葉で、脳裏に記憶が蘇り、息が荒くなる。

 自分を覆い隠すように、布団を全身に巻き付け、ぎゅうと強く握る。


 身長160センチに満たないチビで無力なヤマセ・コウイチを、全長10メートルの無敵の巨人に変える、夢の兵器。


 増長し、自分の情けなさから目を離し、結果、アイリを傷付けた。

 拡張人型骨格オーグメントフレームはコウイチにとって、失敗の象徴だった。


「拡張人型骨格は、あなた自身を映す鏡。可能性を拡張する、希望の鎧。だから——」


 だから、シーラのその言葉は、コウイチにとって耐えられなかった。


「——うるせぇッ!!」

「……ッ!」


 扉横に投げつけられた置き時計が、甲高い音をたてて砕け散った。

 コウイチは布団を跳ね除け、立ち上がった。


 薄く髭が伸び、目の下には濃い隈ができた幽鬼のような顔で、コウイチは叫んだ。


「『だから』?……だから、何だよ?」


 コウイチの声は震えていた。

 怒りなのか、恐怖なのかわからない。


 シーラは大きく目を見開き、口元に手をやっていた。

 シーラは、コウイチの変容に怯えていた。


 コウイチもそのことに気がついていたが、今更止まれなかった。


「乗れってか!? またあのバケモン共と戦えってか!? お前、何様だよ!?」


 コウイチが叫ぶ度に、シーラが怯えた様子で後ずさった。

 だがコウイチは止まれない。


 これが単なる八つ当たりに過ぎず、コウイチが最も嫌っていた自分の矮小さを自覚させられるだけだと知っていても、決壊した感情は止まらない。


「俺はただの学生で……ただのガキだ!」


 その上で、学生の中でもドベもドベ。

 落ちこぼれのクソガキだ。


「可能性を拡張する? 馬鹿か!? その前に死ぬに決まってる!」


 土壇場の可能性に賭けられるほど、俺は優秀じゃない。

 そう、俺は——。


「俺は……お前が思ってるような、奴じゃない」


 コウイチはずっと思っていたことを吐き出した。

 シーラは何も言わない。


「もう、放っておいてくれ……」


 コウイチはそれだけいうと、再び布団を被った。

 視界を暗闇が覆う。


 しばらくすると、扉が閉じる音と去っていくシーラの足音が聞こえた。


「…………」


 ——死にたい。

 暗闇に包まれた世界で、コウイチは本気でそう思った。



 *



 第三格納庫には、3人が集まっていた。

 モリス、サドラン、フォード。


 それぞれ戦う理由も異なるが、その場にいることが全ての証明になっていた。

 3人は特別会話を交わすこともなく、次々と立ち並んだ拡張人型骨格オーグメントフレームへと乗り込んだ。


 機体を起動させたモリスが、フォードに通信する。


『おい、武器はどこにあんだ!?』


 モリスはコウイチとの私闘事件への恨みや怒りを隠さず、フォードへ怒鳴りつけた。

 しかし、フォードも萎縮することなく怒鳴り返す。


『偉そうにすんなメガネ!』

『何!?』


 いがみ合う2人を、サドランが一括した。


『やめろ! 時間がない!』


 そのサドランのキッパリとした口調に、フォードは勿論、普段を知っているモリスは酷く面食らった。


『……こっちだ!』


 フォードは機体を通路の奥へと動かし、巨大なコンテナを指してみせた。

 そのコンテナは巨大で、拡張人型骨格が丸ごと入れるほどの高さと広さがあった。


 内部に入ると、そこには大小様々な種類の武装が格納されていた。

 状況が状況でなければ大興奮できたのに、モリスは静かに息を吐いた。


 ラックされた鎖鋸銃チェーンガンを掲げてみせたフォードに続き、モリスとサドランが鎖鋸銃チェーンガンを担ぐと、3人は武器コンテナの外へ出た。


 船外から聞こえる衝撃音が大きくなってきている。

 マグナヴィアも限界が近いことが分かった。


『よし、急ぐ——』


 モリスはそう言い、昇降機に向かおうとして固まった。

 目の前に、有り得ない光景があったからだ。


 サラサラの長い銀髪に、陶器のような白い肌、青い瞳。

 シーラが、今まさに拡張人型骨格に乗り込むのが見えたのだ。


(え……?)


 モリスの動揺をよそに、シーラが乗り込んだ拡張人型骨格はすぐに起動すると、滑らかな動作で昇降機へと登っていった。


 呆気に取られていたモリスの後ろから、サドランとフォードが顔を出す。


『今の……』


 サドランの呟きにより我に返り、モリスが動き出す。


『——ッ! 俺達も行くぞ!』


 3機の拡張人型骨格はシーラを追うように駆け出した。

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